泥団子事件から数日、どうやら外朝では秀麗に対して、官吏たちの当たりが優しくなったらしく琳麗は笑みを零していた。
しかし、休養日である今日、外朝には官吏たちがいた。
周りから聞こえる話し声に怒りを覚えながら、それを隠し凛とした顔立ちで回廊を歩いた。そしてまた聞こえた噂話に足を止めた。

『おい、聞いたか?』

『国試で不正あったという話か? それなら聞いたぜ』

『それもだが、不正を働きかけたらしい紅吏部尚書が拘束されたらしいぞ』

『本当か? あの吏部尚書が』


その会話にぎょっとして、琳麗は思わずその官吏たちを見てしまった。官吏たちは、琳麗が自分たちを見ている事に気付き、少し頬を赤らめて手を振ってきた。
それにハッとして、琳麗は微笑を浮かべ礼をするとまた歩き出した。ほんの少しだけ早足に。
回廊を進み、吏部へと行こうかとも考えたが方向を変え、三師の室へと向かう。


「霄太師!」

「琳麗殿、どうかなされたのかのぅ?」


顎髭をしごきながら霄太師は入って来た琳麗を見た。


「貴方ならもうお聞きになられたかと思いまして……叔父様、いえ吏部尚書が拘束されたとは本当なのですか?」

「拘束? それはなにゆえかのぅ?」


にやにやと笑う姿に琳麗は、ムッとした。


「知らないとは言わせませんわ。秀麗がいないたった一日で妙な噂が広まってます。そして、先程官吏たちが吏部尚書が拘束されたと申してました」

「ほぉ、じゃが、あの紅 黎深殿がずいぶんと簡単に拘束されたもんだのう」


それを聞き、琳麗はふと(…確かに)と考えた。

──もしかして、わざと……?

いや、そうとしか考えられない。と思い、琳麗は霄太師を見た。


「……霄太師、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」

「なにかのう?」


ちらりと未だに肌身離さず持っている梅干し壷を眺めた。


「──茶家当主の指輪、どこにあるかご存知ですか?」

「……さあのぅ」


琳麗から隠すように梅干し壷を引っ込めた霄太師は、歯切れ悪く答えたのだった。


「そうですが。──今はそういうことにしておきます。後で、その梅干し壷について聞かせて下さいね。では、私はこれで失礼いたします」


退室の礼をし、琳麗は室から出ていったのを見送ると霄太師は梅干し壷を撫でた。
閉じた扉の向こう、琳麗の姿を思い浮かべ、やれやれといった風に頬をかいた。


「……さて、どう答えるべきかのう…」


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


琳麗が回廊を歩いていると、曲がり角にて文を持っている楸瑛にぶつかりそうになった。


「っと、大丈夫かい?」

「……っ、藍将軍! 申し訳ございません」


目の前にある藍色に琳麗は顔を上げて非礼を詫びた。


「いやいや、たいしたことないよ。ところでどこかに行くところだったのかい?」

「…叔父っ、いえ吏部尚書の所へ様子をみようかと」

「ふむ。今はまだ会えないと思うよ。それにあの人の事だから大丈夫だよ。それより一緒に主上の元へ行こう」


楸瑛は琳麗の肩を掴むと促すように歩き始めた。その手にある漆箱にある文を見て、琳麗は楸瑛を見遣ると笑みを返されたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


