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▼2024/08/15:Vol.10の心音

新しく書いたキンブリー夢、こちらにも投下します。こちらは名前変換なしバージョンです。(表のは名前変換ありです)
※キンブリーさん逆トリップ・同棲設定です

『Vol.10の心音』


「キンブリーさん、お風呂上がったよ〜」

 バスタオルで頭をわしゃわしゃさせて水気を取りながら、ソファーで専門書を読んでいる彼に声をかける。
 キンブリーさんは首を少しだけ曲げて振り返り、流し目で頷いた。

「これはまあ、お早いお上がりで」
「また錬金術の本? 勉強熱心だなぁ」
「ええ、まあ、何事も一朝一夕には成り立ちませんので」

 ぱたん、と分厚い本を閉じてローテーブルに置く。組んでいた長い脚を元に戻し、彼は水辺の鶴のようにスッと立ち上がる。

「さて、私もシャワーを浴びるとしましょうか」
「シャワーにするの? お風呂沸かしたよ」
「では湯船に浸かります。……おや」

 私と向き合ったキンブリーさんは、口元に笑みを浮かべる。

「湯上がりの貴女は、いつにも増して美しい」
「やめてよ、メイク落としたのに」
「ふむ。素顔のほうが魅力的な女性も珍しいですね」
「やめてってば」

 そんなにおだててもなにも出ないし、と言って横を向く。
 好きなひとから褒められて嬉しいはずなのに、口から出るのはいつも照れ隠しの言葉だ。

「本当に、素直じゃありませんね」

 喉の奥でくつくつと笑うキンブリーさんを横目に、片頬を膨らませる。
 どんな女性より、男性よりも美しいのは、彼だというのがまた悔しい事実だ。

「さて、明日はせっかくの休日です。なにか、したいことは?」

 そう言われて、しばらく考える。
 バーベキュー? ……お肉は焼きたいけど、暑いし却下。
 水族館? ……お魚は好きだけど、家でダラダラしたい。
 映画観る? ……だから、映画館まで行くのは気が乗らな……。

「あ、ネトフリ」



 ――深夜0時。明日が待ちきれなくなった私は、キンブリーさんとふたりでテレビの前に集合していた。

『ボーッとすんな、海賊船に飛び乗れ! 奴らが来ちまう!』
『正気か⁉ 海は大シケだぞ! 死にてぇのか!』
『ごちゃごちゃ言ってる暇はねぇ! 殺られたくねェなら舵をとれ! お天道様に命乞いだ!』
『あぁッ、クソッ、なんて日だ……!』
「キンブリーさん、音大きくない?」
「そうですか?」

 洋画の登場人物たちが大変な目に遭っている中、私たちはカウチソファに腰かけ、ボリュームについてあーだこーだ言い合っている。

「爆発音を堪能するには、このぐらいの音量でなければ」
「でも深夜だよ? お隣さんに怒られるかも」
「今夜だけですよ」

 別段悪びれる様子もなく、キンブリーさんはしれっと目の前のポップコーン(コンビニで買ったバター醤油味)に手を伸ばす。
 ……ほんと、爆発のことになるとすぐこうなるんだからなぁ。

『止まれ、ジャック! 今すぐ船から降りろ!』
『なに言ってんだ、もう出発間近だってのに!』
『爆弾だ! 爆弾が積まれてんだよ!』
『なにィ!?』
「ほう、そろそろですね」

 急に目をギラつかせはじめた隣のキンブリー氏は、顎に手をやりながら唇を三日月型にしている。楽しそうでなによりだ。
 反対に私はというと、少し退屈だ。シリーズものなのに最初から見たわけでもないし、好きな俳優さんが出ているわけでもない。完全に、キンブリーさんの好みである。
 まあ、特に見たかった映画もないし、たまにはこういうのもありかもしれな――。

『ドカァン! ドンドンドンドンドンドンッ!』
『うわああああああっ!』
『うおおおおおおおおおっっ!』
「ちょっと! にぎやかすぎる! 音量下げるよ!」
「ああ……いい音だ……」

