琳麗が出ていって、しばらくしてから桃饅頭を携えた黎深が府庫にやってきた。


「なぜ、お前らがここにいる」

「れ、黎深様こそどうなされたのですか?」


絳攸と楸瑛は立ち上がり略礼をとったのだった。だが、黎深は答えもせず絳攸に茶を入れるように命じた。
琳麗が置いていった茶器を使い、絳攸は茶を淹れると、養い親であり上司でもある黎深の前にコトリと置いた。


「兄上の顔を見て心を癒そうと思って来たのに」

「生憎と邵可様はご用事で城下へ」

「全く、本当なら秀麗を虐める奴は全員即刻クビにしたいくらいだ!」


黎深は忌ま忌ましいというくらいに扇を叩き、絳攸は苦い顔をした。


「人事を握っている吏部の尚書が言うとしゃれになりません」

「ふん! あれだけ威しをかけても主上が動かなかったら本当に見切る」


その言葉に絳攸も楸瑛も(やはり、文句を言いにいったか)と汗をかいた。絳攸はため息をつき


「黎深様、いくら後見人とはいえ、あまり出過ぎたことをすると秀麗殿が困りますよ」

「だから未だに後見人であることも名乗り出ていないんだ」


そんな事を言う黎深に楸瑛は先程の疑問を投げ掛けたくなった。口を開こうとしたがそれは遮られた。


「おや、黎深。来ていたのかい」

「あっ! 兄上!!」


用事が済んだのだろう、府庫の主であり、黎深が待ち焦がれていた邵可が戻って来たのだった。
邵可は卓子の上に盛られている桃饅頭を眺めた。


「美味しそうな桃饅頭だね」

「兄上に食べて戴こうと思って」

「ありがとう。早速頂こうかな」

「はい」

「ああ、ちょうどお腹が空いていたんだよ」

「あ、本当ですか」

「ああ、結構結構。頂きましょう」


邵可の笑みに黎深は嬉しそうに微笑んだ。それは決して他人が見れるものではない。その光景を眺め、絳攸は少しだけ表情を曇らせて俯いた。
一緒にみていた楸瑛は、その親友の様子をちらりと眺めたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


夕暮れ時、琳麗が回廊を歩いていると庭院の李を眺めている絳攸を見かけた。その様が哀しそうで琳麗は後ろから声をかけた。


「……絳攸、様?」

「琳麗、か……」


少し淋しげな表情をしている絳攸に琳麗は近づいた。


「どうかなさったのですか?」

「いや…「こんなところで何を突っ立っている?」


なんでもない。と答えようとしたが、背後から聞こえた声に絳攸は、はっとした。


「迷子になったら、近くの人に道を聞きなさいといつも言ってあるだろう……琳麗っ!」

「……吏部尚書様」


絳攸の陰で見えなかったのか振り返った絳攸の横に、女官姿の琳麗を見つけ声をあげた。しかし、琳麗は外朝ということで跪拝をし、役職名で黎深を呼んだのだった。
その態度に黎深が淋しげに顔を歪めたのをみて、絳攸の心ははらはらと散っていく李の花のようだった。


「……李の花を見ていただけです。あなたこそどうなさったんです、ずいぶんとご機嫌が悪そうですが」


琳麗から目線を移し、絳攸の表情をみた黎深はふと眉をひそめた。扇の先で絳攸の顎を仰向ける。


「……どうかしたはお前のほうだろう、絳攸」


いつも通りの顔を取り繕ったが、それは黎深には通じないのだろう。絳攸は喉に溜まった息を吐いた。


「なんでも、ありま…せん」


ほんの些細な変化で黎深は嘘を見抜いた。むろん傍で聞いていた琳麗もそれは嘘だと感じていた。


「まあ、いい。……ああ、紅本家から使いが出たらしい」


黎深はちらりと琳麗を見て口を開いた。それには絳攸はきょとんとした。


「紅本家から、ですか?」

「まさかとは思うが、お前なところに来たら即刻叩き出せ。どうせろくな用じゃない。琳麗も邸に入れてはいけないよ。さて、おおおお茶でも飲まないか? 琳麗」

「え、あの、まだ仕事が……」


琳麗の肩を掴み、踵を返した黎深を、絳攸は反射的に引き留めていた。


「なんだ」

「……わ、たしが、もし今、お側を離れて全国津々浦々点心修業にでたいといったらどうされます!?」


それを聞いた琳麗は首を傾げた。

(……点心修業…?)

「お前が点心修業?」


黎深は絳攸に向き直ると口を開いた。


「方向音痴のお前が旅に出てどうする」

「………………ほっといてください」

「行きたいなら勝手に行けばいい。お前の人生だろう。私に訊くな。きなさい、琳麗」

「あ、あのっ、おじっ…吏部尚書様」


腕を掴まれ、黎深は今度こそ歩き出した。
目の端で泣きそうな絳攸の顔が映ったのだった。そして、腕を引きずる黎深に目をやるといつもと変わらない表情――でも、どこか淋しそうだった。

(……素直じゃない…)

そう不器用な叔父に琳麗はため息を吐いた。




第二幕/終



あとがき

ちょっとキリが悪いけどここで切ります。
考えてみたら夢主さんはある意味『特別待遇』過ぎますよね(今更)
朝廷三師付き女官、主上とも顔見知り、自邸通勤(笑)……そりゃ、地位も高いはずっ……。
無位無官の秀麗はさすがに頭を下げなくてはならないだろうね……
しかし書いておいてなんだけど、女官が外朝にいて何も言われないのか、何かされないのか?というのはあえてスルーして(ぇ)
いや、そこは三師の計らいであり、何かされないのは夢主強いし、一応内緒で専属武官が付いているかも……。
ちなみに夢主さんはそれほど外朝をふらふらしてません。
お付き女官ですからだいたいは霄太師や宋太傅、または侍官が一緒にいます。


2007/05/06


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蒼天の華 / 恋する蝶のように