さらさらの黒髪に、涼しげな目元。
一言で言えば美少年である。
前から歩いてくる少年に一瞬目を奪われたものの、ジロジロ見るのも失礼なので名前は視線を逸らして少年の横を通り過ぎようとした。
「ーーおい」
少年が言った。
私の後ろに友達でもいるのだろうか。
そのまま歩き続ける名前の手を少年が掴んだ。
「ーーオレを無視するとはいい度胸だな、名前」
少年から発せられる聞き覚えのある声に、名前は目を瞬いた。
「酒呑童子……?」
「この姿のときは、ハルヤと呼べ」
「は、ハルヤくん」
名前が呼び方を変えると、酒呑童子ーーハルヤは満足げに頷いた。
(人間の姿にもなれるんだ)
名前がまじまじとハルヤの姿を見ていると、ハルヤは訝しげな顔をして言った。
「なんだ?」
「あ、えっと、どうしたの?」
話題を逸らすように名前が尋ねると、ハルヤは真面目な表情で言った。
「お前に頼みがある。ついてこい」
「私に? って、どこに?」
名前の手を掴んだままハルヤが歩き出す。
「行けばわかる」


「ここって……」
酒屋の前で立ち止まると、ハルヤが忌々しげに言った。
「ここの店主が、オレには酒を売れないと言うんだ」
「ああ……」
ハルヤの見た目はどう見ても未成年である。
「人間界の決まり事というのは面倒だな……。お前なら買えるのだろう?」
ハルヤはそう言って、銘柄を名前に伝え、代金を手渡した。
断る理由もないので、名前は言われるままその酒を買いに店の中に入った。
名前が酒瓶の入った手提げ袋を手に店を出ると、ハルヤはそわそわとした様子で待っていた。
「はい、どうぞ」
酒を手渡すと、ハルヤは嬉しそうに微笑んだ。
(本当にお酒好きなんだなあ)
ハルヤにつられて名前の顔にも笑みが浮かぶ。
ハルヤが言った。
「せっかく良い酒が手に入ったんだ。一杯やるぞ」
名前の返事を待たず、ハルヤは名前の手を取ると機嫌よく歩き出した。


庭園に設けられた宴会の席。
夜桜が舞う景色はどこか幻想的である。
(またここに来るとは思ってなかったな)
ぼんやりとそんなことを思いながら、名前はちらりと酒呑童子のほうを見やる。
今は、鬼族の姿に戻っている。
酒呑童子は、どこか懐かしげな表情を浮かべて言った。
「やはり、ここの酒は美味いな」
(あれ)
名前が不思議そうな顔をしたのに気づいて、酒呑童子が言った。
「なんだ?」
「あ、えっと、飲んだことあるんですね」
「ああ。以前は、洞潔が買ってきてくれていた」
酒呑童子はそう言って、酒に口をつける。
(どうけつ……?)
名前の疑問に答えるように、酒呑童子が言った。
「オレの同胞だ。……今はいない」
酒呑童子が盃に残った酒を一気に飲み干す。
また盃に酒を満たすと、酒呑童子はポツリ、ポツリと今までのことを話し始めた。
鬼族の再興のため、洞潔と共に『姫』である朱夏を覚醒させるべく人間界に訪れたこと。
朱夏と因縁のある妖怪『空亡』との戦いの最中で、洞潔を失ったこと。
朱夏と空亡の戦いは終わり、二人は天に還ったことーー。
酒呑童子は言った。
「ーー本当は、オレが人間界にいる理由はもうないのだ。っと、……酒がなくなったな」
酒呑童子が酒を注ごうとして、空になった瓶を逆さに振る。
酒呑童子が穏やかな声で言った。
「今宵は名前のおかげで美味い酒が飲めた」
酒呑童子が名前に笑いかける。
「あ、あの、私でよかったら、また付き合います」
名前の言葉に、酒呑童子が不思議そうな顔をする。
「人間界のお酒ってたくさん種類があるんですよ。毎年新しいお酒も出てるし。だから、えっと……」
自分でも何を言いたいのかよくわからなくなってきた。
「また、一緒に飲みたいです」
そこまで言って、名前はそっと酒呑童子のほうを見た。
と、酒呑童子はスッと手を伸ばして言った。
「そう言うお前の酒はあまり進んでいないようだが」
「えっ、……」
酒呑童子は笑いながら名前の盃を取ると、ぐいっとそれを飲み干した。
酒呑童子が笑って言った。
「次はお前が飲みたいものも用意しておこう」


end