二人で夕餉を取り、琳麗はコポコポとお茶を注ぎ、静蘭に渡した。


「はい、静蘭」

「ありがとうございます」

「……秀麗の様子、どう?」


琳麗は一口飲むと、静蘭をみた。


「えっ、あの……私は……」

「私より知っているんじゃないの? なるべく秀麗には近寄ってないから気になって……」


ふぅ、琳麗はため息をついた。姉として、女として、聞こえてくる官吏たちの誹謗中傷の声は許せない。

──だだ、女だから。

それだけで秀麗の人格さえ見ない無能官吏たち。それに三師付き女官の自分をなんとかして取り込もうとして、自分に近寄る官吏たち。

──馬鹿にして!

自分は気をつけていれば、回避は出来る。適当な事を告げて、逃げられる。だが、逃げ場がない秀麗に女として悔しかった。
何度、手を差し出そうと思っただろうか、でも邵可に止められた。

『女官の中でも地位の高い君が助け、姉妹だと知れたら秀麗を退官させる糸口になってしまう』

邵可が実はどんなに選れた政治家だと知っている琳麗は、渋々それに従い、見守る形を取った。


「……頑張っていらっしゃいますよ。私は……何も出来ず、傍にいることすら出来ません」


悔しい、淋しい……色々な感情を纏わせた静蘭に琳麗は目を伏せた。言ってしまうのは簡単。でも決めるのは誰でもない──静蘭だ。


「……静蘭、自分の事を優先してね。迷っている時、まずは自分がどうしたいかを……。正しいか正しくないかなんて、気にしないで」

「……やはり親子ですね」


その言葉に琳麗は微笑したのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌日、琳麗と静蘭は早めに出仕した。琳麗は先に女官服に着替える為に後宮へと赴いていた。着替えを済まし、茶の用意をして回廊を歩いていた。
すると顔を伏せがちに歩いている静蘭を見かけた。


「……静蘭…?」

「…………琳麗、様」


なんだか泣きそうな顔の静蘭を見て、琳麗は目を瞠った。琳麗は、茶器を持ちながら静蘭の手を引いた。
驚く静蘭をよそに空いている室へと連れ込んだ。カチャンっと音をたて、盆を卓子に置いた。


「どうしたの? 静蘭っ……」


俯き加減の静蘭の頬に手をやり、顔を覗き込むとなんともいえない表情をしている。


「何かあったの?」


もう一度問うとポスンっと肩に重みがかかる。


「……私は、どうしたらいいのでしょうか…」

「…………静蘭」

「私は、悩んでるばかりで、秀麗お嬢様の役にたちません……」


紡がれる言葉に琳麗はそっと抱きしめた。


「そんなことないわ……」

「琳麗様も、私を頼ってはくれません」

「……静蘭…」


ふいに顔を上げると静蘭の瞳にぶつかる。


「どうして、守らせてはくれないのですか?」

「──静蘭、もういいのよ?」

「りさ「ああ、違うわ。そうじゃなくて、私たちは家族で、静蘭は私たちの傍にいていいのよ」


静蘭は小さく息を飲んだ。琳麗は、そっと静蘭の手を取ると微笑した。


「約束に縛られないでいいの、きっと父様も秀麗も、母様も同じ事を言うわ」

「……琳麗様」

「あなたはもう『シ 静蘭』なのよ。だから、望むものは掴めるわ。静蘭が悩んで出した答えは、間違ったりはしない」


真摯な眼差しを向けてくる彼女に静蘭は、瞠目し、ギュッと抱きしめた。


「静ら「ありがとうございます、琳麗様」


抱きしめながらそう呟く静蘭に、琳麗は微笑し、ポンポンと背中を叩いたのだった。
しばらく宥めた後、静蘭は「申し訳ございません」と謝ったので琳麗は微苦笑した。


「秀麗もだけど、静蘭も甘えていいのよ? そりゃ、私なんかじゃ父様の足元にも及ばないし、役に立たないだろうけど……」

「…………」

「甘えてね」


琳麗はくすっと笑いながら静蘭を見上げた。静蘭は、少し考えたのちため息をついた。


「あ、なーに? 私なんかには甘えられない?」

「違いますよ。そうですね、たまに甘えさせて頂こうかと……あと」

「なに?」


小首を傾げる琳麗の頬に静蘭は触れて、囁いた。


「琳麗様も、私に甘えて下さい。旦那様以外の男性じゃなく、私に」

「……静蘭って結構、我が儘?」

「そんなことありませんよ」


にこりと笑う静蘭に、琳麗は(嘘だわ)と苦笑したのだった。そして、静蘭を見上げ


「いっぱい甘えちゃうかもしれないよ?」

「望むところです」

「……過保護ね」

「琳麗様は甘えなさすぎですよ、だからいいんです」


そんな事言う静蘭に、琳麗はクスクスと笑い、静蘭も微笑したのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


