眠い目を擦りながら、寝室のドアを開ける。
と、目の前に広がる空間に既視感。
名前の部屋ではない広々とした豪奢な寝室。部屋の中央には天蓋付きのベッドが置かれている。
「えっ……」
思わず振り返ると、バタンと扉が閉まる。
「ーー名前?」
天蓋を開いて現れたのはこの部屋の主ーーエンマ大王だった。
「えっと……」
また何か聞きたいことがあるのか、と名前が身構えると、エンマは違うよ、と笑った。
「名前の部屋と、俺の部屋、空間が繋がったままみたいだな」
「えっ? でも、朝は普通に……」
身支度に必要なものを取りに自室の扉を開けた際は、何も起こらなかった。
「条件があるんだろうな。俺がいるときだけ、繋がるのかも」
「そういうものなの……?」
「名前、寝にきたんだろう?」
エンマが天蓋の中から手招きをする。
「そうだけど……きゃっ」
手を軽く引っ張られて、ベッドへと引き込まれる。
「また一緒に寝ようぜ」
「えっ、でも……」
「昨日はよく眠れてたみたいだけど」
「うっ……」
クスクスと笑うエンマに、反論ができない。
このエンマ大王の寝ているベッドはさすがというか、なんというか、寝心地が抜群に良いのだ。
「俺の部屋と繋がってる日だけ、ここで寝ればいい。それならいいだろう?」
エンマの言葉に頷くと、決まりだな、とエンマが笑った。
「この部屋で一人で寝るの、結構寂しいんだぜ」
「……確かに、そうかも……」
半分寝言に近い言葉を返すと、エンマが隣で笑う気配がした。
コンコン、とノックの音が響く。
エンマが返事を返すと、ぬらりひょんが寝室へと足を踏み入れる。
「失礼します。エンマ大王様、今日は会議の予定が……」
「ああ、今行くって」
いつもと違う予定があったため、ぬらりひょんは念のためエンマの部屋を訪れたのだがーー。
「え、エンマ大王様……」
ぬらりひょんがベッドの天蓋のカーテンの隙間からのぞく人影に視線を送る。
「ん? ああ、まだ寝てるから、起こさないでやってくれよ」
「……承知しました。エンマ大王様、そういうことは、周知が必要かと……」
「ああ、じゃあ、頼む……」
ふわぁ、と欠伸をしながらエンマが言うと、御意、とやけに畏まった返事が返ってきた。
目が覚めて、身支度を整える。
エンマが言うには、帰りは案内を頼んであるとのことだった。
と、丁度いいタイミングで寝室のドアがノックされた。
返事をすると、猫きよと犬まろが扉から顔を出す。
「名前様、もうお帰りですか?」
「お送りいたします」
猫きよと犬まろはぬらりひょんの部下だが、ぬらりひょんと面識のある名前にも何かと気をかけてくれる。
名前が部屋の外に出ると、犬まろが先導するように歩き出し、猫きよは名前の後ろを歩いていく。
名前が廊下を歩いていると、使用人らしき妖怪が頭を下げる。
このエンマ離宮で働く妖怪は礼儀正しく、人間の名前にも優しい者が多いのだがーー。
(み、見送り……?)
