龍蓮はちらり、と屋根のところに隠れている琳麗を見た。その真摯な目は『力を使うな』と言われていた。
助ける事は出来ないのか、と琳麗はギュッと拳を握った。しかし、今、出ていけば此処にいることがばれてしまう。

影月と香鈴の縄を切ると、龍蓮は礼を述べる影月の口に小瓶を突っ込んだ。
へ? と影月が目を丸くし、流し込まれた喉を灼く液体の正体を知った時にはすでに遅く、影月は目を回してぶっ倒れた。
慌てて香鈴が抱えるが、龍蓮はそんな事気にもしていなかった。


「あ、あなた何をなさるんですの!?」

「さあ、出よ! 心の友・其の二.五」


次の瞬間、陽月が目を開いた。影月だと思っていた香鈴がホッとするも


「邪魔だ。馬鹿女、退け」

「え?」


陽月が周りにいた賊を一撃で倒したのを見て、龍蓮はほくほくとした顔をしていた。心の友・其の二.五が見れて嬉しいらしい。


「ほぉ〜、これが心の友・其の二.五か」


静蘭は賊を斬り倒し、一足飛びに瞑祥へ飛び、躊躇わず剣を振り下ろした。瞑祥はかろうじてそれを避けると、跳ね起きた。


「立てっ! 瞑祥っ!!」

「愚かな"小旋風"、お前が私に勝てるとでも?」


瞑祥は剣を構え笑うが、静蘭はその言葉を無視し、ただ一言、背後に立つ燕青に告げた。


「燕青、いいか」

「いいよ。俺は晁蓋もらったから。好きにしろ」


その瞬間、瞑祥の両手両足が一閃で斬り飛ばされた。小さくなった瞑祥の身体が、血飛沫を振り撒いて壁に叩きつけられる。


「かはっ……馬鹿な」


雲霞のようにふりかかってくる雑魚を殴り飛ばしつつ、燕青は苦く笑った。


「馬鹿はお前だ。十四年前、殺人賊を潰したのは俺と静蘭の二人だったんだぜ。どうしてお前ごときがコイツに勝てると思うんだ」

「ふっ……そうだった、のか…だが、貴様らも…踊らされて…いるに…過ぎない……貴様らも…私も…殺人賊ですら……あの方の遊び道具なんだよ……っ」


血の塊をごぼりと吐き出して、荒い息の下、それでも瞑祥は不敵に笑った。


「なにを──」

「は……これまで、ずっ…と権力に執着しなかったから……誰も、気付かなかった…っ。だが、兄を…殺せ、と言ったんだ。ははっ…茶州はいずれ、あの男の玩具…に……──」


急速に語尾が消える。瞑祥の事切れるさまを見届けた燕青と静蘭は僅かに青ざめた顔を見合わせた。


「兄を殺せ。ということは──草洵の末の弟か」


門から入ってくる少年を見て、静蘭は剣を構えた。しかし、燕青は手で制した。


「いや、克洵じゃない」

「とすると……」

「菊の邸にご案内します」


琳麗は小さく見える茶家三兄弟の末、茶 克洵を見て茶太保を思い出した。


「……頑張ってもらわなくては」


それはこれから先、克洵に対しての言葉だった。


「おぉい! 早く行け!」


見れば、賊を蹴り飛ばしながら影月が暴れていた。そして、龍蓮も手にした鉄笛でいかにもやる気なさそうに逃げる賊をのしている。


「ここは適当になんとかしといてやる」


それを聞き、静蘭と燕青は克洵に案内されながら、菊の邸へと駆け出していった。



二人がいなくなるのを確認してから、未だにいる賊のところへ琳麗は降りた。


「女っ!?」

「おい、コイツを盾に──」


次の瞬間、そいつらは吹っ飛んだ。鞘に収められたままの短剣で殴り飛ばされたらしい。


「……琳麗、良家の姫君が戦うなどしなくてもいいぞ」

「り、琳麗様っ!?」


鉄笛で殴っていた龍蓮は、やれやれといった風に琳麗の登場を見た。香鈴は琳麗の姿に驚愕した。


「危ないわ、香鈴っ!」

「えっ……きゃあぁぁぁっ!!」


悲鳴を上げる香鈴の後ろには、人質に取ろうというのか、賊が香鈴を捕まえようとした。
しかし、琳麗が助けようとした寸でで陽月が香鈴の襟首を掴むと、後ろに引っ張った。そして──。


