キンブリーさんとお正月





『あなた、美しくない』
 テレビ画面に映った大好きな彼に、思わずきゃーっ、と歓声を上げてしまう。ニヤつく口元を手で抑えながら、リモコンの一時停止ボタンを震えながら押した。
 ああ、何度見てもカッコいい!
「どうしたんです? 続きは見ないのですか」
「ちょっと……刺激が強すぎて」
「それは、本物にいただきたい言葉ですねぇ」
 隣に座り、流し目をこちらに寄こした「彼」が言った。
 それはもちろんだ。テレビに映る彼も素敵だけど、私の隣でくつろぐ「彼」は、もっともっともっとカッコいいのだから!

 ハガレンに出てくるキンブリーさんと一緒に住んでます、と言って信じてくれる人はどれくらいいるだろう。いや、誰もいないに違いない。
 去年の春、都内のアパートに一人暮らしして少しした頃のことだ。大好きなキャラクター、キンブリーさんが刑務所から出所してくる回をアニメで見ていたとき、突然インターホンが鳴った。宅配便かと思いドアを開けると、アニメで見たのと同じ白スーツの彼が立っていた。私は驚きのあまり声が出ず、混乱して一度ドアを閉めてしまった。すぐに謝って開けたけれど。
 彼いわく、肉体が滅びた後、なにかの手違いでこの国に迷い込んでしまったらしい。最初は魂だけだったのに、気づけば体も一緒についてきたのだとか。説明をされてもいまいちピンと来ないけど、それは彼も同じらしく、珍しく戸惑った表情で額に手を当てていた。
 そんな行く宛のない彼を、無理やり我が家に引き留め続けた結果、現在に至る。幸運の神様、ありがとう! 私は今、ウルトラハイパーハッピーライフを過ごしています。
 欲を言えば、本当はせっかくのお正月だから、彼とふたりでどこかに出かけたかった。けれど、世が世なだけに私たちも大人しくステイホームだ。少し値の張るおせちを一緒に食べ、手作りのお雑煮を振る舞えただけでも、最高なはず。
 もちろん、一緒にダラダラしながらハガレンアニメを見返すことも。
「思い出しますね。この怨嗟の子守唄は、それはそれは心地良いものでしたよ。あの重低音の負のハーモニーが忘れられない」
「そ、そうですか……」
 こういう発言を聞くと、やっぱり「本物」なんだな、と改めて感じる。
 本物……。
「そうだ! せっかくですから、アニメの台詞を再現してみてくださいよー!」
「再現? まあ、いいでしょう。貴女の美味しいお雑煮に免じて、特別に」
 やった、無茶振りを聞いてくれた! なんでも言ってみるもんだなあ、お雑煮作って良かったなあ。
 彼はこちらに向き直り、こほん、と咳払いする。瞼を閉じ、彼は口を開いた。
「ええまぁ、あなたがそのまま頑張っていればなにもしなかったのですがね」
 きゃあー! 生演技ー!
「年末年始の特権だなんだとのたまっておきながら、自身に休暇が訪れたとたんにダラダラゴロゴロと生産性のない日々を送ろうとする……」
 ……え? ええ?
 鋭い眼光が、真っ青な私を射抜いた。
「貴女、美しくない」
「うわーっ!」
 まさかのお説教!? そんなの聞いてないっ! 聞いてないよー!
 それに、悔しいけど図星だ……。どうしよ、推しに言われるとグサグサくる……。なにも言わなかったけど、そんなふうに思っていたんだ……。キンブリーさんはなんでも完璧だし、キッチリしているから。
 私は、ガックリうなだれた。もう私のライフはゼロよ。
「ううう、こんなナマケモノ人間、嫌いになっちゃいましたよね……。愛想尽かしちゃいましたよね……」
 少しの間の後、ふっ、という優しい音が頭上でこぼれた気がした。
「貴女、ゾルフ・J・キンブリーをわかっていない」
 優しく頭に手が置かれ、そのまま少し髪を乱される。まるで、愛情を一身に受けた子犬になったかのように撫でられ、サイドの髪に触れられて、その毛先にキスが落ちた。
 はっとして彼を見ると、困ったような表情で微笑まれた。
「そんな些末なことで貴女を嫌いになるとでも?」
「ああー! キンブリーさーん!」
 ……晩ご飯は、彼の大好物をありったけ作ろうと思います。

Happy New Year!
(20210101)