朝食を食べ終え、着替えていると治から電話が掛かってきた。

『もしもし鏡子?助けて』

苦しそうな声だ。

『どうしたの?』

『死にそう』

死にたがり屋で自殺嗜癖マニアの治が死にそうと云っている。

『良かったね。やっと死ねるじゃない』

私はそのまま通話終了のボタンを押し、与謝野先生から貰った白衣を羽織り、乱歩さんから貰った熊の縫い包みを持ち、最中を連れて社員寮を出た。







『もしもし?うん…今寮を出た所。人質?……判った。じゃあ手筈通りに_____よろしく』





「太宰の小僧を迎えに行くのか?」

「うん、そう云う"事"に"なってる"からね」

最中の背中をゆるりと撫でると擽ったいと身動いた。

「あ、おーい治」

「鏡子!!何だかんだ云って来てくれたんだね!!」

嬉しいとお得意の笑顔で治は云った。来る事くらい知ってた癖に。

「お早う御座います鏡子さん」

「おはよう敦くん。どう?良く眠れた?」

「お陰様で」

ぱあっと表情を明るくした敦くんはこれから起こることなんて想像もしていないんだろうな。

「ところで今日は何処へ?」

「うん。君に仕事を斡旋しようと思ってね」

歩きながら話す。
最中をもふもふと触ることに集中していると、治の声が響いた。

「任せ給えよ、我が名は太宰。社の信頼と民草の崇敬を一身に浴する男!」

「こんな所におったか太宰!この、包帯無駄遣い装置が!」

国木田くんの声が聞こえ、声の方に目を向けると眉間に皺を寄せている国木田くんがいた。
治は包帯無駄遣い装置と云う呼称に傷付いた様で額に手を当てていた。

「と云うか、治が浴びてるのは、文句と呪いと苦情の電話でしょ」

「うぅぅぅ…非道いじゃないか二人共…」

「五月蝿い餓鬼共だな」

最中が小声で呟いた。

「そうだった!探偵社に来い!人手が要る!」

「人手?」

「何で?」

「爆弾魔が人質連れて探偵社に立て篭った!」












デスクの上に座って爆弾の起爆切替器スイッチを持ちガタガタと震える青年は目線で私に合図を送った。

「嫌だァ……もう嫌だァ………ぜんぶお前等の所為せいだ……『武装探偵社』が悪いンだ!」

ギリッと歯軋りをしてそう云う青年はガっと人質であるバイトのナオミちゃんの肩を掴んで引き寄せた

「社長は何処だ、早く出せ!でないと____爆弾で皆吹っ飛んで死ンじゃうよ!」

「あちゃー」

治が小声で呟いた。国木田くんは手帳を開き云った。

「怨恨だ。犯人は探偵社に恨みがあって社長に会わせないと爆破するぞ、と」

「ウチは色んな処から恨み買うからねぇ」

「珍しくは無いよね…まぁナオミちゃんを人質にしてるのは許せないなぁ」

治はナオミちゃんの隣にある爆弾をちらりと見た。

「うん……あれ高性能爆薬ハイエクスプロオシプだ。この部屋くらいは吹き飛んじゃうね。
爆弾に何か被せて爆風を抑えるって手もあるけど……この状況じゃなぁ」

「どうする?」

国木田くんの問いに閃いたと云う表情で治が云った。

「会わせてあげたら?社長に」

「殺そうとするに決まってるだろ!それに社長は出張中だ」

キッと視線で人一人殺せそうな目で治を見る。

「………人質をどうにかしないと」

私と国木田くんと治は両拳じゃんけんでナオミちゃんを助ける人を決めた。結果は私と国木田くんがグーで治がパー。私達の負けだ。
国木田くんは舌打ちをして犯人の元へ行った。私は最中を治に預けて追いかけた。

「おい、落ち着け少年」

「来るなァ!吹き飛ばすよ!」

サッと私と国木田くんが両手を挙げる。

「知ってるぞアンタは国木田だ!それからソッチのは夏目!アンタ等もあの嫌味な『能力』とやらを使うンだろ!?妙な素振りをしたら皆道連れだ!それから夏目!アンタも人質だ!!コッチに来い!!」

