「危ない……!」
道を歩いていると、切羽詰まったような大きな声が聞こえた。
瞬間、すさまじい音とともに目の前が土煙に包まれる。
何が起こっているのかわからず、辺りを見渡すと、目の前に名前を守るように立つ人影があった。
燃えるような真っ赤な髪が目に入る。
こちらを少しだけ振り返って、その誰かは煙に紛れて同時に姿を消してしまった。


先日、目の前で起きた爆発のようなものは「妖怪」のしわざらしい。
幸い名前に怪我はなかったのだが。
ーー何かあればここに来てください。
そう言われて手渡された「妖怪探偵団」の案内に従って、名前は今その事務所の中にいる。
アキノリと呼ばれる少年が言った。
「それで、相談したいことというのは?」
妖怪という存在に現実味がわかないものの、名前には聞きたいことがあった。
「あのとき、私を助けてくれた人にお礼を言いたくて……」
アキノリが続きを促すように尋ねる。
「どんな人でしたか?」
「あまりよく見えなかったんですけど……赤い髪の男の人でした」
名前の言葉に、トウマと呼ばれる少年が思い当たることがあるように言った。
「それって……酒呑童子じゃないかな」
「知り合いの方なんですか?」
名前が尋ねると、少年たちは複雑そうな表情をした。
「知り合いといえば、知り合いなんだけど……」
トウマとアキノリが困ったように顔を見合わせる。
言葉を繋ぐようにナツメと呼ばれる少女が言った。
「私たちの前には、姿を見せてくれないんです」
ナツメが寂しそうに笑った。


「お礼言いたかったんだけどな……」
直接でなくともお礼を伝えられればと思ったのだが、それは難しそうだった。
逆に、『もし酒呑童子に会ったら教えてください!』と、頼まれごとをされてしまったことに名前は苦笑いする。
と、目の前がふっと暗くなる。
誰かが目の前に立っているのだと気付いて顔を上げて、あっ、と名前は声を上げた。
燃えるような赤い髪に、額には二本の角。
「酒呑童子……?」
肯定するように男が頷いて言った。
「ーーオレを探していたのだろう」
「あっ、えっと、先日は助けていただいてありがとうございました」
名前が緊張しながらお礼を言うと、酒呑童子は淡々と言葉を返した。
「ただの気まぐれだ」
その言葉に、やはりあのとき助けてくれたのだと、名前は少しだけ緊張が解けた。
「本当にありがとうございました」
改めてお礼を言うと、酒呑童子がかすかに笑って言った。
「人間というのは……可笑しな生き物だな。わざわざそれを言うためにオレを探していたのか」
「はい。どうしてもお礼が言いたくて……」
「それはいいが、オレのことをアイツらに知らせるのは困るのでな」
「そうなんですか……?」
妖怪探偵団の面々は酒呑童子に会いたがっているように思えたので、早速知らせようと思っていたのだがーー。
「わかりました」
恩人の言葉ならばと、名前が了承の返事をすると、酒呑童子がふと思いついたように言った。
「名はなんと言う?」
「名前です」
酒呑童子が笑って言った。
「オレに礼がしたいのだろう。ならば、少し付き合え」


どこかわからないが、庭園の中に小さな宴会の席が設けられている。
その席に向かい合うように座っているのは、酒呑童子と名前である。
酒呑童子が空を見上げて言った。
「月見酒に良い夜だと思ってな」
酒呑童子の視線の先には、夜空に浮かぶ満月。
酒呑童子は手に持った徳利から盃に酒を注ぐと、それを名前に手渡した。
「ど、どうも……」
少し緊張しながらそれを受け取ると、酒呑童子は笑って言った。
「気楽にしろ。……と言っても難しいか」
名前のものとは違う、大きな盃から酒を飲みながら酒呑童子はまた笑う。
「誰かと飲むのは久しぶりだ」
ぽつりと酒呑童子が呟いた。
静かに杯を傾けながら月を見上げる酒呑童子に、名前は声をかけてはいけない気がして手に持った盃に少しずつ口をつける。
ひらひらと庭園に咲く桜の木から花びらが舞い落ちる。
一際強い風が吹いてざあっと吹雪のように花びらが乱れ舞い、一瞬目の前が見えなくなる。
と、酒呑童子の腕が伸びて、名前の手を掴んだ。
「あ、あの……?」
戸惑いながら酒呑童子を見る。
酒呑童子は黙ったままゆっくりと名前の手を離すと、すまない、と言った。
その目は名前ではなく、別の誰かを見ているようにも見えた。


end