目が覚めると、和室の布団の上で眠っていた。
「おお、目が覚めたか」
年配の女性の声が聞こえる。
「まあ、ただの風邪じゃと思うが、疲れも溜まっておったのじゃろう。もう日も暮れとる。今夜はここに泊まるといい」
ニコニコと優しい声で話しかけられる。
記憶を辿るに、どうもこの家にたどり着いたところで倒れてしまったらしい。
「す、すみません……ありがとうございました」
「なに、この子も反省しておるでの」
女性の視線の先を見ると、名前の隣で眠る不動明王が姿があった。
「大方、無理矢理連れてこられたんじゃろう。この子はまだ、人の子のことがよくわかっとらんのじゃ」
「……?」
寝起きの頭に、言葉がうまく入ってこない。
「ああ、喋りすぎたかのう。とにかく、今は休むことじゃ」
そう言って、女性は静かに部屋を出て行った。
まだ頭が少しふらふらとする。
体を布団に預けると、すぐにまた睡魔が襲ってきた。
ふいに、ぎゅっと手を握られる。
「……不動くん……?」
「名前……ごめんな」
不動明王を見ると、いつもは自信に満ちている瞳がゆらゆらと揺れている。
「……ううん、ありがとう」
小さな体を抱き寄せると、ぎゅうっと背中に腕をまわして抱きしめ返してくる。
「早くよくなれよ……」
「うん……」
(あ……風邪……うつっちゃう……)
そう思うのに、そのまま意識が遠のいていく。
名前が眠ってしまった後、不動明王は名前の寝顔をじーっと見つめていた。
(名前が寝てる顔、初めて見た)
いつも自分が寝る側なので当たり前なのだが、不思議な感じがした。
(この顔、好きだ)
ずっと眺めていたくなる。
同時にひどく眠たくなってきた。
「ふわぁ……」
あくびを一つして、名前をまた抱きしめる。
温かくて、柔らかくて、なんだか安心する。
いつしか寝室には、二人の規則正しい寝息だけが響いていた。


次の日。
一晩眠った名前はだいぶ体調が良くなっていた。
「本当に、ご迷惑をお掛けしました……」
「いいんじゃ、いいんじゃ。元気になってよかったわい」
名前がお礼を言うと、光江は気にするなと笑った。
「今度はうちの事務所にも寄っていってください! そのほうがボーイもおとなしいし」
アハハ、とアキノリが笑う。
「ボーイ……不動くん? わっ」
不動明王が飛びつくように名前に抱きつく。
「名前、かぜ、良くなったのか?」
「うん。でも、もうちょっと休んだら完全に良くなるかな」
「ふーん。……じゃあ、俺様、もう少し名前と一緒にいる! ぎゅーってして寝るの気持ちよかったし!」
「えーっと……」
言葉にされると、なんだか恥ずかしい。
光江とアキノリを見ると、なんともいえない生温かい表情をしていた。
「まあ、言い出したら聞かないんで……。いざとなったら引き取りに行かせますよ」
「それに、その子なら人間の風邪は移らんじゃろうしな」
ーー人間の風邪?
名前が頭に疑問符を浮かべると、その答えが返ってきた。
「その子ーー不動明王ボーイは、妖怪じゃよ」