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▼2019/03/06:タバコのSS

きんぶりさんはタバコ吸わない勢だろうなー、と考えてたんだけど、母は「似合うで〜」というので妄想してみたら……絶対最高やんか。
てなわけでタバコのSS書きました。
続きからどうぞ〜。
 キンブリー少佐がタバコを吸っていた。どこか遠くを見ているようなまなざしを窓の外に向けて。
 人差し指と中指の間に挟まれたタバコの先から、ゆらりと白が上っている。彼がほとんど息の音を立てずに口内の白を吐き出すと、それはコーヒーに落としたミルクのマーブル模様のような複雑な線を描き、わずかに漂ったあと、消えていく。
 その幻を見ることなく愛でるように、彼は小さく息をしていた。なにかを引き止めたいのか、少しだけ開いている薄い唇。淡いラベンダー色の瞳が、淋しげに揺れてしまいそうな、彼に似つかわしくない不安定さを湛えていた。
 喫煙なんてレストランやバス停でよく目にする光景だ。なんでもないことだ。それなのに、煙にまとわれた恋人の、憂いや気だるさを滲ませたほの暗い影をその横顔に見てしまって、どうしても視線を逸らすことができない。私は確かに心配していながらも、どこか夢見心地で彼を見ていた。
 不意に、少佐の視線が移動する。私の姿を認めた後、彼はそれまでの影のある空気を取り払って、普段の人の良い、完璧な笑みを浮かべた。
 私も微笑みを返し、彼のそばに歩み寄る。副流煙の臭いが少し気になった。
「意外です。少佐、おタバコ吸われるんですね」
 てっきり、服に臭いがつくからとか、そんな理由で嫌煙しそうだと思っていた。
「煙草の風味を味わいながら煙の中にいると、案外落ち着くんですよ」
 彼はそう言って、手元から上る白を見る。
 爆破の好きな彼のことだ、錬金術で起こした爆煙の臭いを思い出したりするのかもしれない。
「お言葉ですが……嗜む程度になさってくださいね」
「おや、心配してくださっているのですか」
「え、ええ」
 もちろん、タールやニコチンによる身体への影響は気になる。それからもうひとつ、あんなかげりを帯びた表情をしていたことも。
 そこまで言葉にしようか迷っていると、目の前にタバコが差し出された。それは箱から出したものではなく、彼がまさしく今吸っているものだ。
「一本いかがです?」
「え!? でも、それは少佐が今……」
「あいにく切らしてまして。これが最後なんですよ」
「あ……いや、その、遠慮します。吸ったこともないですし……」
 いくら恋人同士といえど、職場で間接キスなどできやしない。もっとも、幸いなことに誰も通りかかりはしなさそうだけれど。
 照れくささから少し顔を背けた私を見て、彼はくすくすと笑う。冗談ですよ、と。
「それが良いでしょう。初めてなら、ほぼ間違いなく咳き込みます。風味も、ただ不味いの一言で終わることでしょう」
 それに、と続けながら、私の髪束を一房手に取る。
「貴女の良い匂いがかき消されてしまうのは、あまり喜ばしいことではありませんからね」
 そう言って、毛先にキスを落とす。少佐、と窘める声を上げようとしても、実際に喉は震えない。心のどこかでは、嬉しく思っているからだ。誰かが見ていようと、この甘い余韻に浸っていたいと、思っているからだ。
 少佐はまたタバコを吸った。手の甲、指の先、くゆる煙。その白とともに、手で隠れていた薄い唇が顔を出す。
 かげりの代わりに、ひとりのときには現れないであろう微笑みが浮かんでいる。それを果たして、喜んでしまって良いのか分からない。
 微笑みなどなくても良い。憂いの影がそこに存在していても、あなたのそばで煙に包まれたい。一緒にその陰鬱な煙を吸いたい。そうして、煙を共有するその間だけでも、あなたの心が安らぐならそれで良い。
 そんなことを思いながら、彼の横顔を見ている。
「さて、そろそろ仕事の時間です。戻りましょうか、少尉」
 テーブルに備え付けられた灰皿で、先っぽをぐしゃりと潰して、こする。煙は消えた。
「はい、少佐」
 午前と変わらず私たちを待っている、執務室の書類の山を思い浮かべた。


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