出入口にずらりと並ぶ妖怪に見送られ、どこか妙な気持ちになりながら、名前はエンマ離宮を後にした。
寝室の扉を開けた先に広がるエンマ大王の寝室の光景にも慣れてきた今日この頃。
眠気にうとうとと閉じかけた目で、ベッドの天蓋のカーテンを開く。
「あれ……」
エンマがいない。
「あ、ちょっと温かい……」
さっきまでここにいたのだろうか。
なら、すぐに戻ってくるのかもしれない。
そう思い名前はベッドへと上がった。
しかし、いつまで経ってもエンマが部屋に戻ってくる気配はない。
ふと、前にエンマが言っていた言葉を思い出した。
ーーこの部屋で一人で寝るの、結構寂しいんだぜ
「寂しい、か……」
しんと静まり返った寝室に、ポツンと取り残されたような感覚。
このベッドはこんなに広かっただろうか。
いつもなら、エンマと他愛ない話をしているうちに、すぐに眠気がやってくるのに、名前の目はすっかり覚めてしまっていた。
手を横に伸ばしてシーツに触れると、先ほどまでかすかに残っていた温かさは消えて、ひやりとした温度が手に伝わってくる。
「エンマ……」
無意識にエンマの使っている枕に手が伸びる。
枕に顔を埋めると、エンマの香りが少し残っている気がした。
それをぎゅっと抱きしめると、どこか安心した気持ちになる。
ようやくとろとろとした眠気が訪れてーー。
枕を抱きしめたまま、名前は眠りの世界へと落ちていった。
エンマがベッドに入ってすぐ緊急回線が入った。
バスターズチームの手に負えないビッグボスが現れたとの情報が入り、急遽駆けつけたのだった。
ビッグボスを無事倒し、急ぎエンマ離宮へと戻ってきたのだがーー。
「名前、もう寝てるかな……」
そっと静かに扉を開き、なるべく足音を立てないようにベッドへと向かう。
規則正しい寝息が聞こえてきて、エンマの表情が和らぐ。
天蓋のカーテンを開く。
と、背を丸めるようにして眠る名前は、エンマの枕をぎゅっと抱きしめて眠っていた。
「ん……えん、ま……」
寝言で名前を呼びながら、さらに枕を抱きしめる姿に、エンマは頭を抱えたくなる気持ちになった。
(俺、この隣で寝なきゃいけねぇのか……)
ベッドに上がりながら、煩悩をふり払うように頭を振る。
ごろりと横になり、名前の寝顔を眺めながら、腕の中の枕へと視線が向く。
「……それ、俺じゃねぇんだけど……」
腕に抱かれた枕に嫉妬してしまう自分に溜め息を吐きながら、エンマは名前の手に自分の手を重ねる。
と、ふにゃりと笑う名前に、頬が熱くなるのを感じた。
とても眠れる気がしないが、エンマは無理やり寝てしまおうと目を閉じたのだった。
「おはよう」
目が覚めてすぐ、爽やかな笑顔のエンマ大王の顔が目の前にあった。
「お、おはよう……?」
「よく眠れたみたいだな」
にっこりと笑うエンマの視線の先に、名前が腕に抱いた枕が目に入って、あわあわと名前は慌てた。
「ご、ごめんっ、枕取っちゃって。エンマひょっとして……眠れなかった?」
「ああ、そうかも……」
ふわぁ、と欠伸をするエンマにますます申し訳なさが募る。
と、エンマがぷっと吹き出した。
「あっ、もう、またからかったでしょう」
名前が頬を膨らませると、エンマは悪い、悪い、と悪びれなく言った。
「でも……眠れなかったのは本当だぜ」
エンマが大人びた表情で微笑んで、ドキリとする。
「名前はさ……俺と一緒のベッドで寝るのってどういう意味だと思ってる?」
「どういう、って……」
「まあ、なんていうか……周りの奴らは、名前が俺の婚約者だと思ってるぜ」
「えっ!?」
思いもよらなかった単語が飛び出してきて、名前は驚いてベッドから落ちそうになる。
「っと……危ねぇ。そんなに驚くと思わなかったぜ」
エンマが名前の手を引きながら呟く。
「お、驚く、っていうか、な、なんで……?」
動揺して上手く言葉が紡げない名前に、エンマが笑いながら言った。
「思い当たる節、あるだろ?」
思い返してみれば、最近やけにエンマ離宮の妖怪の名前に対する扱いがいつも以上に丁寧だった気がする。
違和感の正体はコレだったのかとようやく合点がいった。
