酒呑童子こと酒呑ハルヤと街を歩く機会も多くなった。
となれば、こんな日が来るのも不思議ではなかっただろう。
「ーー酒呑くん?」
道端でばったりと、名前とハルヤは妖怪探偵団のメンバーと出会ってしまった。
ナツメがハルヤの目の前にきて言った。
「酒呑くん! ずっと探してたんだよ! お礼言いたかったのに黙っていなくなっちゃうし」
「そっ、それは……申し訳ありません、姫」
「私はもう姫じゃないってば」
「いえ、姫は姫ですので……」
ナツメに対して普段とは別人のように畏まるハルヤをぽかんとした表情で眺める名前に、アキノリが苦笑いしながら話しかけた。
「あー、ナツメに対してはあんな感じなんですよ。ナツメは朱夏の生まれ変わりだから……って、わかんないですよね、こんな話されても」
「えっと、その話は、聞いたことあるんだけど……」
「え?」
アキノリがきょとんとした顔をするのに、名前は申し訳なさそうに言った。
「ご、ごめんなさい。妖怪探偵団の皆さんが酒呑童子を探しているのは知ってたんだけど……」
名前の言葉に被せるようにハルヤが言った。
「オレが口止めしていたんだ」
「まあまあ、じゃあ、せっかくこうしてまた会えたことだしーー」
ナツメがにっこりと笑って言った。
「ーー今から急遽、酒呑くん再会記念パーティを開きます! 名前さんも来てくださいね!」
「え? ええ?」



「かんぱーい!」
妖怪探偵団の事務所の中で、みんなと同じようにジュースの入ったコップを手にした名前は妖怪探偵団のメンバーに質問責めにされていた。
「酒呑くんとはどこで会ったんですか?」
「よく一緒に出かけてるんですか?」
「普段はどんな会話を……」
「え、えっと……」
なんて返せばよいのだろうと、次から次へと出てくる質問に名前が困っていると、ハルヤが言った。
「その辺にしておけ。名前も、オレのことを無闇に話すなよ」
ハルヤの言葉にナツメが反論するように言った。
「ほら、そうやって酒呑くんが隠すから」
「姫、そうは言われましても……」
「だから、その姫っていうのやめてってば。私は天野ナツメっていう名前があるんだから」
「……やはり、姫は姫ですので」
「もうー! 最初に戻ってるじゃない!」
(仲いいなぁ)
呼び方で言い合うハルヤとナツメをぼんやりと見ながら、名前はそんなことを思っていた。
「名前さん?」
トウマに声をかけられて、名前の意識がトウマへと向く。
「あっ、えっと、いつもあんな感じなの?」
「まあ、そうかな。久々に見る光景だけど」
見ると、ハルヤとナツメは今は何もない壁に向かって何かを話している。
(あの辺に『妖怪』がいるのかな……)
目を凝らす名前を見て、トウマが少し笑って言った。
「ミツマタノヅチっていう妖怪がいるんですよ」
「なんか、強そうな名前だね」
「それはどうだろう……」
トウマが苦笑いした。
「他にはどんな妖怪がいるの?」
「えっと、ウィスパーと、ジュニアと……」
トウマが妖怪の名前と特徴を詳しく教えてくれている途中で、割り込むように声が入った。
「オレ様がいるぜ!」
小さな男の子が名前の目の前に現れた。
「オレ様は不動明王ボーイだ! よろしくな!」
不動明王ボーイが差し出した手を名前が握ると、ぶんぶんと勢いよく手を上下に振られた。
「わっ、よ、よろしくね。えっと……妖怪なの?」
見えるし、触れるのを不思議に思いながら名前が尋ねる。
「おう! オレ様はフドウ雷鳴剣から生まれた妖怪なんだ! なんだ、名前は妖怪が見えねぇのか?」
「うん。なんで君は見えるんだろう」
「そりゃあ、オレ様が最強だからだな!」
自信たっぷりに言い切る不動明王ボーイに、名前は思わず笑ってしまった。
「そうなんだ」
「そうなんだぜ!」
名前と不動明王ボーイの間に割り込むように低い声が聞こえた。
「ーー何をしているんだ」
「あっ、ハルヤくん。えっと……自己紹介?」
「だな!」
「だね」
にこにこと笑い合う名前と不動明王ボーイにハルヤはほんの一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに元の表情を浮かべて言った。
「そろそろ帰るぞ、名前」
「え? もういいの?」
「ああ、姫にはオレのアークを渡したしな」
「アーク?」
「妖怪ウォッチエルダを使えば、いつでもオレを呼び出せる」
「妖怪ウォッチ? エルダ?」
「……あまりその辺の話はしていなかったな。別に知らなくてもいいことだが」
ハルヤと名前の会話に割って入るように不動明王ボーイが言った。
「これがオレ様のアークだぜ! 名前にやるよ!」
「え?」
「は?」
名前だけでなく、ハルヤも驚いた声を出した。
名前の手のひらの上には不動明王ボーイの姿が描かれた小さな鍵のような物ーーアークが乗っている。
「おい、名前にやっても意味はないだろう」
「そうなのか?」
くるりと不動明王ボーイが振り返ると、アキノリが言った。
「名前さんは妖怪ウォッチエルダの使い手じゃないから、アークだけ渡しても呼び出せないぞ」
不動明王ボーイがまた名前に向き直る。
が、名前もよくわからないのでハルヤに助けを求めるように視線を送ると、ハルヤが説明を始めた。
「ーー姫が腕につけているのが妖怪ウォッチエルダという。妖怪のアークを差し込むと、その妖怪を召喚できる。だが、現存する妖怪ウォッチはその一つだけなうえに、誰でも使えるわけではない」
世界に一つしかなく、選ばれた者にしか使えない時計。
たしかに、アークだけ貰っても使い道はないように思える。
不動明王ボーイが言った。
「別にいーよ、呼び出せなくても。オレ様と名前、友達だからな!」
そう言いながら不動明王ボーイが名前の手にまたアークを握らせる。
(そういうことならいいのかな)
「ありがとう。大事にするね」
「おう!」
不動明王ボーイはにかりと笑うと、満足したのかまたアキノリたちのところへと戻っていった。
名前が手の中のアークを嬉しそうに眺めているのを、ハルヤは静かに見つめていた。



