参
少し離れた場所で茂みに頭を半分突っ込んで一連の様子を覗いていた霄太師は、二人の様子を伺って口を尖らせた。
「むぅ……すでに出会ってしまったか……せっかく『運命の出会い』を色々考えたのにのう」
ブチブチと言いながら四阿に戻って来た。琳麗も途中で合流し、笑いながら後ろを歩いてきた。
先程と同じように籠からお茶と饅頭を各人の前に置き、一歩後ろへ下がった。
「梅茶と梅饅頭とか言ってたやつが何を言う。考えたのはわしと茶と琳麗が考えたやつじゃないか」
「……宋、お前だって『剣稽古の鑑賞でさりげなく』案を、最後まで譲らなかったじゃないか」
茶太保が梅茶をすすりつつぼやいた。宋太傅はぐっと詰まって出された梅饅頭を口に放り込む。
「見てるだけで興奮するだろうが。そこで出会えばこう、胸の高鳴りを恋と錯覚してだな──そう思わないか! 琳麗」
「馬鹿者。そんな事を琳麗殿に聞くな! そんなのはお前だけじゃこの剣術馬鹿」
「何をっ! 梅茶梅饅頭に言われたかないわ、このくそじじい! 琳麗、こいつにお茶と饅頭なんてやることないぞっ!」
そう言って霄太師の前に置いてあった、茶と饅頭を掻っ攫った。
「何をするんじゃ! せっかく琳麗殿が作ってくれたのを! だいたいお前だってじじいだろうが! 梅饅頭くっときながら何を言う!」
ぎゃあぎゃあと梅饅頭を取り合う二人を眺め、琳麗は苦笑し、茶太保はさらりとひどい事を言った。
「心配せんでもどっちもくそじじいだ」
「あの……まだお饅頭ありますから」
琳麗は新たに器へ盛り、霄太師の前に差し出した。
「おぉ、琳麗殿は優しいのぅ」
「琳麗! こんなじじいを甘やかすなっ!!」
「うるさいわい!! せっかく琳麗殿が作った饅頭がまずくなるわい、宋もさっさと食わぬか」
ふん!と顔を背ける二人に琳麗は可笑しくて堪らなかった。が、宋太傅が不意に低く呟いた。
「李 絳攸と藍 楸瑛がいるな。あと……あれは新しく入ってきた武官か」
つと府庫の方へ目を向けると、さっきまで一緒にいた三人は、どうやらそのまま秀麗と主上を見ているようだ。
「お、さすが宋、目がいいのう。秀麗殿と琳麗殿の家人で、わしが一緒に羽林軍に特進させたのじゃ、秀麗殿と琳麗殿の護衛にもなるからのう」
自慢げな霄太師を宋太傅は無視した。
「絳攸が王の首を締めかねない勢いで見ておるぞ。……楸瑛は相変わらずいい加減な態度だな」
「……あの二人を主上のそばにつけた、その甲斐は、あるのか? 霄」
真面目な話に琳麗は、一歩下がって瞑目していた。
梅茶をあおる茶太保に、霄太師は「さあのう」とのんきな返事をし、宋太傅は腰に珮いた剣に目を落とす。
「……『花』を──与えるかどうか、だな」
「今のままじゃ、たとえ主上がお渡しになっても、笑って『いりません』と言うじゃろうなあ」
「と、いうか、そもそも渡さんだろう。二人を近づけもせんのだからな」
「おかげで絳攸殿はかんかんだ。むりやり引き抜いてきたというのに日干し状態だからな。霄、お前いつか絶対絳攸殿に刺されるぞ」
「ははははは。今更こわっぱ一人の恨みが増えたってなんじゃい」
冷たい視線をそそぐ同僚たちに呵々大笑すると、霄太師はちらりと琳麗を見て意味ありげに口の端を釣り上げた。
「──まあ、秀麗殿のお手並み拝見といこうではないか」
琳麗はその様子をみて(…確かに狐貍妖怪と呼ばれる訳ね)などと考えていたが、さっきまでの貫禄はなんだったのか、またもや言い合いを始めていた。
「これはわしのじゃろうがっ!」
「それはわしの前にあったんだぞ!」
「しかし、それはわしの器に最初入っていた物じゃろうが」
バチバチと火花を散らすように霄太師と宋太傅は、最後の一つとなった梅饅頭の取り合いをしていたのだった。
琳麗は、茶太保と顔を合わせるとやれやれと嘆じた。おもむろに取り合いしている饅頭に手を伸ばすと、二つに割って、また二つに割った。
「……最後の一つであれば仲良く分け合うのはどうですか?」
「ほっほっほっ、琳麗殿は素晴らしいのう」
笑う茶太保に四等分された一つを渡し、霄太師と宋太傅にも差し出し有無を言わせないような笑顔を作ったのだった。
「「…………………」」
二人は無言で受け取ると、口に放り込んだのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日から秀麗は“藍 楸瑛”と名乗る男性と毎日府庫でお茶するようになったらしい。
琳麗は、貴妃付きという事もあったのだが一応“藍 楸瑛”殿に知られてはならないと、こっそり見ていたのだ。
