弐
出来上がった菜を卓子に並べ、皆食事を始めた。琳麗は、影月が宿無しで行くところがないからと居候すること聞いて歓迎した。
「──まったく、本当になんなんだ貴様の弟は!」
「さすが、藍将軍の弟さんですね。進士式すっぽかすなんて後にも先にもないでしょうね」
絳攸が怒髪天を衝く勢いで怒れば、静蘭が餃子をつつきながら笑顔でちくりと刺す。
さしもの楸瑛も今度はがりは抗弁の余地はないようで、琳麗は苦笑する。今日だけで何度同じ話題をされたのだろう。
「……あれに関しては私も把握範囲外なんだ。いつか逃げるなーと思ってたが、さすがに早かったな……」
「だったら落ちろ!」
絳攸の実に正論な意見に、楸瑛は悲しげに首を横に振った。
「大概やる気のない弟なんだが、やるからには全力を尽くす、っていうのが口癖の一つでねぇ……。じゃなかったら会試の前にとっくにトンズラしてるよ」
「あれで全力……」
何かを思い返しているのか、秀麗の顔が引きつった。
「兄が兄なら弟も弟だな! まったく兄弟揃ってふざけた奴らだッ!」
怒り心頭の絳攸に、それまで黙っていた邵可が微苦笑を浮かべ、話題を変えたのだった。
「えーと、影月くん、私からの及第のお祝いだよ。甘くてあまり強くないから、少しだけなら」
にこにこと酒瓶を取り出した邵可だったが、一瞬、室の空気が冷えた。邵可をのぞく全員が、ごくりと息を呑む。
影月と酒の関係を、この場では邵可だけが知らないのだと思い出したが、誰もなにも言えなかった。
「あ、その、お気持ちは嬉しいんですけど、僕ちょっとお酒は」
影月は動揺し、椅子を蹴立てて酒瓶から逃げた。
「でも本当に軽いよ。厄落としと思って呑んでみたら」
「う、いえ…あの」
困っている影月を見て、琳麗は助け舟を出した。
「父様、無理にいっても。まだ影月くんは未成年だし、ね?」
「は、はい。すみません、せっかくですが……匂いでも酔っちゃいそうなくらいなので」
「そうなのかい? じゃあ残念だけど。無理をいってすまなかったね」
「いえ、お気持ちだけで充分ですから」
ぶるぶると頭を振る影月を見て、邵可は残念そうに酒瓶を引っ込めた。ホッとしたように緊張がゆるんだが、邵可だけがその場の空気に気付かず、話を続けた。
「そういえば、秀麗たちの配属先はいつ頃決まるのですか、絳攸殿」
「ああ、それに関してはいずれ通達が届くと思います」
絳攸が返事をすると、邵可はなるほどと答え、秀麗と影月をみた。
「いずれにせよ、明日から楽しみだね。二人とも」
二人は顔を見合わせ、はい。と元気に返事をしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
楸瑛と絳攸が帰り、夜遅くに琳麗の室の扉が叩かれた。秀麗の気配を感じ、琳麗は扉を開けるとやはり秀麗が立っていた。
「どうしたの? 秀麗」
「……あの、ね」
「秀麗、今夜は一緒に寝ましょう」
そう言って戸口に立ったままの少し元気がない秀麗を中に引っ張り込んだ。
「ちょっ…姉様……」
「はいはい、早く寝台に入って」
背中をトンッと押して、秀麗を寝台の奥へ促した。秀麗は、負けた……という感じでのそのそと姉の寝台へ上がると奥へと移動した。
クスッと微苦笑をし、琳麗は寝台の端に腰を下ろした。
「……何かあったの?」
「姉様には分かるのね…」
下ろした髪を撫でられ秀麗はぼそりと呟いた。
「わからない訳ないでしょう、あなたの姉なのよ。どうしたの? 不安なの?」
やや沈黙したのち、秀麗はまるで独り言のようにぽつりぽつり言葉を零した。
街の人々が一様に避けていくこと。塾の子供たちさえ姿を見せなくなったこと。そして、なにより母とも姉ともいえる存在の胡蝶妓さんにはっきり拒絶されたこと。
それを黙って聞いてくれる姉に申し訳ないと思いながら、他に言える人がいなかった。どうしてこうなったんだろう――そんな風に呟いていた。
「……秀麗は国試受けなければよかった…と思ってる?」
「え? そんなことないわ! ずっと官吏になりたかったんだもの。でも──」
「だったら、前を向きなさい。後悔しては駄目。生半可な気持ちではこの先やってはいけなくなるわ。──それに街の人達は戸惑っているだけ、大丈夫。秀麗はいつも通りに、ね?」
姉の厳しい表情に一瞬だけ、ドキリとした。だけどすぐにいつもの優しい顔にホッとして、頷いた。
「……でも、胡蝶妓さんは…」
そう呟く秀麗の頭をくしゃりとした。
「馬鹿ね、胡蝶妓さんが秀麗を嫌いになるわけないわよ。大丈夫、理由があるだけ。そうねぇ〜いまは頑張る時なのよ、きっと」
その言葉に秀麗はクスッと笑った。少しだけ心が軽くなる。
「……不思議、姉様の言う通りかも。きっと今は頑張る時なのかもしれない! ううん、頑張らなくちゃね」
急に声をあげる秀麗に琳麗は驚き笑った。
「そうよ! その意気よ!……でもね、無理だけはしないでね。足元を狭べたりしないで……さ、寝ましょう」
スルッと布団をめくり、横に入ってきた琳麗と秀麗は向かいあってそのまま眠りについた。
何かが始まっているのを感じながら……
第一幕/終
あとがき
はい。「花は紫宮に〜」開始致しました。
なんか原作を読んでたら多分夢主さんの出番はあまりないかと…(そしたら今後どーなる!)
秀麗とは結構すれ違いの生活になるので多分この話は、早く進むかと思われますのでよろしくお願いいたします。
2007/04/28