※告白話
※キス描写あり
※最後にちょこっと不動明王も出てきます

新月の夜の記憶がなくなることに気づいたのはいつからだろう。
不動明王ボーイは細かいことは気にしない性格だが、こと名前のことになるとそういうわけでもなかった。
新月の夜は名前との記憶がなくなる。
それだけではなく、いつの間にか自身の力を取り戻した姿である不動明王は、名前の「こいびと」になっていた。
(こいびとって、なんだ?)
不動明王は名前のことが好きで、名前も不動明王のことが好きだから、こいびとなのだという。
それならば、名前と不動明王ボーイもこいびとなのではないかと尋ねると、名前は少し困った顔をするのだ。
(わかんねぇ……)
この胸の中のぐるぐると渦巻く気持ちはなんなのか、わからなかった。
そんなときテレビで見たのは、たまたまチャンネルを変える前に流れていたドラマのキスシーンだった。
唇と唇を合わせるのをキスというらしい。
こいびと同士がするものらしい。
ならば、大きくなった自分と、名前はキスをしているのだろうか。
そう思うと、かっと心の奥が熱くなって、気づけば不動明王ボーイは名前の住む家の近くまできてしまっていた。
「あれ、不動くん?」
不動明王ボーイを見つけると、名前は嬉しそうに微笑んだ。
名前のことが好きだ。
改めてそう思いながら、名前の家に入ったところで、不動明王ボーイは名前に屈んでほしいと頼んだ。
そんなことを頼まなければいけない自分を歯痒く思いながら、
不思議そうな顔をしながら不動明王ボーイの目線の高さに屈んだ名前に、不動明王ボーイは意を決して顔を近づけた。
と、手のひらでそれを阻まれて、不動明王ボーイはむっとした顔をした。
「なんで止めるんだよ!」
名前の前では滅多に出さないイライラとした声を出すと、名前はまた困ったような顔をして言った。
「え、えっと、どうしたの? テレビで見たやりたくなったとか?」
図星を言い当てられて、ぐっと不動明王ボーイは言葉を詰まらせる。
「あの、キスは、」
「……知ってる。こいびとどうしがするんだろ。……なら、オレ様はなんでだめなんだ? 同じオレは、こいびとなんだろ? オレ様も、名前が好きなのに……」
今度は悲しそうな声を出す不動明王ボーイに、名前は次の言葉が見つからなかった。
不動明王ボーイが名前を好きと言ってくれるのは、嬉しい。
名前は不動明王のことも、同じく不動明王ボーイのことも好きなのだ。
だが、不動明王ボーイの見た目はまだ子どもで、好きの意味もきっとよくわかっていなくて、気持ちを伝えることも、気持ちを受け入れることもできないと、そう思っていた。
でも、不動明王ボーイにこんな悲しい顔をさせたいわけでもなくてーー。
名前は緊張しながら、言葉を選びながら、不動明王ボーイに声をかける。
「私も……不動くんのこと、好きだよ」
名前の言葉にぱっと不動明王ボーイが顔を上げる。
「でも、もしかしたら、不動くんはこのまま大きくなっていく途中で、私じゃない人と恋人になりたいって、思うかもしれないでしょう。だから……」
言いながら、だんだんと悲しい未来を想像して、名前は途中で言葉が止まってしまう。
「? だったら、大きいオレさまが名前を好きなんだから、名前を好きになるに決まってるだろ」
さも当然というようにそう返されて、名前はぱちりと目を瞬いた。
「えっと、そういう話じゃなくて……」
「よくわかんねーけど、名前はオレ様のことが好きなんだよな?」
言われて、そういうことなのだけど、改めて言われるとなぜだか顔が赤くなった。
可愛い、と思うと同時に不動明王ボーイは自分の胸がどきどきと鳴るのを手のひらで押さえた。
(なんだ、これ)
思えば、名前と一緒にいて、こんなふうになるのは初めてではなくて、不動明王ボーイは名前の手を取って、自分の胸にあてて言った。
「名前といると、どきどきして、落ち着かなくなるときがあるんだ。なんでだ?」
「えっ? あ、…………」
とくとくと早い鼓動を手のひらに感じながら、名前は自分の心臓も同じように早くなるのを感じていた。
(ど、どうしよう……)
「なあ、名前も?」
「う、……うん」
「本当か?」
不動明王ボーイはそう言うと、名前の胸に耳を寄せて心音を確かめようとした。
「わっ、わ……ま、まって……」
「……本当だ」
止める間もなく、名前の鼓動を確かめる不動明王ボーイの表情は嬉しそうで、名前はなんだか肩の力が抜けてしまった。
名前は言った。
「……不動くん、本当に私と恋人になってくれる?」
名前が不動明王ボーイはがばっと顔を上げて言った。
「なる! オレ様、名前のこと大好きだからな!」
「うん、私も、好きだよ」
