その頃、劉輝は宋太傅を振り切りようやく執務室に辿り着いた。


「はっ、はっ、はっ…だあっ! はぁ、はぁ、はぁ……」

「遅い!」


息を切らし、扉を開けて中に入ると先ずは絳攸からの叱責が飛んだ。楸瑛は劉輝の表情を見て、苦笑しながら声をかけた。


「どうなさったのです? 主上、怪物でも見たような顔をして」

「怪物より質が悪い。宋太傅に襲われた……」

「は?」


劉輝の発言に楸瑛は首を傾げた。襲われた?宋太傅に?だが、絳攸は関係ないとばかりにバン!と机案を叩いた。


「言い訳などどうでもいい。さっさと椅子に座って仕事を始めろ!」

「た、大変だったのだぞ!」


劉輝が泣きそうな顔で訴えたその時、執務室の扉が叩かれたのだった。
まさか宋太傅が追い掛けてきたのか!?とビクッとする劉輝を見て、楸瑛は苦笑すると「私が」と言って扉を開けた。


「おや。主上、大丈夫です。琳麗殿ですよ」

「「琳麗」」

「おはようございます。楸瑛様、絳攸様。主上、大丈夫でいらっしゃいますか?」


きちんと挨拶をしてから、琳麗は急いで劉輝のそばに駆け寄った。その心配してくれる琳麗の姿に劉輝は、泣きそうになった。


「琳麗〜〜」

「宋太傅がいきなり劉輝様に剣を突き付けていたと羽林軍の武官からお聞きしましたので」

「そ、そうなのだっ! いきなり矢で呼び止められるわ、剣を向けてくるわで、余は、余は……」


めそめそと、ここぞとばかり琳麗に抱き着いて甘える劉輝を楸瑛と絳攸は、べりっと剥がしたのだった。


「な、なんだ……二人とも…」

「宋太傅に襲われてよく生きてここまでたどり着きましたね〜」


抗議する劉輝をさらっと無視し、楸瑛は口を開いた。


「そうだろっ!? 向こうは問答無用だし、命からがら逃げて来たのだ」

「しかも、こんな朝っぱらからとは。何かあったんでしょうかね? 普段はもっとじっくり稽古の出来る時間を狙ってくるのに」

「全くだ…起きた直後も出所のわからない見合い話をこれでもか、と持ち込まれるし、もう、今日は厄日か」


ぶつぶつ愚痴を零す劉輝に琳麗も楸瑛も目を丸くした。


「見合い、ですか?」

「それはまた急にですね」


今までなかった訳ではないが、今朝になってどっさりというのが気になる。


「ああ、今朝に限ってどっさりだ。余は見合いなどしないと何度も言っているのに」

「ですが、主上が妃を持たない限りいつまでもついてまわる話だと思いますよ?」

「余は秀麗以外誰も娶らない。絶対だ!」

「はいはい、そうでしたね。やるやれ、一途というか頑固というか」


その宣言に琳麗も楸瑛も肩を竦めて、苦笑した。そして、聞いていた絳攸は本をたたき付けた。


「口より手を動かす!」

「え、あ、分かった。えーと、では、この辺から始めよう」


劉輝の邪魔をしてはいけないと思い、琳麗は隅に置いてある茶器でお茶をと思い移動した。


「ま、いつまでも意地を張っていられないでしょうが」

「お前も邪魔するな、楸瑛」

「おやおや、私だけかい。絳攸?」

「琳麗は邪魔はしないからな」


ふいっと視線を向ければ、室の隅でお茶の準備をしようとしている琳麗の姿があった。


「じゃ、私も怒られないよう手伝おうかな。そうそう、主上。菊の花の香りがする美味しいお茶がありますよ、琳麗殿──」

「ああ、それはいいな……って聞いてないではないか」


楸瑛を見上げれば、すでに琳麗の元へ行っていた。
二人が肩を並べお茶の支度をしているのを一瞥してから、書翰に目を通した。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


カチャカチャと茶器の用意をしていると、横からお茶っ葉を出された。


「琳麗殿、今日はせっかくですからこちらのお茶はいかがです?」

「まあ、菊の香りがしますのね」


お茶っ葉の香りを嗅いで琳麗は微笑した。楸瑛も右斜め下で微笑む表情を見て、顔を緩めた。


「ええ、藍家(うち)から持ってきてみたんです。琳麗殿が喜びそうだと思いましてね」

「それは楽しみですわね」


カチャカチャと四人分のお茶を用意する楸瑛に、琳麗はもう一人分の茶器を用意した。


「琳麗殿?なぜもう一つあるんです?」

「必要ですわよ」


ニコッと笑った直後、コンコンコンと扉を叩く音がした。楸瑛は訝しがりながら扉を見た。


「ん?誰かな、見てこよう」


扉を開くとそこには大量の書翰を携えた人がいた。なんとなくで楸瑛は名前を呼んだ。


「え?霄太師…ですか?」

「おお、藍家の小伜か。ちょうどいい、こいつとこいつを持ってくれんかのう」

「はい? え、ちょっ、ちょっと……え?」


バッサバッサと書翰の山を楸瑛に手渡し、少しうろたえていると絳攸が声をかけた。


「霄太師。いったい何のご用事ですか?」

「なーに、ここのところ主上の元気がないと聞いてな。これは老骨が一肌脱ぐしかあるまい。と特効薬を持って来たまでよ。ほれ、ぼーっとしとらんで李侍郎、おぬしも手伝わんか!」