青年は私を睨みつけた。私は青年の座る机の側にぺたりと座った。


数秒後、敦くんが出てきた。

「や、やややややめなさーい!親御さんが泣いてるよ!」

「な、何だアンタっ」

怒鳴る青年にビクッと震える敦くん

「ぼぼ、僕は、さ騒ぎをき聞きつけた一般市民ですっ!いい生きてればいことあるよ!」

「誰だか知らないが無責任に云うな!みんな死ねば良いンだ!」

その言葉にくわっと敦くんが云い返す

「ぼ、僕なんか孤児で家族も友達と居なくてこの前その院さえ追い出されて行くあても伝手も無いんだ!」

「え……いや、それは」

「害獣に変身しちゃうらしくて軍警にバレたらたぶん縛り首だしとりたてて特技も長所も無いし誰が見ても社会のゴミだけどヤケにならずに生きてるんだ!だ、だだだから、ね、だから爆弾捨てて一緒に仕事探そう」

「え、いやボクは別にそういうのでは」

青年は顔を真っ青にさせた。その瞬間国木田くんが懐から手帳を取り出した。

「手帳のページ消費つかうからムダ撃ちはいやなんだがな……!『独歩吟客どっぽぎんかく』手帳の頁を鉄線銃ワイヤーガンに変える」

異能で鉄線銃を生成して、切替器を撃ち落とした。

「なっ……」

「確保っ!」

国木田くんが青年を確保している内に、私は隠し持っていた短刀ナイフで縄を切り、ナオミちゃんの縄を解いた。勿論治から最中を返してもらう。

「ありがとう」

「それほどでも」

気付かれないように敦くんの後に周り、安堵した表情の敦くんの背中を押す。転んだ敦くんは切替器の釦を押した。

「あ」

敦くんの次に治と国木田くんが声を漏らした。

「「あ」」

高性能爆薬が動き出した。

「ああああああああああっ!??爆弾!爆弾!あと5秒!?」

バッと探偵社員を振り返った敦くんは自ら爆弾に覆いかぶさった。

「なっ、莫迦ばか!」













爆弾は爆発しなかった。私と治、国木田くんそして爆弾魔の青年____潤くんは敦くんを覗き込んだ。

「やれやれ……莫迦とは思っていたがこれほどとは、自殺愛好家マニアの才能があるね彼は」

からからと治が笑う。

「へ?………え?」

人質にされていた少女___ナオミちゃんは潤くんに勢い良く抱きついた

「ああーん兄様ぁ!大丈夫でしたかぁぁ!?」

「痛だっ!?」

ゴキと潤くんの骨が音を立てた。

「いい痛い。痛いよナオミ。折れる折れるって云うか折れたァ!」

「…………へ?」

ポカンとする敦くん。

「小僧。恨むなら太宰を恨め。若しくは仕事斡旋人の選定を間違えた己を恨め」

「そう云うことだよ敦君。つまりこれは一種の__入社試験だね」

「入社…………試験?」

「その通りだ」

武装探偵社社長 福沢諭吉___能力名『人上人不造ひとのうえにひとをつくらず

社内に心地の良い低音声が響いた。

「社長」

「お早う御座います、社長」

私と国木田くんは社長の元に駆け寄り頭を下げた。

「しゃ社長!?」

「そこの太宰めが「有能なる若者が居る」と云うゆえその魂の真贋試させて貰った」

「君を社員に推薦したのだけど、如何せん君は区の災害指定猛獣だ保護すべきか社内で揉めてね。で、社長の一声でこうなった、と」

「で社長……結果は?」

社長は敦くんを見ると目を伏せ云う。

「太宰に一任する」

最中が私のてから飛び降りて社長の後を付いて行った。

「…………………」

「合格だってさ」

はっとしたように敦くんは振り返る

「つ、つまり……?僕に斡旋する仕事っていうのは此処の……?」

治はクスリと笑って云う。

「武装探偵社へようこそ」

潤くんに抱きついたままナオミちゃんが云う。

「うふ、よろしくお願いしますわ」

「い、痛い。そこ痛いってばナオミごめん。ごめんって!」

谷崎潤一郎___能力名『細雪ささめゆき
その妹____ナオミ

敦くんが腰を抜かしたようにどさりと倒れる

「ぼ、僕を試すためだけに……こんな大掛かりな仕掛けを?」

「この位で驚いてちゃ身がたないよ?」

「いやいや!こんな無茶で物騒な職場、僕、無理ですよ!」

「おや、君が無理と云うなら強制はできないね。となると君が住んでる社員寮引き払わないと。あと寮の食費と電話の払いもあるけど……大丈夫?」

笑い乍云う治に敦くんは涙を流した