特にすることもなく酒呑童子の部屋で過ごしていると、誰かがドアを叩く音が聞こえた。
「酒呑童子様。失礼します」
呼びかけとともに室内に足を踏み入れた男は、名前を見て怪訝そうな顔をして言った。
「人間……? 酒呑童子様が攫ってきたのか? そのような趣味があるようには思えなかったが……」
「洞潔……」
思わず名前を呼んでしまい、はっと名前は口を噤む。
洞潔は少し目を瞠って言った。
「私のことを聞いているのか?」
「あ、えっと……」
説明に困って、それが表情にも出てしまう。
洞潔に話していいものなのか少し悩んだ後、名前は口を開いた。
「あの……」
酒呑童子に話した内容と同じことを洞潔に説明すると、俄には信じ難いという表情を浮かべられて名前は苦笑した。
(まあ、そうだよね……)
「ふむ……未来のことを酒呑童子様にはお話したのか?」
「えっと、閻魔武闘会のことを聞かれただけで……」
「では、私も詳しくは聞くまい。……ところで、酒呑童子様はどこへ」
「飲みに行くって言ってました」
「そうか。……何か不自由はしていないか?」
洞潔の言葉に名前はおずおずと言った。
「あの……お風呂とかって」
「宮殿内か、近くに大衆浴場もあるが……宮殿内にあまり使われていない浴場がある。私が連れていこう」


***


洞潔に案内された浴場には本当に誰もいなかった。
洗い場で身体を洗って、こんこんと温泉が湧き出る広い湯船に浸かってふう、と息を吐いた。
身体が温まってホッとする。
あまり長湯はせずにお風呂を済ませて浴場の外に出ると、洞潔が外で待ってくれていた。
「あ……ありがとう、洞潔」
「大したことではない。部屋まで送ろう」
酒呑童子の部屋に戻ると、酒呑童子はまだ帰ってきていなかった。
洞潔が言った。
「酒呑童子様が戻られるのは明け方になるだろう。私も日を改めよう」
「あ……」
思わず不安げな表情で洞潔を見ると、洞潔は少し考え込んで言った。
「酒呑童子様の部屋には結界が張られている。安全面では問題ない。何か他に困り事でもあるのか?」
「…………」
今この世界で頼れるのは酒呑童子と洞潔しかいない。
酒呑童子は朝になれば帰ってくるだろうし、洞潔の言う通りここにいれば安全なのだろう。
「……えっと、大丈夫です」
「お前は……嘘が下手だな。私には言いたくないことならば無理には聞かぬが」
「あ、あの、一人になるのが心細くて……」
名前が小声で思っていたことを言うと、洞潔は頷いて言った。
「少しの間でよければ、私が話し相手になろう。それでいいか?」
「あ、ありがとうございます」
「別に、畏まらなくてもいい。聞けば、未来では私も親しいのであろう」
「……うん。ありがとう、洞潔」
名前が少し笑顔を見せる。
二人で椅子に腰掛けて、今の妖魔界の情勢のことなどを聞いていると、名前の目蓋がだんだんと重たくなってくる。
そのまま椅子にもたれかかって寝息を立て始めた名前を確認して、洞潔はそっと名前を抱き上げて寝室のベッドまで運んでいった。