 恍惚としたキンブリーさんの前を遮り、リモコンをかっさらう。ボリュームボタンを長押しして、60から30に変えた。

「待ちなさい、下げすぎですよ」
「これぐらいでいいの! お隣さん、松下おじいちゃんが起きちゃうでしょ!」
「松下次郎は凄まじい難聴、聞こえませんよ」

 眉間にしわを寄せた彼の台詞に、思わず噴き出した。

「まっ、万が一、聞こえたらかわいそうでしょうが! 『ナッ、なにが起きたんじゃあ!』って、大慌てするでしょ!」
「心配性ですねぇ、貴女は」

 ふう、と大きなため息を吐いた彼は、ブラックコーヒーが入ったマグに口をつけた。
 こっちは、はあぁっ、という気苦労のため息を盛大に吐く。

『ジャック! 生きてたのね!』
『マリー、心配かけたな。俺はこの通り元気さ。船は――まあ、夜空の星にもなれねえぐらいに悲惨な姿になっちまったけど』
『ばかね……。船なんてどうでもいいのよ。あなたさえ、いてくれれば……』
『マリー……』
「……」
「……」

 さっきまで敵襲がどうたらこうたらと言っていたのに、主人公とヒロインのイチャイチャシーンに変わった。それも、結構長めのキスシーンである。なんと、ちゃっかり舌まで絡めている。

「戦場で隙を見せるとは、いただけない」
「そうだよー。ここで敵が来たら終わりじゃん」

 珍しく意見が合って、ふたり同時にポップコーンに手を伸ばす。
 ちなみにこちらは、指と指が触れあっても、なにも起きない。ただ、無表情でポップコーンを口に入れ続けるだけだ。

『ねえ、ジャック。こっちにいい場所があるの。あそこなら誰にも見つからないわ』
『待って。俺の仲間たちは――』
『大丈夫よ、彼らはきっと助かる。ほら、行きましょう』
「なーんの根拠があるの」
「口から出任せでしょう」

 ぶつくさと呟きながら、ポップコーンを頬張る。
 そして、場面転換の後に、唐突に始まった濃厚なラブシーンにむせた。お色気ムンムンのBGMに、ポップコーンをむさぼる手が止まった。

『ジャック……ッ』
『マリー……!』
「いやさぁ……、ピンチなときなのに余裕すぎない……?」
「いただけません、実にいただけませんね」

 ツッコミが止まらない私たちは、各々、飲み物を思い切り吸い上げた。コーラの強炭酸がバチバチと舌を刺激した。
 キンブリーさんが、おもむろにぼそりと呟く。

「……まあ、本来であれば、私たちもスキンシップのひとつぐらいはしてもいいのでしょうが」
「このヘンテコ映画と、塩だらけの手じゃ、ねぇ?」

 くす、と笑ってキンブリーさんを見ると、彼も同じように微笑んだ。

「手は別に構いませんよ。どうせ、同じもので汚れているんです。……繋ぎますか?」

 そっと差し出された手に微笑みながら、ゆっくりと重ねる。
 ざらざらして、どこかベトベトした指先の感触はおそろいで、確かになにも気にすることはなかった。

「でもさ、ちょっと気持ち悪いね」
「あいにく、手拭きは切らしてますから」
「そんなのいいよ、どうだって」

 少しの眠気と、甘えたい気持ちが混じる。ごろん、と横になって、キンブリーさんの太ももに頭を乗せてみた。
 彼は、まるでネコを膝に乗せているかのように柔和に微笑み、ゆっくりと顔を近づけてきた。

「可愛いネコさん。手と一緒に、唇も重ねますか?」

 目を合わせたまま、頷く。穏やかだった胸が、静かに高鳴り出す。
 そのまま、ゆったりと瞼を閉じ、近づいてくる唇を受け入れて――。

「ん……」

 温かな温度に触れた後、男の焦る声が部屋に鳴り響いた。

『ジャック! 敵襲だ!』
『奴ら爆弾を持ってやがる! 早く逃げ――うわああああっ!』
『ドンッ! ドンドンドンドンドカ――ンッ!』
「おや、第二楽章が始まりましたか」

 素早く顔を上げたキンブリーさんの目は、もう画面に釘付けになっている。私は、盛大にズッこけた。
 ああ、いいところなのに。余韻もなにも、あったものじゃない。

「多少、迫力は欠けますが……ああ……いい音だ……」

 でも、まあ……、この絶妙な角度から、嬉しそうな彼を見上げるのも悪くないか。
 そう考え直して、まだ温度が残る唇を緩めた。

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サイト10周年記念で、逆トリキンブリー夢でした。
 いつもお読みいただき、ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします!
(20240815)


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