邵可は琳麗が用意してくれたお茶を持ち、李の木が見える庭院にいた。李花は風に揺られて、ひらひらと雪の花びらを散らしていた。気配を感じ、客人を迎えに行く。


「ごめんください」


やや戸惑ったような顔をして入ってきたのは、絳攸だった。


「ようこそ、絳攸殿。どうぞ、こちらへ」

「あ、はい」


邵可に案内されて、座った場所は、この寂しい庭院で唯一華やかなところ、白い李花の咲く木を真正面から拝める所だった。


「珍しいですね。邵可様が私を呼び出すなんて」

「あなたが、そんな顔をしていることよりは珍しくないと思いますよ」


絳攸は目を見開いた。──まさか、気付かれるとは。
そんな絳攸をよそに邵可はおぼつかない手つきでお茶を入れると絳攸に渡した。


「お茶を。琳麗が用意したものです」

「……ありがとうございます」


一瞬戸惑ったものの、絳攸はそれを受け取り、口をつけた。やはり美味い。邵可は目の前にある李の木を見て口をひらいた。


「絳攸殿、あの李の木は今年黎深から贈られてきたのです。主上が桜の木を送ったと聞くやいなやね」

「李は桜より先に咲くからですか?」


絳攸の目がわずかに見開かれた。邵可は苦笑し、続ける。


「いえ、あれは昔から花でも実でも李が一番好きでしたから」

「ですが、邸には李など……」

「好き嫌いを素直に示す弟ではありません。……あれは紅家を好いていません。それでも紅家の当主になることから逃れることが出来なかった」


ため息とともに呟かれた言葉に、絳攸はハッとした。


「……あなたには、縛られて欲しくなかったのだと思います。紅家の姓を与えれば、あなたはそこに渦巻く醜い闇に巻き込まれていく。黎深でさえ抜け切ることが出来なかったのに、大切な人をどうして道連れに出来ますか」

「…………」


なぜ、邵可様は自分の悩みをこれほどまでに見抜いてしまうのだろう──。


「あなたには好きな道を選んで欲しい。だからこそ、あえて“李”という姓を与えたのだと思います。李とは李のことでしょう」


邵可は穏やかに笑った。


「絳攸──絳は紅いよりもなお深い真紅。攸は水の流れる様を意味します。あなたが自分の子供だという誇りと流水のように自由に生きて欲しいという願い。弟ながら良い名を付けたと思いますよ」

「知りませんでした」

「親の心子知らず、それでいいとは思いますがね」


邵可はにっこりと笑みを絳攸へとむけた。
ふわり、と茶に李の花びらが落ちる。涼やかな風が霧を散らして、いまやっと視界が開けたような気がした。


「気まぐれで拾われて、たとえもう一度捨てられたとしても、構わなかった。それまでは、そばにいて、少しでも、何かの、お役に……」


そう思って今まで生きていた。この人のために生きようと思った。もうお前なんかいらないと言われるまで、おそばにいよう。
できることならお役に立って、喜んでもらえたら。――望む道などただ一つ。すべてはあの人のためだけに。


「……邵可様」

「はい?」


絳攸は茶碗を置くと立ち上がり、邵可の方を向いた。


「ありがとうございます」


礼儀正しく頭を下げる義理の甥に邵可は微笑した。


「お礼なら静蘭に。あなたの悩みを聞いてやってくれと言ったのはあの子です」

「はい」

「あ、それと。藍将軍にも」

「えっ?」


次いで言われた言葉に絳攸は、思わず声を上げた。


「彼にも言われていたのです。絳攸殿は口が重いから黎深絡みのことは私にしか話さないだろうとね。良いご友人をお持ちになりましたね」

「……っ」


絳攸は鳥肌が立った。静蘭ならともかく、よりによってあいつに見抜かれていたとは!
あとで殴る、絶対殴ると思いながら、絳攸は邵可を見た。──訊きたかった事がある。


「あ、邵可様……」

「はい?」

「……その、琳麗、殿の事ですが……」


ちら、と琳麗の室の方を一瞥した。自分も『養い子』なのだと聞かされた絳攸は、それでもどこか信じられずにいた。


「……琳麗がお話になったのですか?」


その表情に淋しさが漂う。絳攸はなんと言ったらいいのか分からず、頷くことしか出来なかった。


「……そうですか。確かに、琳麗は養い子ですが、秀麗同様、ずっと私の娘として一緒に過ごしてきました。しかし、それを絳攸殿に話すとは……琳麗は始めから貴方を紅一族として認めていたんですね、きっと」

「秀麗と静蘭は…このことは……」


その問いに邵可は微苦笑した。ついで首を横に振る。


「知りません。知る必要のないことです。……秀麗は生まれた時から、静蘭は我が家に迎えた時から琳麗は家族としていたのです、言う必要はないのですよ」

「そうですね、失礼しました。私も他言しません」

「えぇ、お気をつけて」


手を合わせ、礼を取ると絳攸はその場を辞したが、ふと足を止めた。


「あ、あの……ずっと言おうと思っていたんですが、黎深様をもう少し気にかけてあげて下さい。府庫でも他人行儀にされて、いつも落ち込んでるんです。あの人、本当に邵可様をお慕いしているんです」

「知っていますよ。私にとっても、あれはかわいい弟ですから」


にっこり微笑んで話す邵可のこういうところがすごいところだ。
絳攸はすっきりした顔で邵可邸を後にしたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌日、王宮の庭院で絳攸が楸瑛に怒鳴っている姿を目にしたのだった。元気な様子をみて琳麗は微笑み、茶器を用意する為にその場から離れた。


「楸瑛っ! 余計なことをっ!」

「静蘭はよくて、どうして私はダメなんだい」

「どうしてもだっ!!」

「やれやれ…紅家の人々の人望と人の心を掴む術はすごいね」


感心した風に話す楸瑛に絳攸は押し黙った。ふと考えを巡らせる。
自分と黎深様は邵可様に。主上は秀麗に。楸瑛すら敵わない静蘭という参謀がいて、琳麗もまた朝廷三師の心を掴んでいるという。
絳攸は、それ以上は考えるのをやめ顔を上げた。


「邵可様たちがその気になったら、あっさりこの国は乗っ取られそうだな」

「ああ…」


二人は満開に咲く李の花を見ながら頷いた。


「絳攸様、藍将軍。花茶いかかですか?」


やがて回廊から降りてきた琳麗が声をかけるまで、雪のように散る李の花を眺めていたのだった。



第三幕/終



あとがき

とりあえず、絳攸様のお悩み話は終了!絳攸様、夢主が養女という事を知りました!
夢主ちゃん争奪戦?絳攸様リードです(笑)争奪戦なのか?
静蘭さえ、知らない夢主養女話は本当に紅家内でもトップシークレットでございます。絳攸を紅家だと認めているからこそ話したのです。
以前夢主自身が悩んでいたことでしたので、養い子でも大切にされているといいたかったのです。が私の文才では伝わらない…
ちなみに静蘭たちに話さないのはその必要がないからです。最初から紅家の者だと認めてるからです。

なんだか、説明ばかりの話で申し訳ありません!
感想頂ければ幸いです。


2007/05/18


-72-

蒼天の華 / 恋する蝶のように