静蘭が多少なりと元気になったので、琳麗は当初に仕事に戻るべく、再び茶器とお茶請けを持ち三師の室へと足を運んだ。


「失礼致します。遅くなりました」


室に入れば、名誉職である霄太師、宋太傅は椅子に座っていた。


「遅かったな、琳麗」

「申し訳ございません。ごたつきまして」


琳麗は謝罪をし、手際よくお茶の準備をした。今日のお茶請けである胡麻団子を皿に盛っていると、霄太師が口を開いた。


「そういえば、礼部の辺りでなにやら妙な遊びをしておったのぅ…そうそう、新進士に泥団子を投げておったわい」


それを聞くな否や琳麗は、霄太師を見て訊いた。


「……それはもしかして、秀麗ですか?」

「さあのぅ、遠くから見ただけだからはっきりとはわからんが…」

「──秀麗なんですね?」


がばっと琳麗は霄太師ににじり寄った。
その眼差しに霄太師は白髭を撫でながら頷くと、琳麗は先程静蘭が落ち込んでいた理由が分かった。

(きっと、秀麗を慰めようとしたら拒否されたのかも……そうよ、秀麗だもの。男の静蘭に泣きつけないはずだわっ…)

それでか…と思いつつ『泥団子』というのに頭が痛くなってきた。
そんなことをしている暇があれば、仕事をすればいいものをっ!だんだんと腹が立ってきた。
霄太師と宋太傅の前にお茶と胡麻団子の皿を置くと


「私、用事がありますので失礼致します」


退室を礼を取り、さっさと出ていってしまった。残された二人、いや宋太傅はやれやれとため息をついた。


「霄、今のはわざとだろう」

「なんのことじゃ? おお、今日の菓子も美味いのぅ」

「あまり、琳麗を怒らせるような事を言うなよ……まあ、たまにはいいだろうがな」


なかなか琳麗が、妹でありながら探花及第した秀麗と会えていないのは分かっていた。
仕方ないとはいえ、我慢しているのを知っている。
きっと今のを聞いて、琳麗は秀麗の元へと行ったのであろう──彼女は家族が大事な娘であるから。
それを報せ出ていった彼女を咎めない自分たちは、やはり彼女には甘いかもしれない。宋太傅はそう思ったのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


琳麗は礼部の近くの回廊を歩いていた。霄太師、または宋太傅といない琳麗は周りから不思議そうに見られていた。
そして、それは能無し官吏どもに霄太師たちに取り入る為の好機でもあった。


「琳麗殿? どうしたんです、こんなところで」

「……藍将軍…」


誰かが声を掛けようと思っていた矢先、藍将軍が現れたのだった。
彼は声を掛けようとした高官が去っていくのを視界の端でとめていたが、琳麗に優しく笑った。


「あ、あの……先程、霄太師から話を伺いまして……秀麗なのですか? やはり……」

「……あー、はい。残念ながら、そうです」


それを聞くと琳麗は堪らなくなる。本当に悔しくなってしまう。
後から知るのも辛いが、きっと見ていただろう静蘭はもっと悔しかったに違いない。
助けたいのに助けられない。助けるのは簡単だ。だが、それでは駄目なのだと、みんな分かっている。簡単に手を差し延べてはいけないのだ、こればかりは。
ぎゅっと口唇を噛み締める琳麗の姿に、楸瑛は頭を撫でてあげた。


「今回ばかりは、琳麗殿も辛いね」

「……そう、ですか? きっと劉輝様や静蘭の方が辛いのかと……秀麗は大丈夫ですか?」

「すぐに絳攸に行かせましたから、なんとか。影月くんと協力して掃除をなさってましたよ」

「そうですか、秀麗の傍に影月くんがいて本当よかった…」


両手を口許にやり、ほぅ…っと息をつく琳麗は安堵した。


「それに秀麗殿なら影月くんと共に同期の進士に仮眠室に連れていかれるのを見ましたよ、差し入れでもされてはいかがです?」

「そうなのですか? じゃあ、あとで持って行きます。……でも、よかった……」

「なにがです?」


楸瑛が聞き返すと琳麗は微笑した。


「影月くんの他に秀麗の事を見てくれる……というのはおかしいですけど、仲間が出来て」


秀麗と影月くんを仮眠室に連れていく程だ。きっと、秀麗を女だからとかで相手を見ない人ではないだろう。


「そうですね、見てくれている人はきちんと見てくれているはずです」


楸瑛の言葉に琳麗も頷いたのだった。


「そうだ、忘れるところでした。今宵、主上がお聞きしたいことがあると申しておりました」

「聞きたいこと、ですか? 私に?」


琳麗は不思議そうに首を傾げたが、楸瑛から言われた事に「分かりました」と応えたのだった。


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蒼天の華 / 恋する蝶のように