「そ、それじゃあ……」
エンマのためにも、誤解を解かなければいけないのではないか。
「私、違うって、ぬらりひょんに話して……きゃっ」
とさりと、ベッドに押し倒される。
「なんでそこで、俺の婚約者様は他の男の名前を出しちまうかな」
「え、エンマ……? だって、私、婚約者じゃ……」
「名前は俺の婚約者、嫌か?」
真剣な瞳で見つめられて、これは真面目に答えを返さないといけないのだと思った。
「……エンマは……妖魔界の王で……私は……」
ただの人間だ。
どんなにエンマの隣が居心地がよくても、ずっと側にいられるわけではない。
そう思って、大事な気持ちは心の奥底に隠してきたのだ。
「……エンマのこと……好きだよ。でも……」
その後の言葉が続かない。
それで充分だ、とエンマは名前を抱きしめる。
「名前が好きだ」
言葉がじわりと心に染み込む。
「だから、これからも、俺の隣にいてくれよ」
エンマが耳元で囁く声がくすぐったい。
「……うん」
名前が返事をすると、エンマは嬉しそうに微笑む。
天蓋のカーテンに映った二つの影が近づいていき、やがて重なるのを月明かりが照らしていた。
end
と、目の前に広がる空間に既視感。
名前の部屋ではない広々とした豪奢な寝室。部屋の中央には天蓋付きのベッドが置かれている。
「えっ……」
思わず振り返ると、バタンと扉が閉まる。
「ーー名前?」
天蓋を開いて現れたのはこの部屋の主ーーエンマ大王だった。
「えっと……」
また何か聞きたいことがあるのか、と名前が身構えると、エンマは違うよ、と笑った。
「名前の部屋と、俺の部屋、空間が繋がったままみたいだな」
「えっ? でも、朝は普通に……」
身支度に必要なものを取りに自室の扉を開けた際は、何も起こらなかった。
「条件があるんだろうな。俺がいるときだけ、繋がるのかも」
「そういうものなの……?」
「名前、寝にきたんだろう?」
エンマが天蓋の中から手招きをする。
「そうだけど……きゃっ」
手を軽く引っ張られて、ベッドへと引き込まれる。
「また一緒に寝ようぜ」
「えっ、でも……」
「昨日はよく眠れてたみたいだけど」
「うっ……」
クスクスと笑うエンマに、反論ができない。
このエンマ大王の寝ているベッドはさすがというか、なんというか、寝心地が抜群に良いのだ。
「俺の部屋と繋がってる日だけ、ここで寝ればいい。それならいいだろう?」
エンマの言葉に頷くと、決まりだな、とエンマが笑った。
「この部屋で一人で寝るの、結構寂しいんだぜ」
「……確かに、そうかも……」
半分寝言に近い言葉を返すと、エンマが隣で笑う気配がした。
コンコン、とノックの音が響く。
エンマが返事を返すと、ぬらりひょんが寝室へと足を踏み入れる。
「失礼します。エンマ大王様、今日は会議の予定が……」
「ああ、今行くって」
いつもと違う予定があったため、ぬらりひょんは念のためエンマの部屋を訪れたのだがーー。
「え、エンマ大王様……」
ぬらりひょんがベッドの天蓋のカーテンの隙間からのぞく人影に視線を送る。
「ん? ああ、まだ寝てるから、起こさないでやってくれよ」
「……承知しました。エンマ大王様、そういうことは、周知が必要かと……」
「ああ、じゃあ、頼む……」
ふわぁ、と欠伸をしながらエンマが言うと、御意、とやけに畏まった返事が返ってきた。
目が覚めて、身支度を整える。
エンマが言うには、帰りは案内を頼んであるとのことだった。
と、丁度いいタイミングで寝室のドアがノックされた。
返事をすると、猫きよと犬まろが扉から顔を出す。
「名前様、もうお帰りですか?」
「お送りいたします」
猫きよと犬まろはぬらりひょんの部下だが、ぬらりひょんと面識のある名前にも何かと気をかけてくれる。
名前が部屋の外に出ると、犬まろが先導するように歩き出し、猫きよは名前の後ろを歩いていく。
名前が廊下を歩いていると、使用人らしき妖怪が頭を下げる。
このエンマ離宮で働く妖怪は礼儀正しく、人間の名前にも優しい者が多いのだがーー。
(み、見送り……?)
