家に戻ると、玄関の前に小さな影を見つけて名前は目を瞬いた。
「あっ、名前!」
名前を見つけて、不動明王ボーイがすぐに駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「今日ホワイトデーってトウマに聞いた!」
不動明王ボーイが得意げな顔で言った。
「これ、俺様が作ったんだぜ!」
差し出されたのは、可愛らしくラッピングされた透明の袋の中にめいっぱい詰め込まれたクッキー。
「不動くんが作ったのっ?」
驚いて目を丸くする名前に、不動明王ボーイが言った。
「えっと、かたぬき? ってやつをやった!」
おそらく、光江やアキノリと一緒に作ったのだろう。
その様子が思い浮かんで名前はくすりと笑った。
「ありがとう。じゃあ、一緒に食べようか」


貰ったクッキーを皿に盛り付けてテーブルに置く。
名前が手を伸ばしてクッキーを一枚取り、口へと運ぶ瞬間を不動明王ボーイは少し緊張した顔で見つめていた。
「うん、美味しいよ」
名前が言うと、不動明王ボーイはホッとしたように笑って言った。
「そうだろ? 俺様も味見したからな!」
「そうなんだ」
「美味すぎて全部食べそうになるの我慢したんだぜ」
そう言いながらクッキーに手を伸ばす不動明王ボーイに、名前はクスクスと笑う。
「あ、不動くん」
「ん?」
「クッキー、ついてるよ」
不動明王ボーイの口元についたクッキーを指で取る。
と、クッキーごと指先をぺろりと舐め取られる。
「ひゃっ……」
「ん、サンキュー」
にっと笑って、不動明王ボーイは何事もなかったようにまたクッキーを食べ始める。
(びっくりした……)
思わずドキドキと鳴る心臓を落ち着かせるように名前はぎゅっと指を胸の前で握りしめる。
「名前、食べないのか?」
不動明王ボーイが、ずい、と名前の目の前にクッキーを差し出す。
唇に押し当てられたクッキーを口に入れると、さくさくとした食感とバターの風味が口の中に広がる。
「美味い?」
「うん、美味しい」
名前が言うと、不動明王ボーイはまた嬉しそうに笑った。


(こんなに美味かったっけ)
味見したときよりもどこか美味しく感じるクッキーの味に不動明王ボーイは心の中で首をかしげる。
「二人で食べると美味しいね」
ニコニコと笑って言う名前の言葉に、ああ、と不動明王ボーイはどこか腑に落ちた気がした。
(名前と一緒に食べるから美味いんだ)
不思議などこか温かい感情が胸の中に広がる。
この感情の名前を不動明王ボーイはまだ知らない。


end