「はあ……」

「霄太師」

「おお、琳麗殿。ここにいたのか、今朝は姿を見せんのでまた大将軍らにでも捕まったのかと心配しておったのじゃ」

「…………ご心配おかけいたしました」



劉輝のそばでお茶を置いていた琳麗は、ため息は吐きながら霄太師を見た。


「おい、こら! このくそじじい…あ、いや霄太師っ! 勝手に余の補佐役たちをこき使うな! なんだ、その山のような書翰は」

「ふむ、では琳麗殿。運んで下さらんか」

「え、あ、はい」

「なぜ、そこで琳麗を使うのだ! このくされじじいめっ!」

「なぜ、と申されましても主上の補佐役を使うな、と申されましたのでわしら三師のお付き女官である琳麗殿に頼んだだけですじゃ。さあさ、どれでもお好きなものからご覧下され、主上」


白髭をしごき、ニヤリッと笑う霄太師に劉輝はぷるぷると怒りで震えそうになった。──確かに琳麗は朝廷三師付き女官である。
仕方なしに劉輝は、琳麗が机案へと運んだ書翰を手に取った。


「……これはっ、見合い話ではないかっ!」


琳麗だけに任せる訳にはいかないと一緒に運んでいた絳攸たちの手も止まった。


「まさか、これ全部っ!?」

「主上への見合い話……ですか?」

「まあ……ずいぶんあるんですのね」

「うむ。その通りじゃ」


にまにまと笑う霄太師は満足気に頷き、劉輝を見た。
劉輝はふるふると震え、今度こそこのじじいをどうにかしてやりたいと思った。


「いらぬ! 余は見合いなどしないし、妃を迎えるつもりもない! 何度も言っているだろう!!」

「これのどこが特効薬なんだ?」

「そうですね」


絳攸の言葉に琳麗も小首を傾げた。そんな事を言ってると劉輝はきっぱり断っていた。


「迷惑なだけだ!」

「おなごに振られた時の特効薬は新しいおなごと昔から決まっておりますでのう」

「あー、なるほど。確かに」

「お前も納得するな─!」


霄太師の言葉に頷く楸瑛に、琳麗はそうなのか。と感心していた。さすが、常春、ボウブラ将軍と呼ばれるだけある。と変な風に感心していた。


「余は振られてなどおらぬ!」

「ほぅ? 本当にそう言い切れますかな?」

「おぉ……振られてはおらぬ……おらんのではないかな? 多分、おらんと思う……でも、ちょっと……振られてるのかな……」


自信なさげにだんだんと劉輝の声が小さくなり、縋るように琳麗の方を向いた。が、霄太師はそれを背中からばっさりと切ってしまった。


「そう思っておるのは主上だけかもしれませんぞ。見合い話にでも目を通してもう一度よっくお考えなされ。しつこい男は嫌われますぞ」

「くっ……うぅぅぅ……うぅぅぅ……」

「劉輝様っ! 霄太師っ……」



ほぉっほぉっほぉっ……と笑って去っていく霄太師を諌め、劉輝をみると「琳麗〜〜」と泣きつかれた。


「あーあ、トドメさしてくれちゃって……」

「う、うぅぅぅ…」


やれやれと楸瑛はため息を漏らし、劉輝はまたもや琳麗に抱き着いて泣いていた。琳麗は優しく背中を撫でながら宥めていた。


「煩い! 王ともあろうものが、子供のように泣くなっ!! で、どうするんだ、この書翰の山っ!」

「棄ててくれ、全部……ぐす、ぐすっ…」

「元気出して下さい、主上。あ、えーと……あ、何も女性は秀麗殿だけじゃありませんよ? ほ、ほら現に目の前に琳麗殿だっているし……」


楸瑛は泣きついている劉輝の肩をぽんっと叩いた。


「り、琳麗は……好きだが…余は……秀麗がいいのだっ! そ、それに……まだ、振られた訳ではない! ないったらない! ないもん!!」

「はいはい、私も劉輝様が好きですが、きっと同じ気持ちですよ。それにそんなに秀麗を思って下さるのは姉として、嬉しい限りですわ」

「り、琳麗〜〜っ!!」

「いーから、さっさと仕事しろーっ!!」


がばっ!と抱きしめると横から絳攸が怒鳴り声を上げたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その後、執務室を後にした琳麗は通常の仕事に戻ったのだが、朝廷三師がひそかに一女官に叱られたのはそこだけの秘密だった。


「いくら劉輝様が元気がないからとはいえ、ご自分たちが暇だからと劉輝様をからかわないで下さいっ! 頑張っていらっしゃるのですよ!」

「…………」

「宋太傅も、主上をお守りする近衛を遣って襲うなど言語道断ですよっ!」

「…………」


名誉職だというのに室内に正座させられる者もそういないはずだ。
琳麗は黙ったままの二人を見てため息をついた。ちらりと二人を見てから口を開いた。


「しばらくはお茶菓子は用意致しませんからね!」

「「……なっ…!?」」

「い い で す ね?」


さもなくば暫く出仕しませんよ?とどこぞの某家人のような笑みを浮かべる琳麗に、霄太師、宋太傅は無言で頷くのであった。



第一幕/終




あとがき

申し訳ございません!ちょっと強引に終わらせてしまいました。
本当は紅家三兄弟との団欒もあったのですがいれるべき?と思いながらもカットしちゃいました。
紅家三兄弟との団欒は、もしかしたら、第二幕の始めにちょっと絡ませるかもしれない…もしかしたらだけど。
とりあえずはドラマCDネタでした。この後劉輝は珠翠に二胡を教わるんですが、本編に絡ませるのであえてスルーしました。

では、第二幕は夢主は茶州へと向かわせたいかと思います。
そーいや、龍蓮が州牧印と佩玉預かるのってアニメと原作違うんだね。
原作は描写がないが、龍蓮、劉輝のもとへ取りに来ているのか?
さてさてどうしましょう。

とりあえずは、読んで下さってありがとうございましたv


2007/07/05


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蒼天の華 / 恋する蝶のように