くすくすと笑う名前に、不動明王ボーイはよっしゃー!と満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、キスしてもいいのか?」
「う、うん、キスまでなら……」
「? キス以外にも何かあるのか?」
墓穴を掘ってしまったと思いながら、名前はなんでもないよ、と首を横に振った。
不動明王ボーイが改めて名前に向き直って言った。
「うーん、キスって、どうしたらいいんだ?」
「えっ? えっと、まず、目を瞑って、……」
「そしたら、何も見えねぇぞ」
「そ、そうだね。い、いつもどうしてたかな……」
名前は名前で、キスの仕方を教えることなど初めてなので、伝え方がよくわからない。
と、不動明王ボーイは「いつも」という単語にむっと唇を尖らせる。
(まあ、相手は大きいオレ様なんだけど)
不動明王ボーイはずいっと顔を近づけると、お互いに目を開けたまま、むにっと名前の唇に自分のそれを押し当てた。
「ん、……」
「む……?」
唇と唇が触れ合っただけ。
それなのにこの胸の中に湧き上がる高揚感や幸福感はなんだろう。
不動明王ボーイは感触を確かめるように、至近距離で甘えた声で名前に尋ねた。
「もう一回、してもいいか?」
「う、うん……ん、っ……」
今度は名前は目を閉じていて、ふるふると震える睫毛や、赤く染まった頬を見ながら、また唇を押し当てた。
「は、ぁ……っ……」
「……っ……」
唇を離したときに漏れる名前の吐息がやけに甘くて、それにまたどきどきとして、不動明王ボーイは今度は名前に尋ねることもせずに、自らも目を閉じて唇を重ねた。
「んっ……ん、……ぁ……む、……ん……っ……あ、ふど、くん……ま、まって……」
ちゅっ、ちゅっと、唇を重ねるだけのキスを夢中で繰り返していると、名前が不動明王ボーイを止めるように体を押し戻そうとする。
「なんでだ? オレ様、もっとキスしたい……」
「う、……ん、む……っ……」
言いながら、顔を近づけると、名前は拒むことなくキスを受け入れてくれた。
「んっ……ん、ぁっ……ふ、……ん、……っ……や、……ふぅっ……」
ちゅっと唇を吸い上げたり、はむ、と唇を食んだりしてキスを続けていると、また名前が弱々しく不動明王ボーイを手で押し返してきた。
「ま、って……はぁ……っ……」
はぁ、はぁ、と甘い呼吸を繰り返す名前を見ていると、ぞくりと何かよくない気持ちが胸の中に沸き起こる。
「オレ様、名前とキスするの、好きだ」
「ん、む……っ……んーーっ……」
ちゅうっと唇を吸って、ちゅっ、ちゅっと、またキスを繰り返す。
名前は不動明王ボーイを押し返そうとしていたが、不動明王ボーイのほうが圧倒的に力は強いので、名前の手を取って、不動明王ボーイがそのままキスを続けていると、名前の手の力がくたりと抜けて不動明王ボーイは慌てて名前を見た。
「名前っ?」
「はっ……はぁ……ん、……ふ、どう、くん……」
唇を重ねるだけのキスでも、こんなに何度も、何度も求められると、頭の中がくらくらとしてしてきて、名前は甘い吐息を漏らしながら、とろんと潤んだ瞳で不動明王ボーイを見つめていた。
「っ……ご、ごめん、オレ様、名前とキスできるのが嬉しくて……」
名前がこんなに苦しそうなのに、なぜだか胸がどきどきするのが止まらなくて、それを誤魔化すように、不動明王ボーイは名前の体を持ち上げると、そのまま寝室に運び始める。
「ん、っ……」
ぼすん、とベッドに身体を下ろされて、ふと見上げると、不動明王ボーイが名前を心配そうに見つめていてーー。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
初めてのキスで、名前もこんな状態になるとは思ってもいなかった。
今後もキスをするたびに、こんな感じになるのだろうか。
などと考え込んでいると、ちゅっとまた柔らかいものが唇に触れる感触がした。
不動明王ボーイが笑って言った。
「名前、大好きだ」
「うん。……私も……」
名前も不動明王ボーイに笑いかける。
まあいいか、となんだかんだ不動明王ボーイに甘い名前は、深いことは考えないことにした。

***

後日。
新月の夜に顕現して、不動明王ボーイと名前の関係を知った不動明王はなんともいえない表情をしていた。
(我の……幼き頃、か……)
自身の過去の傍若無人ぶりを知り尽くしている身としては、不動明王ボーイが羨ましいような、ライバルが一人増えたような、複雑な気持ちだった。
「どうしたの?」
名前が不思議そうに不動明王を見つめる顔を見ながら、不動明王は一つ決意した。
今夜は、我も名前の体力が許す限りキスをしようと。


end