「おや? あの二人また来ている」
府庫の主、邵可は外を歩く娘と青年を姿を見つけて呟いた。
「父様」
「おや、琳麗」
「お茶とお饅頭を持って来たの」
声を掛けられ振り返ると女官姿の琳麗がにこやかに笑い、饅頭が入っている籠を見せた。邵可は、嬉しそうに笑うといそいそと椅子をひいた。
「それはありがとう。さっ、座りなさい。お茶は私が……」
「と、父様っ! お茶は私が準備するから父様は座っていて!!」
さすがの琳麗も父茶は苦手で、反対に邵可を椅子に座らせた。
「今日は出来ると思ったんだけどなあ〜」
「……思ったからって出来るとは限らないじゃない、父様」
琳麗は、呆れながらお茶をいれていく。コトっと卓子に茶を置き、香りを楽しみながら口に運んだ。
「……ねぇ、父様」
「なんだい」
「そろそろかしら…」
「……どうだろうね、君はどう思うんだい?」
「彼は秀麗が貴妃だと知ったようよ」
「そうか、秀麗も忙しくなるだろうが君も忙しくなるだろうね」
「……あまり役には立たないでしょうけど、秀麗は守るわ」
「君も気をつけるんだよ」
「はい」
邵可は、笑って返事をした娘を見て(分かっているかな)と思ったのだった。
「さて、私そろそろ行くわね」
「もうかい?」
「うん、秀麗が心配だから……」
そう呟いて府庫から出て行った。その後ろ姿を邵可はなんともいえない表情で見送った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
琳麗は、木陰から大きな池のほとりで話をしている秀麗と彼を伺っている男性たちを見かけた。
その様子になんだか可笑しいと思いつつも、こそっと忍び寄った。気配を感じたのか、直ぐさま静蘭と藍将軍が振り向いた。
「琳麗様」
「……男の方がのぞき見なんて頂けないですよ」
「おや、琳麗殿。これも立派な仕事ですよ。我々は主上付きですから」
ささ、こちらへ。と促され琳麗も一緒になって様子を見る事にした。
『……毎日毎日、たくさん働いたわ。だから私の手は全然、お姫様みたいな白くて細いすべすべの手じゃないの。でもね、いいの。父様と姉様と静蘭と私の四人で暮らしていけるなら。全然構わなかった。』
『姉がいるのか?』
『ええ、とっても綺麗で自慢の姉よ。ちょっと父様に似て抜けてたりするだけどね』
その言葉を聞き、静蘭は苦笑いをし、琳麗は少し引き攣ったのだったが、話が八年前の話になると琳麗は思わず傍らの静蘭の袖を掴んでいた。
それに気付いた静蘭は、ゆっくりと琳麗の手を握りしめた。
『……たくさんの人が目の前で死んでいったわ。毎日四人で街中を走り回った。静蘭は力仕事に。父様は作物の確保に。私は姉様と一緒に診療所の手伝いに──』
琳麗は、必死に我慢して葬送の二胡を弾いていた秀麗を思い出す。自分も鎮魂歌を唄った。
二人して、一生懸命できることをしていた。父様や静蘭が笑ってくれるならと笑顔を絶やさないように頑張った。
『日に日に痩せ細っていく三人を見て毎日恐怖に怯えていた。置いていかないで。一人にしないで。いつか父様も姉様も静蘭も死んでしまうんじゃないかって思った。朝起きたら、三人とも冷たくなってるんじゃないかって、三人が死んで独りぼっちになる夢を、毎晩見た。置いていかれるなら、先に死にたいと思った。眠ることも、起きることも怖くて姉様の傍にくっついてばかりいた。そうじゃなきゃ気が狂いそうだった……』
あの日々を話す秀麗を抱きしめたいと琳麗は思っていた。悪夢のような日々は、八年という月日が経とうが、簡単に拭い去る事は出来ない。
それほど幼い自分たちの心に刻み付けられた傷痕は、決して浅くはない。でも、秀麗は何でもない「ふり」をして、勇気を振り絞ってあの悪夢の日々を語った。
──すべては王のために。
それこそが秀麗を貴妃に選んだ理由だと琳麗は分かっていたのだ。
『──どうして、政事をしないのかは知らないけど…もう王位についちゃったんだからしょうがないわ。しっかり頑張ってもらわないと。だからね、私も一緒に頑張ろうと思うの』
『何?』
『私はあなたを支えに来たのよ。あなたのそばで、王としてあなたが立つのを支えるために!……と王に会ったら言おうと思っていたの。──王とお知り合いなら、あなた、今の話、王に伝えてくれる? そしてね、もしやる気があるなら、今日の午後、府庫でお待ちしています──って』
気付くと秀麗は、彼と別れて府庫へと歩いて行くのが見えた。琳麗は静蘭の手を取りゆっくりと足を踏み出した。