窓を開けて、名前は夜空を見上げていた。
空の真ん中には少し赤みがかった満月が浮かんでいる。
ストロベリームーンーーと呼ばれているらしい。
年に一度だけ見ることができる満月の呼び名。
別名「恋を叶えてくれる月」。
ーー好きな人と一緒に見ると結ばれる。
というロマンチックな言い伝えもある。
そんな月を名前は一人で見上げていた。
(好きな人、か)
頭に浮かぶのは一人しかいない。
妖魔界の王ーーエンマ大王。
(想うだけなら、いいよね)
素敵な恋の言い伝えがあっても、二人で一緒に月を見よう、などと誘う勇気は名前にはなかった。
(だって、それって告白してるようなものだし……)
でも、エンマは人間界の言い伝えなんて知らないだろうし、理由を言わずに誘ってみればよかったのかな。
などとぼんやり考え事をしていると、ざぁっと窓から強い風が入ってきて髪が乱れる。
「わっ……前見えない」
舞い上がった髪を整えていると、後ろから誰かの声がした。
「よっ、何してんだ」
「えっ?」
後ろを振り返ると、まさに今頭に浮かべていた人物が目の前にいた。
「え、エンマ? なんで?」
「なんでって……電話してもお前出ねぇし」
「あ、ごめん、充電中だったから気づかなかったかも……」
「ふぅん。……まあ、いいや。会いたければ会いにくればいいしな!」
にっと笑うエンマにドキリとする。
(会えて嬉しいけど、気づかれないようにしないと)
ドキドキと鳴る心臓を押さえるように胸の前で手を握る。
「で、何してたんだ? 俺の電話にも出ないで」
電話に出なかったことを根に持っているようなエンマの言葉に名前はくすりと笑ってしまった。
「えっと……今日は満月だから、月を見てたの」
嘘は言っていないと、少しドキドキしながらエンマに伝える。
「へぇ。俺も見たいな。妖魔界に月は出ないからな」
エンマが名前の隣に立って、名前と同じように月を見上げる。
「おお、見えた。丸いな!」
少しはしゃいだような声のエンマに、名前は顔に笑みが浮かぶ。
同時にはっと心の中で声を上げた。
(エンマと二人でストロベリームーン見れた……)
ただの言い伝えなのだが、実行できたことが妙に嬉しかった。
良い思い出ができた、と名前が思っていると、エンマが名前のほうを見た。
「まだ見るのか?」
「ううん、エンマと一緒に見れたから」
「俺と?」
思わずぽろりと漏れた言葉に、名前は慌てて口を開く。
「あっ、えっと、一人で見るよりは二人で見たほうが感動が増すというか……」
苦しい言い訳だろうか。
などと名前が焦っていると、エンマが笑って言った。
「そうだな。お前と一緒だと、月も綺麗に見える気がするぜ」
無邪気に笑う顔に、またドキリとする。
「そ、そうだよね。だから、エンマと見れてよかった」
赤くなった顔を隠すようにまた名前は窓の外の月を見上げる。
「そういえば……いつもと色がちょっと違うよな。なんでだ?」
「えっと……今日はちょっと違った色に見えるみたい」
ぼかしながら名前が返事をすると、エンマは下を向いて何かを操作し始めた。
「なになに……ストロベリームーン?」
「えっ? エンマ、ちょ、ちょっと待って……」
見れば、エンマは妖怪パッドで今日の満月について調べているようだった。
「…………」
エンマが妖怪パッドを眺めたまま黙り込む。
「え、エンマ……?」
沈黙に耐えきれずに名前が呼びかけると、エンマは妖怪パッドから目を離して名前の瞳を見た。
「なぁ、知ってたのか?」
ストロベリームーンのことだろう。
真っ直ぐに見つめられる瞳には嘘がつけず、名前はうん、と頷いた。
「俺と見れてよかったって」
指摘されて、じわじわと顔が赤くなる。
「ご、ごめんなさ……」
「馬鹿、なんで謝るんだよ。……俺ももっと人間界のこと勉強しとくべきだったな」
エンマがくしゃりと自分の頭をかき混ぜる。
「まあ、でもーー人間界の言い伝えってのはすげぇな!」
エンマがからりと笑う。
「好きな人と一緒に見ると結ばれる、だっけ? ……こんなことなら、もっと早く言っとけばよかったぜ」
エンマが笑って言った。
「好きだぜ、名前」
「……はい?」
「はい、じゃねぇだろ。……告白してんだけど」
少し照れたようにエンマが言う。
「え? えっと……えっ?」
突然の告白に頭がついていかず、名前は返事をするどころではなかった。
「おい、落ち着けよ。まあ、そういうところも好きだけどさ」
「ちょ、ちょっと待って……」
「もう一度言おうか? 好きだぜ、名前」
「い、いや、そんな……」
「だから、落ち着けって」
エンマが笑いながら、名前の手を取って言った。
「好きだ、名前」
「……わ……私も、すき……」
なんとか声を絞り出して言うと、エンマは蕩けるような笑みを浮かべた。
(あ、だめ、本当に好き。大好き……)
好きな気持ちがだだ漏れなのではないかと思うくらい、名前の顔は熱く、心臓もドキドキが鳴り止まない。
「もう、月はいいだろ」
エンマが窓を閉めて、カーテンも閉めてしまう。
「エンマ?」
手を引かれて、二人でベッドに腰掛ける。
「お前のこと……月にも見せたくねぇし」
エンマはそう言って笑うと、名前に顔をそっと近づけていく。
