※「鬼灯の冷徹」クロスオーバー
※夢主は獄卒(鬼)
※友情エンド。エンマ→夢主寄り
※なんでも許せる方向け


「えっと、あとはこの書類は鬼灯様に持っていって……」
書類の束を腕に抱えて、名前は閻魔殿の長い廊下を歩いていた。
(閻魔殿って広いよなぁ。道に迷ったら出られなくなりそう)
実際に名前は迷子になったことがある。
だが、大体誰かとすれ違うため、本当に目的の場所に行けなくなったり、帰れなくなったりということは今までなかった。
「……あれ、道間違えたかな」
法廷に向かう道を進んでいたはずだが、どうにも景色に見覚えがない。
引き返そうと後ろを振り向くと、丁度こちらへ向かってくる人影が見えて名前はホッとした気持ちになった。
(よかった、あの人に聞いてみよう)
見覚えのない姿だが、地獄で働いている者には違いないだろう。
「お疲れ様です。あの、すみません、道に迷ってしまって、閻魔殿の法廷に行きたいんですけど……」
名前が尋ねると、目の前の男性は訝しげな顔をする。
「法廷……? エンマ離宮にそのような場所はないが……」
「え?」
「見慣れない顔だな。最近配属されたばかりか?」
「は、はい。今年採用になって……」
「大方、指示を聞き間違えたのだろう。エンマ大王様への書類なら、私が預かっておこう」
「あっ、いえ、これは鬼灯様に……」
どうにも会話が噛み合わない気がする。
彼もそう思ったのだろう。
考え込むような顔をして、彼が言った。
「妖怪メダルを見せてもらえるだろうか」
「……妖怪、メダル?」
初めて聞く単語に、名前が首を傾げると、彼は続けて言った。
「身分証明書のようなものだ。妖怪なら必ず持っている」
「えっ? えっと、私は、ただの鬼なので……」
「持っていないのか?」
「も、持ってないです……」
なんだか問い詰められているような気になって、名前の声は小さくなっていく。
「……では、何者だ、お前は」
険しくなる声に、名前は抱えている書類をぎゅっと握りしめる。
「わ、私は……閻魔庁の獄卒です」
彼の目を見て、そう答える。
配属されてから日は浅くても、それだけは胸を張って言える。
「……そうか」
と、今まで感じていた威圧感のようなものがふっと和らいだ気がした。
「エンマ大王様のところへ案内しよう」


執務室のような部屋には、少年が一人。
「どうした、ぬらり」
勝気そうな瞳をした少年の言葉に、ぬらりと呼ばれた彼が言った。
「この方がエンマ大王様だ」
「えっ?」
驚く名前に、少年のほうが意外そうな顔をした。
「オレの顔を知らないのか? 最近は結構表に顔出してるつもりだが」
少年が肩を竦めると、いえ、とぬらりが言った。
「この者はおそらく……この世界の妖怪ではありません」
「へぇ。じゃあ、お前の世界の「エンマ大王」はどんな奴なんだ?」
「閻魔大王様、ですか……? それは……」
名前の知っている閻魔大王の話をすると、二人は興味深そうにその話を聞いていた。
「人間界に伝わっている閻魔大王、って感じだな」
「そうですね」
「あ、でも、そんなに怖い方じゃないですよ。むしろーー」
鬼灯様のほうがーーと言いかけて、何故だか背筋が寒くなって名前はそこで言葉を止めた。
名前の言葉が途切れたところで、少年ーーエンマが言った。
「まあ、嘘はついてないみたいだな」
エンマがにっと笑って言った。
「どうだ? 帰り方がわかるまでの間、ここで働かないか?」
「エンマ大王様……」
ぬらりが困ったような顔をした。
「ぬらりの補佐ならいいだろ。目の届くところにいたほうがいいしな」
「それは……そうですね」
納得したようにぬらりが言った。
「名を聞いていなかったな」
「あ、名前です」
「名前、ここで働く気はあるか?」
「わ、私にできることなら……」
名前がそう言うと、ぬらりはふっと微笑んで言った。
「慣れない世界で大変だろうが、我々も手は尽くそう」
「あ、ありがとうございます」
「それまでの間、妖魔界にも力を貸してほしい」
「はい」


ぬらりひょん様の補佐というのは、思った以上に大変だった。
まず、仕事の量が尋常ではない。
細々とした雑用をこなすだけで一日があっという間に過ぎていく。
「これ、ぬらりひょん様一人でされてるんですか……?」
「ああ。名前が来てから、大分楽になった」
「そうですか? お役に立てているならいいんですが……」
仕事といっても、名前ができることは少ない。
まず、妖魔界の文字が読めない。
書類の整理や作成などといった事務作業はできず、専ら書類を届けたり、伝言を頼まれたり、はたまた行方をくらませたエンマ大王様を探しに行ったり(これが一番多い)ーー。
あと一番のカルチャーショックだったのが、なんとこの妖魔界の妖怪は人間と友達になると、人間界に呼び出されるというシステムがあるらしい。
ぬらりが説明用だと、妖怪ウォッチを名前に見せて言った。
「妖怪ウォッチという。友達になった人間には妖怪メダルを渡すのだ」
「ああ、だからみんなメダルを持っているんですね」
初めて会ったときにメダルの所持の有無を尋ねられたことにも納得がいく。
「名前も妖怪市役所に行けば作れるだろう」
「私は『鬼』になるんでしょうか。それだとあまりにもありふれているような……」
「どうだろうな。勝手に名前を決められるかもしれん」
「勝手に決められるんですか!?」
そんな会話をしながら、ふと、鬼灯様が人間に呼び出される場面を想像する。
妖怪同士の戦いならまず鬼灯様が勝つに違いない。
それに加えて鬼灯様は相手をいろんな意味で完膚無きまでに叩きのめしてしまうので、下手すると相手は立ち直れなくなるのではないだろうか。
「あはは……」
そこまで想像して、なんだか相手の妖怪がかわいそうになってきて、名前は考えるのをやめた。