※どちらかというとギャグ回です
※どんな酒呑童子でも許せる方向け


カイラがいる宮殿からの帰り道、ぐいぐいと手を引っ張られながら歩く名前は酒呑童子に訴えた。
「しゅ、酒呑童子、もうちょっとゆっくり……わっ……」
今度はぴたりと歩みを止められて、名前は思わず転びそうになる。
じっと名前を見下ろす酒呑童子は、握ったままの名前の腕についた妖怪ウォッチを感情の読めない表情で眺めていた。
「ど、どうかした?」
「……妖怪ウォッチの件は、断ってもよかった話だ。ただの人間のお前には危険すぎる」
「えっと、……心配してくれてるの?」
名前が言うと、酒呑童子はかすかに表情を動かしたが、否定はしなかった。
名前は言った。
「やってみて無理そうだったら、ちゃんと断るよ」
「そうか。今からでも遅くはないぞ」
そう言いながら、酒呑童子が名前の妖怪ウォッチに手をかけた瞬間、バチッ、と妖怪ウォッチから電流のようなものが走って、チッ、と酒呑童子は舌打ちをした。
「えっ、だ、大丈夫っ?」
「お前にしか扱えないようになっているな。……やはり、こんな物騒な時計、今すぐ返してこい」
ふわっと体が浮いて、酒呑童子に抱き抱えられているのだと気づいたが、本当に元の道を引き返そうとしている酒呑童子に名前は慌てて言った。
「えっ、ちょっと、待って……っ」
「量産型のモニターなら、お前じゃなくとも候補はいくらでもいるだろう」
「で、でも、一回くらいは使ってみたいし、……あ、」
そうだ、と名前が言った。
「ワンチャンサイドっていうの、使ってみない?」
「何を勝手に……まあ、いいだろう。やってみろ」
少し興味があったのか、酒呑童子に許可を貰って、名前は地面に下ろしてもらう。
ワンチャンサイドの説明を思い出しながら、酒呑童子のアークを鍵穴に差し込んで、左に回してみる。
と、時計からものすごい力と光が漏れ出して、名前は思わずバランスを崩す。
「えっ、わっ、……っ……」
その場に倒れ込みそうになった瞬間、ぐっと腕を引かれて、名前は酒呑童子の腕の中に抱き込まれて、名前はなんとか倒れずにすんだ。
「あ、ありがとう、酒呑童子」
「ーーお怪我はありませんか、名前様」
「はい……?」
酒呑童子に様付けで呼ばれたことも、敬語を使われたことも名前は一度もなく、名前は何を言われているのか一瞬理解できず、ぱちぱちと目を瞬いた。
「しゅ、酒呑童子……?」
「これは……失礼しました」
酒呑童子は名前から体を離すと、名前の前に跪いて言った。
「さぁ、なんなりとご命令を」
「え? え?」
「何か欲しいものはございますか? 気に入らない者がいればこの世から消して差し上げましょう」
「ど、どうしたの?」
これがワンチャンサイドの効果だというのだろうか。
確かに、一か八か、何が起こるかわからないとは聞いていたが、こんなことになるとは思っていなかった名前はおろおろとしながら、口を開く。
「あ、あの、とりあえず、立っていいから」
名前が言うと、酒呑童子は素直に立ち上がった。
「承知しました。それで、ご命令は?」
「え、ええ、どうしよう……カイラ様のところに戻ったほうがいいのかな」
名前の独り言のような呟きに、酒呑童子はぴくりと反応して言った。
「カイラ……ああ、そうでしたね、大王に物申さねばと、そういうお話でしたね」
「ち、違う、待って、か、帰ろう! 帰ろうとしてたよね、うん」
「それでよろしいのですか?」
「うん、うん」
名前が必死に頷くと、酒呑童子は承知しました、と言って礼をした。
「では、失礼します」
「えっ、わっ……」
ふわりと、宙に浮く感覚とともに、また名前は酒呑童子に抱き抱えられていた。
「責任を持って、お送り致します」
「じ、自分で歩けるから……!」
「いえ、このほうが早いので」
酒呑童子がそう言うと、ぐにゃりと目の前の景色が歪んで、次の瞬間、名前は自分の家の前にいた。
空間を移動する慣れない感覚に少し目眩を覚えながら名前が酒呑童子を見上げると、酒呑童子はじっと名前を覗き込んで言った。
「顔色が優れないようですね。寝室までお連れしましょう」
「……え?」
ひとりでに玄関の扉が開いて、酒呑童子は名前を抱いたままスタスタと歩き出す。
(あ、靴はちゃんと脱いでる……)
などとどうでもいいことを考えているうちに、酒呑童子は名前の寝室を見つけると、名前をそっとベッドの上に降ろした。
「何かご入用のものはございますか?」
「う、ううん、大丈夫……」
(ちゃんと元に戻るのかな……)
私が試してみたいと言ったばかりに、酒呑童子がこんな状態になってしまい、少し責任を感じている名前は不安そうに妖怪ウォッチエルダを眺める。
(あ、そうだ)
ワンチャンサイドではなく、普通に召喚すれば元に戻るのではないだろうか。
名前は妖怪ウォッチに酒呑童子のアークを差し込んで、今度は右に回してみた。
またものすごい力と光が漏れ出して、召喚が終わったタイミングで名前は目の前の酒呑童子を見てみた。
「しゅ、酒呑童子……?」
おそるおそる名前が声をかけると、酒呑童子が訝しげな声で言った。
「ーーなんだ」
「よ、よかったぁ……」
いつもの態度に戻っている酒呑童子に、名前は安心して力が抜ける。
「ここは……名前の部屋か? オレはなんでこんなところに……ワンチャンサイドはどうなった?」
「覚えてないの?」
「何? いや……まさか……」
言いながら、酒呑童子の雰囲気がだんだんと不穏なものに変わっていく。
酒呑童子が地を這うような低い声で言った。
「……おい」
「は、はい?」
思わず敬語になる名前に酒呑童子が言った。
「返しに行くぞ、その不良品」
どうやらワンチャンサイドのときの記憶はあるらしい。
また名前を連れて妖魔界に戻ろうとする酒呑童子を必死に止める名前なのであった。


end