end
空の真ん中には少し赤みがかった満月が浮かんでいる。
ストロベリームーンーーと呼ばれているらしい。
年に一度だけ見ることができる満月の呼び名。
別名「恋を叶えてくれる月」。
ーー好きな人と一緒に見ると結ばれる。
というロマンチックな言い伝えもある。
そんな月を名前は一人で見上げていた。
(好きな人、か)
頭に浮かぶのは一人しかいない。
妖魔界の王ーーエンマ大王。
(想うだけなら、いいよね)
素敵な恋の言い伝えがあっても、二人で一緒に月を見よう、などと誘う勇気は名前にはなかった。
(だって、それって告白してるようなものだし……)
でも、エンマは人間界の言い伝えなんて知らないだろうし、理由を言わずに誘ってみればよかったのかな。
などとぼんやり考え事をしていると、ざぁっと窓から強い風が入ってきて髪が乱れる。
「わっ……前見えない」
舞い上がった髪を整えていると、後ろから誰かの声がした。
「よっ、何してんだ」
「えっ?」
後ろを振り返ると、まさに今頭に浮かべていた人物が目の前にいた。
「え、エンマ? なんで?」
「なんでって……電話してもお前出ねぇし」
「あ、ごめん、充電中だったから気づかなかったかも……」
「ふぅん。……まあ、いいや。会いたければ会いにくればいいしな!」
にっと笑うエンマにドキリとする。
(会えて嬉しいけど、気づかれないようにしないと)
ドキドキと鳴る心臓を押さえるように胸の前で手を握る。
「で、何してたんだ? 俺の電話にも出ないで」
電話に出なかったことを根に持っているようなエンマの言葉に名前はくすりと笑ってしまった。
「えっと……今日は満月だから、月を見てたの」
嘘は言っていないと、少しドキドキしながらエンマに伝える。
「へぇ。俺も見たいな。妖魔界に月は出ないからな」
エンマが名前の隣に立って、名前と同じように月を見上げる。
「おお、見えた。丸いな!」
少しはしゃいだような声のエンマに、名前は顔に笑みが浮かぶ。
同時にはっと心の中で声を上げた。
(エンマと二人でストロベリームーン見れた……)
ただの言い伝えなのだが、実行できたことが妙に嬉しかった。
良い思い出ができた、と名前が思っていると、エンマが名前のほうを見た。
「まだ見るのか?」
「ううん、エンマと一緒に見れたから」
「俺と?」
思わずぽろりと漏れた言葉に、名前は慌てて口を開く。
「あっ、えっと、一人で見るよりは二人で見たほうが感動が増すというか……」
苦しい言い訳だろうか。
などと名前が焦っていると、エンマが笑って言った。
「そうだな。お前と一緒だと、月も綺麗に見える気がするぜ」
無邪気に笑う顔に、またドキリとする。
「そ、そうだよね。だから、エンマと見れてよかった」
赤くなった顔を隠すようにまた名前は窓の外の月を見上げる。
「そういえば……いつもと色がちょっと違うよな。なんでだ?」
「えっと……今日はちょっと違った色に見えるみたい」
ぼかしながら名前が返事をすると、エンマは下を向いて何かを操作し始めた。
「なになに……ストロベリームーン?」
「えっ? エンマ、ちょ、ちょっと待って……」
見れば、エンマは妖怪パッドで今日の満月について調べているようだった。
「…………」
エンマが妖怪パッドを眺めたまま黙り込む。
「え、エンマ……?」
沈黙に耐えきれずに名前が呼びかけると、エンマは妖怪パッドから目を離して名前の瞳を見た。
「なぁ、知ってたのか?」
ストロベリームーンのことだろう。
真っ直ぐに見つめられる瞳には嘘がつけず、名前はうん、と頷いた。
「俺と見れてよかったって」
指摘されて、じわじわと顔が赤くなる。
「ご、ごめんなさ……」
「馬鹿、なんで謝るんだよ。……俺ももっと人間界のこと勉強しとくべきだったな」
エンマがくしゃりと自分の頭をかき混ぜる。
「まあ、でもーー人間界の言い伝えってのはすげぇな!」
エンマがからりと笑う。
「好きな人と一緒に見ると結ばれる、だっけ? ……こんなことなら、もっと早く言っとけばよかったぜ」
エンマが笑って言った。
「好きだぜ、名前」
「……はい?」
「はい、じゃねぇだろ。……告白してんだけど」
少し照れたようにエンマが言う。
「え? えっと……えっ?」
突然の告白に頭がついていかず、名前は返事をするどころではなかった。
「おい、落ち着けよ。まあ、そういうところも好きだけどさ」
「ちょ、ちょっと待って……」
「もう一度言おうか? 好きだぜ、名前」
「い、いや、そんな……」
「だから、落ち着けって」
エンマが笑いながら、名前の手を取って言った。
「好きだ、名前」
「……わ……私も、すき……」
なんとか声を絞り出して言うと、エンマは蕩けるような笑みを浮かべた。
(あ、だめ、本当に好き。大好き……)
好きな気持ちがだだ漏れなのではないかと思うくらい、名前の顔は熱く、心臓もドキドキが鳴り止まない。
「もう、月はいいだろ」
エンマが窓を閉めて、カーテンも閉めてしまう。
「エンマ?」
手を引かれて、二人でベッドに腰掛ける。
「お前のこと……月にも見せたくねぇし」
エンマはそう言って笑うと、名前に顔をそっと近づけていく。
end