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▼2020/03/02:無題

ちょっと暗いというか、身内に不幸があって、思い出を呟きました。
以下追記に続きます。
今日、祖父のお葬式がありました。
二週間も危篤状態が続いていたので、じいちゃん、しんどかっただろうに、本当によく頑張ったなあと思います。

手先が器用で、塗り絵が得意で、釣りがなによりも大好きだったじいちゃん。
無口なほうだったけど、冗談が面白くて、毎年お正月に囲む食卓がいつも楽しかった。
将棋のさしかたを教えてくれたり、盆栽の魅力を教えてくれたり、小学生のときはじいちゃんの船に乗せてくれたりして……。案の定、船酔いしたけど、楽しかった。

余命宣告から3ヶ月目の夏、私と父が帰省したら、宣告を受けているようには思えないほど元気そうで安心した。祖父、祖母、父、私というメンバーではじめて喫茶店に行って、祖父母はココアを飲んだ。ふたりは「喫茶店なんてはじめて来た」と言っていた。「今まで外でゆっくりコーヒーなんか飲んだことない」、そう言っていたから、みんなでここに来て正解だったんだなと思った。

今年のお正月も、無事に祖父母の家で迎えれられて、ホッとした。去年のお正月の後、じいちゃんがインフルエンザに罹って危篤状態になってから、一年が経っていた。人工呼吸器を着けてベッドに横たわる姿を思い出したから、またお正月を健康で迎えられて、本当に良かったと思った。
帰り際、いつもならスマホで祖父母の笑顔の写真を撮るのに、私は迷って撮らなかった。写真を撮るという行為で、「これが最後」という特別感をじいちゃんに思わせたくなかったから。いつも通り、普段通り接した。また来るね、元気でね、と平静を装って別れを告げた。
車に乗り込み、エンジンの音がして、バックのガラスを見たとき、そこにいて手を振ってくれていたのは、祖母だけだった。私が幼いころから、ふたりで並んでお見送りしてくれていたのに、じいちゃんは足が悪くてもうお見送りなんてできなくなっていた。手を振るばあちゃんの隣にできた空白がなんとも寂しくて、じいちゃんの人影を無意識に頭の中で描いている自分がいて、車の中で少し泣いた。
それが、最後だった。

じいちゃん。
今まで本当に、ありがとう。86年間、お疲れ様でした。
どうか安らかにお眠りください。


……そういう思いで参列しました。
身内が亡くなるのははじめてだったので、つい長々とこうして呟いてしまいました。
亡くなったといっても、じいちゃんはこれからも私の胸に生き続けるから、少しでも早く良い報告ができるように、自分らしく頑張りたいと思います。

……じいちゃんが眠っているように安らかな顔でいてくれて、本当に救われました。


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