▼2024/07/07:私の愉しみ
ハガステ記念ということで、キンブリー夢書きました。このページではなく、夢小説ページでお読みいただきますと、名前変換が適用されますのでぜひぜひ。
名前変換いらないぜという方は、折りたたみからどうぞ。
※R-15ぐらい。肌色注意。
『私の愉しみ』
戦場における楽しみのひとつは、美しく完璧な仕事をすること。
ここイシュヴァールの地で、私の錬金術で創り上げた戦禍こそが功績だ。鼓膜を震わせ、脊髄を躍らせる美しい轟音を全身で感じて、私はひとり悦に入る。
戦場における楽しみのふたつめは、休憩中、腰を下ろしてゆったりとコーヒーを飲むこと。
その最中、被害者ぶった暗い顔の若い軍人に、我々の本分を再認識させる一幕があった。本来の自分たちの在り方を理解っていない彼らの思考が、私には今ひとつ理解できない。相容れない。
戦場における楽しみのみっつめ。それは、陽がとっぷりと落ちた静かな夜――簡易テント内で繰り広げられる、恋人との情事だ。
さて、今夜彼女は、私にどのような表情を見せてくれるのだろう。
汗ばんだ裸の素肌をぶつけ合い、さまざまな体液をまき散らしながら身体をつなげた結果、テントの内側では外気よりもむわりとした官能的な熱がこもる。
彼女――少尉のやわらかな肉体を、甘い嬌声を、情熱的な瞳をひとしきり堪能した後、ぐったりと横になってしなだれる彼女の赤みを帯びた肌を眺めていた。
「悦かったですか? 満足しましたか」
「……はい」
いつもと同じ返事に、いつもと同じシチュエーション。
しかし、違和感を覚えたのは、そろりと指先で腿を撫でた後、彼女がぶるりと震えたからだった。
「どうしました」
潤んだ瞳は、私を映さない。
「なにか、お気に召さないことでも?」
「いいえ、違うんです」
それっきり、言葉は続かない。
「目を背けるとは貴女らしくない。私を見なさい」
くいと顎を掴み、強制的に視線を合わせると、彼女はやはりぶるりと震えた。
まるで、私の顔など見ていられないというふうに。
「その態度、いただけませんね。なにか問題でも?」
「……いえ、なにも」
「納得いきませんね。いつから私たちは、隠し事をする仲になったのでしょう?」
裸は見せ合っても、心の奥は覗けない。
興味があった。彼女の、裸の奥にある『心』に。
「……いんです」
「今、なんと?」
「怖いんです」
目線を下げたかと思えば、彼女はぎゅっと固く目をつむった。
「少佐のことが、分かりません」
「と、言うと?」
「昼間、休憩中のお話しを……士官候補生に向けた言葉を、私もそばで聞いていました」
知っている。
たとえ物陰に隠れていようとも、貴女の存在を見逃す訳がない。
「わ、私も、あの候補生の女性と同じ気持ちです。今も被害者の気持ちで、軍服を着ています。けれど、少佐は違います。私たちと、まるっきり違います」
私たち、と彼女は言った。自分もあの候補生と同族だという。
親密な関係である私を差し置いて。
「つまり貴女は、私の思考が理解できない、私たちは理解り合えないと? 私を異端だと認識し、その不可解さに怯えていると言いたいのですか?」
「……そう、なります」
彼女の目の縁には、涙がじわりと滲んでいる。
まるで、相容れないことを悲しむかのように、理解できない自分が悪いのだと自責するように、彼女は途切れとぎれの涙声を出した。
「少佐のこと、もっと分かりたいのに、分からないんです。触れれば触れるほど、話せば話すほど、距離を感じてしまうんです。それなのに、ちっとも離れたく、ないんです。愛しているのに、もっと近づきたいのに、一緒になりたいのに――」
一瞬、喉を詰まらせた後、彼女はついに涙を零した。
「近づくほどに、遠くなるんです」
そう言い終えた彼女は、わっと私に泣きついた。
私の胸の中にすっぽり収まり、小さな嗚咽を漏らした。
そんな彼女を、彼女の小さなつむじを、私は見つめる。
私のよりもはるかに小さくか弱い背中を丸めて、必死に上下させる動きを見つめて、抱きしめている。
ただ、彼女の身体の厚みと、ぬくもりと、速くなった心臓の鼓動を感じて。
私と一緒になりたいと、彼女はよく言っていた。
同じものを見て、同じ感情を共有し、同じ喜びに浸りたいと。
彼女は、彼女自身と私との境界線をなくし、心も身体も溶け合うように一体になりたかったのだろう。
――陽だまりのような笑顔を向けていた彼女は、戦地に赴いてからもろく、はかなく微笑むようになった。
澱んだ昏い瞳で、乾いた砂地をじっと見つめることが増えた。
ひとをたくさん殺めたから、こうなったのか。
はたまた、私と一緒にはなれないと感じたからそうなったのか。
あるいは、その両方か。
「少尉」
彼女に呼びかけ、そっと髪を撫でる。
中央にいた頃よりも痛んだ髪には、細かい砂粒がざらざらと混ざっていた。
「何故、愛しているからといって、同一になる必要があるのでしょう」
「っ……」
「熱風に吹かれた金糸のような美しいこの髪に、細かな砂粒がついています。砂がどんなに貴女と一体になろうとしても、無駄なことだ。どんなにまとわりついても、しがみついても、真に貴女と同じにはなれない」
髪に絡まる砂粒を丁寧に摘まみ、指先を擦りあわせて、宙に捨てる。
「私は私、貴女は貴女。本来は別の人間です。思考や感情まで、なにも同じになる必要はない。否、まったく同じになることなどありえませんよ」
ゆっくりと、彼女は顔を上げる。
「ですから、少尉。相容れない私の思考を、理解に苦しむ私の信念を、そのまま受け入れてください」
捨てられた子犬を拾い上げたときのような、上目遣い。
ばら色の頬には、涙の道ができていた。
「受け入れる……」
「ええ、受け止めるということです。そこに否定も肯定も要りません。あるがままに存在する私を知ってください」
濡れた瞳は、まだうろうろと彷徨っている。
前より窪んだ鎖骨に、雫が落ちた痕がある。私はそこに唇を寄せ、舌を這わせた。
「あ……っ」
「こうして戸惑う貴女を、私はもう受け入れています。どんな貴女の姿も、貴女の言葉も、私は受け止められる自信がある」
そのまま首筋を舐め上げると、彼女は短い悲鳴を上げた。嫌がっているのではないと知っているから、続けた。
「少、佐」
「……そう、ただ受け止めるだけでいい。それだけで充分です」
そこに軽いキスを落として、彼女と視線を合わせる。
頬をまた赤らめながら、彼女は唇をきゅっと引き結んでいた。
「それだけで私たちは、真にひとつになれます。そうでしょう?」
その緊張した唇を奪って、吐息を塞ぐ。
言葉など、もう必要なかった。
歪な貴女を愛する。
すべての貴女を愛する。
それが私の、至高の愉しみ。
*
ハガステ第二弾ありがとうございました! イシュヴァール編でキンブリーさんがいっぱい活躍してくれて歓喜の舞。
長編『両掌のふたり』(上司部下シリーズ)の『盲目的恋愛悲歌』の前にあったかもしれないお話でした。
(20240707)