最近よく眠れない日が続いている。
「はぁ……」
意味もなくベッドの上で寝返りを打つ。ふと目に入ったのは、テーブルの上に置いてある妖怪ウォッチと一枚のメダル。
(女郎蜘蛛……)
ひょんなことでともだちになった女郎蜘蛛は、いつも名前の悩みや相談を聞いてくれる。
「……でも、こんな夜中に呼び出すわけにもいかないし……」
はぁ、とまた溜め息を吐いたときだった。
「ーーあら、また悩み事かしら?」
「!?」
ガバリとベッドから飛び起きる。名前のすぐ隣に、女郎蜘蛛がいた。
「な、なんで……」
思わず妖怪ウォッチを見るが、妖怪ウォッチは机に置いたままだ。
「なんだか、呼ばれた気がしたのよね〜。でも、その顔見ると、来てみて正解かしら」
悪戯っぽく女郎蜘蛛が微笑む。
「う……」
「なになに、お姉さんにお話ししてごらんなさい」
「そんな、大したことじゃなくて……」
「うん」
「夜、眠れないだけなの……」
「あら。ストレス溜まってるんじゃないの? 愚痴ならいくらでも付き合うわよ」
「そう、なのかなぁ……わかんない、けど……」
「うーん、眠ろうって思うとかえって眠れなくなっちゃうのかもしれないわね。よし、決めた。今夜は私が添い寝してあげる」
「えっ? ええっ」
「嫌かしら」
「嫌、っていうか……」
女郎蜘蛛は名前にとってもお姉さんのような相手なのだが、れっきとした男性だ。
「名前が嫌なら、やめておくわ」
「い、嫌じゃない! けど、ちょっと、緊張するっていうか……」
「そうなの? もう、可愛いんだから」
そう言って、女郎蜘蛛は布団の中に入ってきてしまった。
「ひゃ……」
「あ、土蜘蛛ちゃんとか、特に大ガマなんかは絶対にこういうことさせちゃダメだからね」
「しない、しない! っていうか、話したこともあんまりないし……」
土蜘蛛と大ガマもいえば、元祖と本家の大将だ。顔を合わせることも少ないし、ましてこんな夜中にここに来ることなどありえない。それをいえば、女郎蜘蛛もそうなのだが……。
「そう? ね、手繋ぎましょうか」
「う、うん……」
そっと手を握ると、少しひやりとした感触。
「名前の手はあったかいわね〜」
「女郎蜘蛛の手は、ちょっと冷たいね」
「そうね。でも、こうして手を繋いでいれば私の体温とあなたの体温、同じくらいになるんじゃないかしら」
「そう、かな。そうかも……」
そう言われると、さっきまでの体温の差をあまり感じなくなってきている気がした。
「ほら、目を閉じて。そうねぇ、何かお話でもしましょうか。あ、名前は返事しなくていいし、眠くなったらいつでも寝ていいからね」
「うん……」
「名前は、今私と手を繋いでいるわね。それって、奇跡みたいなものなのよ」
(うん)
名前は心の中で相槌を打つ。
「だって、私が人間とともだちになる日がくるなんて、思ったことなかったし……。私も昔はやんちゃだったから、結構人間に迷惑を掛けたこともあったし……」
「でも、名前とともだちになれて、名前のことは大事にしようってそう思ってるの。だから、何かあったらいつでも私のこと呼び出してもいいのよ?」
「私は妖怪だから、夜呼び出されても全然気にならないし。もちろん、都合が悪いときは行けないときもあるけど、まあ、そのときは土蜘蛛でも代わりに……いや、やっぱりダメ。こんな風に眠れないときは、今度から私を呼び出しなさい。そうだ、今度くるときは、何かよく眠れる飲み物でも持ってこようかしらね」
女郎蜘蛛の言葉が、私を気遣う優しい気持ちが伝わってきて、じわじわと心が温かくなる。と、同時に目から熱い何かが溢れてくる。「名前?……」
ぎゅっと優しく抱きしめられて、背中をぽんぽんと撫でられる。女郎蜘蛛は何も言わなかった。しばらくして、呼吸が落ち着いてくると、だんだんと意識がぼやけてくる。
「おやすみ、名前」
眠りに落ちる瞬間に、女郎蜘蛛の声が聞こえた気がした。


すうすうと寝息を立てる名前を見て、女郎蜘蛛は微笑んだ。
「可愛い寝顔」
「ん……」
ごろりと寝返りを打つと、それに合わせて布団がめくれる。
「あらあら、お腹冷やしちゃうわよ、っと」
ちらりと素肌がのぞく夜着の裾を直して、布団をかけ直す。ふぅ、と女郎蜘蛛は溜め息を吐いた。額と額が合わさる距離にまで顔を近づけても、名前は目を覚まさない。深い眠りについているのだろう。
「絶対にこんな姿、土蜘蛛ちゃんたちには見せられないわ」
名前はああ言っていたが、名前が土蜘蛛たちとあまり顔を合わせたことがないのは、女郎蜘蛛が会わせないようにしているというのもある。
「私って、結構嫉妬深いのよね〜」
はぁ、と溜め息を吐く。名前を好きになったのはいつからだろう。もう、出会った頃から好きだったのかもしれない。
「もうちょっと、この関係でいさせてね」
ちゅっと頬に軽く口付ける。
「……私のほうが我慢できないのよね〜」
困ったわ、と女郎蜘蛛は苦笑いした。


end