出入口にずらりと並ぶ妖怪に見送られ、どこか妙な気持ちになりながら、名前はエンマ離宮を後にした。
寝室の扉を開けた先に広がるエンマ大王の寝室の光景にも慣れてきた今日この頃。
眠気にうとうとと閉じかけた目で、ベッドの天蓋のカーテンを開く。
「あれ……」
エンマがいない。
「あ、ちょっと温かい……」
さっきまでここにいたのだろうか。
なら、すぐに戻ってくるのかもしれない。
そう思い名前はベッドへと上がった。
しかし、いつまで経ってもエンマが部屋に戻ってくる気配はない。
ふと、前にエンマが言っていた言葉を思い出した。
ーーこの部屋で一人で寝るの、結構寂しいんだぜ
「寂しい、か……」
しんと静まり返った寝室に、ポツンと取り残されたような感覚。
このベッドはこんなに広かっただろうか。
いつもなら、エンマと他愛ない話をしているうちに、すぐに眠気がやってくるのに、名前の目はすっかり覚めてしまっていた。
手を横に伸ばしてシーツに触れると、先ほどまでかすかに残っていた温かさは消えて、ひやりとした温度が手に伝わってくる。
「エンマ……」
無意識にエンマの使っている枕に手が伸びる。
枕に顔を埋めると、エンマの香りが少し残っている気がした。
それをぎゅっと抱きしめると、どこか安心した気持ちになる。
ようやくとろとろとした眠気が訪れてーー。
枕を抱きしめたまま、名前は眠りの世界へと落ちていった。
エンマがベッドに入ってすぐ緊急回線が入った。
バスターズチームの手に負えないビッグボスが現れたとの情報が入り、急遽駆けつけたのだった。
ビッグボスを無事倒し、急ぎエンマ離宮へと戻ってきたのだがーー。
「名前、もう寝てるかな……」
そっと静かに扉を開き、なるべく足音を立てないようにベッドへと向かう。
規則正しい寝息が聞こえてきて、エンマの表情が和らぐ。
天蓋のカーテンを開く。
と、背を丸めるようにして眠る名前は、エンマの枕をぎゅっと抱きしめて眠っていた。
「ん……えん、ま……」
寝言で名前を呼びながら、さらに枕を抱きしめる姿に、エンマは頭を抱えたくなる気持ちになった。
(俺、この隣で寝なきゃいけねぇのか……)
ベッドに上がりながら、煩悩をふり払うように頭を振る。
ごろりと横になり、名前の寝顔を眺めながら、腕の中の枕へと視線が向く。
「……それ、俺じゃねぇんだけど……」
腕に抱かれた枕に嫉妬してしまう自分に溜め息を吐きながら、エンマは名前の手に自分の手を重ねる。
と、ふにゃりと笑う名前に、頬が熱くなるのを感じた。
とても眠れる気がしないが、エンマは無理やり寝てしまおうと目を閉じたのだった。
「おはよう」
目が覚めてすぐ、爽やかな笑顔のエンマ大王の顔が目の前にあった。
「お、おはよう……?」
「よく眠れたみたいだな」
にっこりと笑うエンマの視線の先に、名前が腕に抱いた枕が目に入って、あわあわと名前は慌てた。
「ご、ごめんっ、枕取っちゃって。エンマひょっとして……眠れなかった?」
「ああ、そうかも……」
ふわぁ、と欠伸をするエンマにますます申し訳なさが募る。
と、エンマがぷっと吹き出した。
「あっ、もう、またからかったでしょう」
名前が頬を膨らませると、エンマは悪い、悪い、と悪びれなく言った。
「でも……眠れなかったのは本当だぜ」
エンマが大人びた表情で微笑んで、ドキリとする。
「名前はさ……俺と一緒のベッドで寝るのってどういう意味だと思ってる?」
「どういう、って……」
「まあ、なんていうか……周りの奴らは、名前が俺の婚約者だと思ってるぜ」
「えっ!?」
思いもよらなかった単語が飛び出してきて、名前は驚いてベッドから落ちそうになる。
「っと……危ねぇ。そんなに驚くと思わなかったぜ」
エンマが名前の手を引きながら呟く。
「お、驚く、っていうか、な、なんで……?」
動揺して上手く言葉が紡げない名前に、エンマが笑いながら言った。
「思い当たる節、あるだろ?」
思い返してみれば、最近やけにエンマ離宮の妖怪の名前に対する扱いがいつも以上に丁寧だった気がする。
違和感の正体はコレだったのかとようやく合点がいった。
「そ、それじゃあ……」
エンマのためにも、誤解を解かなければいけないのではないか。
「私、違うって、ぬらりひょんに話して……きゃっ」
とさりと、ベッドに押し倒される。
「なんでそこで、俺の婚約者様は他の男の名前を出しちまうかな」
「え、エンマ……? だって、私、婚約者じゃ……」
「名前は俺の婚約者、嫌か?」
真剣な瞳で見つめられて、これは真面目に答えを返さないといけないのだと思った。
「……エンマは……妖魔界の王で……私は……」
ただの人間だ。
どんなにエンマの隣が居心地がよくても、ずっと側にいられるわけではない。
そう思って、大事な気持ちは心の奥底に隠してきたのだ。
「……エンマのこと……好きだよ。でも……」
その後の言葉が続かない。
それで充分だ、とエンマは名前を抱きしめる。
「名前が好きだ」
言葉がじわりと心に染み込む。
「だから、これからも、俺の隣にいてくれよ」
エンマが耳元で囁く声がくすぐったい。
「……うん」
名前が返事をすると、エンマは嬉しそうに微笑む。
天蓋のカーテンに映った二つの影が近づいていき、やがて重なるのを月明かりが照らしていた。
end