夜道のくちづけ
大将には顔も名前も覚えられるような関係になったいつもの店は、いつになく大盛況でカウンターしか空いておらず、なまえに確認するとどこでも大丈夫ですよと笑った。
壁際になまえを座らせ、隣に自分が座る時に少し椅子をなまえの方へと近付けた。
肩と腕が触れ合う距離に胸が高鳴った。お店の匂いじゃないなまえの匂いに頭がくらりとした。
「なまえお酒飲める?」
「嗜む程度ですが…」
「おー、じゃあオススメのがあンだよなー。」
「檜佐木副隊長のオススメのお酒とお料理でお願いします。」
「任せとけ。まじうめーから。」
運ばれてくるお酒と料理に目を輝かせるなまえを見て、笑みが浮かぶ。
「なまえ、お疲れ。」
「お疲れ様です。」
チンとグラス同時に控えめにぶつかる音が鳴る。
こくりと1口飲んで、こっちを見たなまえは目をまん丸にさせて少し早口で言った。
「ものすごーく美味しいです。」
「だろ?これも食べてみ。」
「はいっ」
どれくらい時間が過ぎたのか。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。なまえを見れば、まあ赤い顔をしている。かく言う俺もほろ酔い気分だ。
店を後にし、ゆっくり歩いていた。お互い何も口にすることなく無言だった。その沈黙は悪いものではなかった。むしろ、心地いいとさえ感じた。
たまたま、手と手がぶつかる。なまえが小さく声を出した。聞こえないフリをして、その手を握り締める。俺なんかよりも小さくて折れそうな可愛い手だった。
「ひ、さぎ副隊長、」
「ん?」
「い、いえ、なにもありません。」
目を合わせず、やや俯いて困ってるなまえにもう1つお願いをした。
「しゅーへー」
「え?」
「呼んで。」
「え、いやっ、それはそんな、副隊長様にそんなことっ」
「真面目か。俺たち恋人同士なんだよな?」
なまえの真面目すぎる答えに噴き出しそうになりながらも念を押すように顔を覗き込む。俺にお酒があれば怖いものなしだ。
「しゅ、しゅーへー…さん、」
「さんはなし。」
「えっ、…しゅーへー、」
「よく出来ました。」
ちゅっ、と小さい音を立てて頬に口付けると赤かった顔が更に赤くなった。俺を見つめる目が潤んで堪らなく愛おしく感じた。
「修兵、くちびるがいー」
身長差のせいで上目遣いになって、更には酔っ払って若干、回らない口でそんなお願いをされて昂らない男は男ではないと思った。
奪うように噛み付いた。なまえの全部を奪うような。
「んっ…は、ぁ、しゅぅ…」
こんな夜道でこんな激しいくちづけをして明日誰かに弄られるんじゃねーかなと頭の隅で考えた。