室に入るなり楸瑛はその文を劉輝へと渡した。


「主上、静蘭から、紫紋の直文が届きました」

「紫紋だと? あれは影月に渡したはずだが……なっ!?」


そう言い受け取った文に目を通すと驚きの声を上げた。その様子に楸瑛は聞き返した。


「どうなさいました?」

「秀麗が監禁された」

「えっ!?」

「ほう、秀麗殿もですか」


劉輝の言葉に琳麗は驚いたが、隣の楸瑛は分かっていたのかさほど驚いた様子はなかった。


「──も?」

「紅 黎深殿も捕縛されたとのことです」

「なぜそうなる!?」


劉輝は椅子から立ち上がった。そして、琳麗を見ると彼女は頷いた。


「例の噂がずいぶんと広まっておりますから」

「秀麗が不正に及第したというやつか」

「国試を司る礼部が噂の発信源のようですから、妙な信憑性があったんでしょうね。あの馬鹿も今のうちにと思ったのでしょう。そして、愚かにも黎深殿を」


劉輝は頭を抱えた。


「よりによって黎深に手を出すとは」


それには琳麗も頭を抱えたくなる。我が叔父で普段自分たちには甘い黎深だが、宮中では『氷の長官』として恐れられているらしい。きっと容赦はしないだろう。
劉輝たちが言っているあの馬鹿にため息をついた。


「ところでここにもう一つ、藍家の情報網に引っ掛かったものがあるんですが」

「……な、なんだ」


楸瑛は琳麗をちらりと見た後、それを告げた。


「紅家名代、紅 玖琅殿が貴陽に来られております」

「はんがぁっ……」


その報せに劉輝は机案に顔を突っ伏した。琳麗はそれには苦笑せざるおえない。


「現在は邵可様の邸を訪れているみたいです」


それには琳麗は驚いた。今のいままで邵可は本家の人間を――黎深すら邸に関わらせないようしていたのだが。
しかし、これから先を考えれば『紅家の力』が必要となったからだと琳麗は判断した。


「はあ、なんて、間の悪い」


劉輝は頭を押さえ、顔を上げた。それには楸瑛も同意した。


「確かに。被害を最小限にするよう手を打たなければなりませんね」

「そうですよ、劉輝様。黎深叔父様を当主にしてしまった玖琅叔父様は怒らせたら怖いですよ」


もう怒っているだろうし、手も打っていそうだ。と思いつつ琳麗は劉輝を見ると泣きそうな顔をしていた。


「……も、もう少し奴が調子に乗ってくれれば、やりようもあるのだが……」

「──安心しろ。調子に乗せた」


扉を見るとそこに絳攸が書翰を持ち立っていた。


「なんだそれは?」

「──紅 秀麗の進士返上を求める連名書だ。しっかりと奴の名前が書いてある」


絳攸はずかずかと机案までくるとそれを劉輝の前に置いた。そして、皮肉げな笑いを浮かべると


「『紅進士がその正当なる及第を証明するまでは、進士と認めるわけにはいかない。明日正午にでも、彼女に対する査問会をひらくべきだ』だそうです。これがその書状」


劉輝は立ち上がった。


「──でかしたぞ絳攸!」


劉輝は墨と筆を取り出すと、猛然と書をしたため始めた。


「この勅書をすぐに各高官に回せ。ついでに連名書とその書状もくっつけて回覧させろ。明日の正午に査問会だな? いいだろう! ひらいてやろうではないか」


ほとんど殴り書きで書き終えると、それを文箱に入れ琳麗へと渡した。そして、傍に置いてある剣を引っつかんで立ち上がった。


「その前に──秀麗のところへは余が行く」


その様子を呆気に見ながらも、絳攸は釘を刺した。


「今夜は忙しくなるぞ。早く帰ってこい。……逃げるなよ」

「……わ、わかった」


劉輝は疲れ切ったように頷いた。琳麗はそのやり取りに苦笑し、劉輝を見た。


「……劉輝様。秀麗をお願い致します。それと───」


にこりと笑った琳麗に劉輝は府庫へと走ったのだった。




第四幕/終




あとがき

またしても中途半端なところで区切ってしまいました……。あと二幕くらいで「花は〜」編は終わりでしょうか?つか、恋愛要素がねぇーっ!

すみません、本当夢じゃないな……ハハハ…。

読んで下さりありがとうございました。
感想頂けたら嬉しく思います(ドキドキ)


2007/06/05


-76-

蒼天の華 / 恋する蝶のように