セイくん@明治リセイ3
学校の帰り道、友人とも別れて1人になる通りを歩いていた。
俺の家は少しだけ街から離れた場所に建っている。それは、絵を描くのに集中したいという父の要望らしく、土地選びから家の構造まで口を出して建築家を泣かせたと仄聞したことがある。可哀想に……まあいい家だけれど。
そんなわけで、俺の家へは巷からひとつ道を通らねばたどり着くことが出来ないようになっているのだ。その舗装もそこそこな一本道以外に降りる道はなく、この道ですれ違うひとがいればそれは俺の家に――基、先生に――用事があるということになる。
それ故に、いつもこの道は1人で。たしかに絵を描くのにぴったりだと頷かざるを得ない静かな空間で、しばし物思いに耽ることもあった。
そして、今日も。
僕の一人議会へようこそ。今回は、リセイという人間について、少しだけまとめてみよう。
ドジ、ハンサム、女たらし(推測)、外面厚化粧(推測)、絵が俺の数千倍上手い、人に好かれやすい、お酒が強い。
「……ふむ、やっぱり推測の域を出ないな」
「何がです?坊ちゃん」
「ひっ!」
おやおや、人をおばけみたいに。と俺の声に驚いたのか眉を上げてこちらへ首を傾げていたリセイに俺の心臓は自分だけ逃げようと体内で暴れ回っていた。
「い、いつからいたんですか?いたなら言ってくださいよ……」
「今しがたですけれど……坊ちゃんこそどうかしたんですか?こんなところで立ち止まってぼうっとして。考え事でしたらお家に帰ってからのほうがよろしいのでは?それとも、お家に帰ってからでは間に合わない早急なものだったのですか?」
「え、いや、うん……大丈夫です。帰ります」
そうですか、と安心したと言わんばかりに笑顔を深めたリセイはそう言って歩き出した俺の隣にぴったりと歩幅を合わせて並んだ。
俺が足を早めれば何食わぬ顔で早めるし、急に止まってみせると「何か見つけましたか?」なんて陽気な声で隣に並んで覗き込んでくる。
俺の観察が正しければ、人並み以上に聡い彼のことだ、この行動が何を意味するのかなんてとうに酌んでいるだろうに。
俺はむっとして、何でもないです、とまた歩き始めた。今度は止まらずに玄関に手を伸ばす。無意識に早歩きになっていたのか、玄関で動きを止めた俺にリセイは「もう競歩はおしまいですか?」なんてさらりと言ってのけた。くそう。何がどうという訳ではないが、くそう。
「おかえり!お使いありが……あれ?今日は二人で帰ってきたのかい?いいね、仲良しだねえ」
「ええ、もうすっかり竹馬の友です」
「出会ったのつい最近じゃなかったでしたっけリセイさん。2ヶ月でそんな歴史的な友達になった覚えはないですよリセイさん」
「ではハイカラな友達ということでいかがでしょうか」
「もう……好きにして……」
良かったねリセイくん、と一連の流れをまもっていた父がリセイの肩を叩いて笑顔で言う。はい、先生。それを反映させたようにリセイも笑うものだから、いたたまれない。誰がって、俺が。さらに言えば、目尻をくちゃくちゃに下げた父のこの笑い方が、俺はとても好きで。父に免じて今回は折れてやろうとそっぽをむいた。
かくして、俺とリセイはなしくずし的に友達になった(なってしまった)のだった。
それからのリセイは、誰がどう見ても――被害者である俺本人から見ても、浮かれている。
二六時中へらへら(ニコニコではなく、へらへら)しているし、心做しか最近描いている女性達の表情もひどく穏やかに見えた。俺は絵に明るくないけれど、父の絵を見てきたからか、その表情や毛先の描き方から心情を汲み取ることには長けている。惜しむらくは、それが技術に反映されなかったということだ。
今まで、人に隙を見せないという気高さと、ピンと張り詰めた髪や着方が印象的だったリセイの、新しい美人画は、うねる髪を梳く伏し目がちの女性で。その口元にはほんのりと開かれていてそこから吐息でも流れてきそうだと思った。
今まで描いていたものとの懸隔に、いささかの戸惑いを見せたのは、俺だけではなく、父もである。
けれどそれは悪い方向にということではない。雰囲気が柔らかくなったね、表情もとても人らしくて生き生きしているよ。それが父のリセイに対する評価だった。
俺はその評価を襖の奥で頷いていた。たしかに、俺もあの絵の方が好きだ。
なんだか――なんだかリセイという男が垣間見えた気がして嬉しかったから。
「は?ない!ありえないから!!!」
「セイ?!何がないの?!晩ご飯抜きなの?!」
「それは穏やかではありませんね」
自分の導き出して脱線して暴走しだした思考を振り切るように襖を開ける。なんだなんだと詰めよろうと腰を上げだした二人に来なくていいよ!と声を荒らげた。え?本当にご飯抜きなの?!私何かしたかな?!と大袈裟に肩を落とす父にいや……と言葉をすぼめる。
そう、そうだ。今はそんな評価がどうのとかリセイがどんなだとか父がけっこうしっかりしたアドバイスをするんだなとかそんなことはどうだってよくて、今、俺は。
「ちゃんと用意したから晩ご飯食べに茶の間集合!」
今しがた開けたばかりの襖を両手で乱暴に閉める。スパーンと子気味いい音がして、ほんの少しだけ跳ね返って開いた襖から「わざわざありがとうございます坊ちゃん」「というか何であんなに不機嫌だったんだろう?」「さあ?どうしてでしょう……」という会話が聞こえたけれど、無視だ。
言えるわけがないだろう。ばくばくとまた≠サの場から我先にと逃げようとする往生際の悪い心臓を抑えながら、もう片方の手で必死に赤らんだ頬を冷やす。
そう、言えるわけがないのだ。リセイと友達になったことに1番浮かれているのは、俺かもしれないだなんて。
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