「うるさい癇に障る。それ以上喚くと殴って気絶させるぜ」

「なっ……!!」

「え、影月くん、そんな言い方」

「──陽月、俺は陽月だ。覚えろ」

「あ、はい。えと、陽月くん」


そんな会話をしながらも、琳麗は短剣を鞘ごと振るい、陽月は逃げ出そうとしている賊をためらいなく殴り飛ばした。


「──守られるべき姫が戦うとは……」


ぼそりと呟いた科白は誰にも聞こえなかった。あらかた片付いた後、バタバタと官兵が現れ、逃げ惑う殺人賊を捕縛していく。全商連が動いたようだ。
そして、酒を飲み暴れていた影月──陽月も効き目が切れたのか倒れてしまった。


「影月」

「大丈夫、龍蓮。お酒が切れたのよ。時期に目が醒めるわ。そうそう香鈴、」


物影で怯えていた香鈴は、琳麗の呼びかけで慌てて寄ってきた。


「は、はいっ! なんでしょう?」

「……お疲れ様。無事でよかったわ。秀麗の身代わりで怖い思いしたでしょう? よく、頑張ったわね」

「……琳麗様…いえ」


香鈴の手をとり、琳麗はにっこりと笑った。その微笑みに香鈴は頬を染めるくらいだ。


「秀麗の事、慕ってくれてありがとう。それと」

「はい?」


琳麗は小首を傾げる香鈴に微苦笑した。


「私が、此処に、茶州にいることはしばらくは秘密にして欲しいの」

「ど、どうしてですの?それにどうして茶州に?」

「ちょっとね、内密の用事なの。だから、そうね、すぐには言わないで欲しいわ。龍蓮もお願いね」


くるりと影月を支えている龍蓮を見て、琳麗が頼むと龍蓮は何も言わなかった。
だが、しばらくは言わないでくれるだろうと琳麗は分かっていたから、それ以上何も言わなかった。
雨が降り出してきたのをみて、琳麗は身を翻した。


「じゃあ、龍蓮。手伝ってくれてありがとう。さあ、秀麗たちのところへ」

「琳麗様はご一緒に行かれないのですか?」

「ええ、心配だけど──だから、香鈴。秀麗をお願いね」

「琳麗、──気をつけるのだぞ」


見てくる龍蓮に微笑すると、琳麗は雨のなか金華城を後にした。香鈴が呼び止めるのも聞かずに。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


雷鳴が轟き、豪雨の中、琳麗は林の中にいた。やがて、馬に乗り一人の男が現れた。雨によって濡れた髪がますます美しく見せていた。


「やあ、こんなところで会えるなんて奇遇だね。紅 琳麗」

「ええ、そうね。その簪はどうなさるのです」


唯一、彼が持っている花簪に目を向けながら琳麗は問うと男は大切そうに簪を鳴らした。


「愛しの姫君を偲ぶものだから、大事に持って行くよ。でも、本人が会いに来てくれたら返すよ」


愛おしいそうにその簪に口唇を寄せた。多くの花や蕾が連なる美しい玉飾りがシャラと音を奏でた。


「──その言葉に嘘偽りはないようね。だったら今は、取り返さないわ」

「それは、ありがとう」

「でも、可愛い妹を傷付けたら私はあなたを赦さないわ、茶 朔洵」


天に稲妻が走る。いつもなら怖い雷も気にしてはいられなかった。


「未来の義姉上に嫌われるのは哀しいな。けど、傷つけたりなんてしないよ。私はね、二十九年生きてきて、初めて『欲しい』物が出来たんだよ。彼女は力ずくでは手に入りそうにないからね、好かれようと必死なんだよ。これでも」


婉然と笑う姿に琳麗は目を細めた。──困った男だ。
力ずくではないにしろ、強引だ。強引に手に入れて満足するのは本人だけで、秀麗の気持ちすら考えないとは……。


「……私は、秀麗の味方であるからあなたがどうなろうと知らないわ。嫌われないようにすることね」


スッと横を通り過ぎようとして、朔洵はくつり、と笑った。


「──君もなかなか面白いね。ちょっとだけ気に入ったよ」

「そう。でも、私は玩具にはならないわよ。もう会う事もないでしょうね」

「それは残念だね」


朔洵はそう呟くとそのまま林の奥へと消えていった。琳麗はそれを一瞥した後、無人となっているだろうの『菊の邸』へと足を向けたのだった。


雨はまだまだ止む気配はなかった。



第三幕/終





あとがき

お待たせ?致しました。最終幕かと思いきや、なぜか第三幕になってしまいたした。
うーん、書いていてなんて行き当たりばったりな書き方してるんだろうと、自分が情けなくなります。
あまり、関わらないと思っていた朔洵……なぜ、こんな会話に?とまさに謎です!
この後の最終幕はすぐ終わるかと。ぐだぐだで申し訳ありませんでした!



2007/08/23


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蒼天の華 / 恋する蝶のように