帰り道。
いつもは用が済めば名前の前から姿を消すハルヤが、今日は名前とともに帰路を歩いている。
「ハルヤくんの昔の話とか聞きたかったな」
名前がそう言うと、ハルヤは少しだけ苦い顔をした。
「悪趣味なことはやめろ。それに……いい話はあまりないぞ」
(聞いちゃいけないことなのかな)
ハルヤーー酒呑童子の過去に何があったのか、名前は詳しく知っているわけではない。
知りたいと思うのは踏み込みすぎなのだろう。
「えっと……もうすぐ家だから、この辺で大丈夫だよ」
「何を言っている。家に入るまで安心できないだろう」
「そ、そうかな」
「妖怪よりも人間のほうが恐ろしいときもある。まあ、オレがいるときは、どちらも追い払ってやれるがな」
暗に名前を守ると言っているハルヤの気持ちが嬉しくて、名前の顔に自然と笑みが浮かぶ。
「ありがとう、ハルヤくん」
そんな会話をしているうちに、名前の家に到着する。
名前が別れの言葉を言おうとしたとき、名前に向かって何かが投げられる。
反射的に受け取ったそれを見る。
酒呑童子の姿が描かれたアークだった。
ハルヤが言った。
「オレのアークだ。持っていろ」
「えっ、でも私は……」
ーー妖怪ウォッチを持っていないのに。
名前の言葉を遮るように、ハルヤが言った。
「友の証だ。……そんな理由ではだめか?」
ハルヤがふっと笑う。
名前がぶんぶんと首を振ると、ハルヤは浮かべた笑みを深くする。
「そんな風に言ってもらえるの、嬉しい……」
そうか、と言って急にハルヤが酒呑童子の姿に戻る。
「ど、どうしたんですか?」
「前から思っていたんだが……なぜお前はこの姿だと敬語になるのだ」
「え? ……あまり意識していなかったんですが、あっ、本当ですね。ハルヤくんの姿だと私より年下に見えるからつい……」
今気づいたというような名前に、酒呑童子は若干呆れたように言った。
「これからは普通に話せ。いいな」
「は、はいっ」
「…………」
無言で酒呑童子にじとりと見つめられ、名前は慌ててまた口を開く。
「えっと、急に言われると、難しいというか……」
「なら、しばらくはこの姿でいよう。それならすぐに慣れるだろう」
「ええ?」
困ったように酒呑童子を見上げると、酒呑童子はふっと笑って言った。
「元に戻ると、やはり酒が恋しくなるな」
酒呑童子はそう言うと、名前の手を取って言った。
「たまには妖魔界の酒でも買いに行くか。行くぞ、名前」
「えっ? 私、今帰ってきたのにっ?」
半ば強引に連れ去られるようにして、名前はその日初めて妖魔界で買い物をするという体験をしたのだった。


end