名前が妖怪探偵団の事務所に顔を出した瞬間、アキノリがきらきらした瞳で名前を見ながら言った。
「名前さん、妖怪ウォッチ貰ったんですよね! 見てもいいですか?」
「う、うん。って、あれ……」
妖怪ウォッチを貰ったことは話していないはずだがと、不思議な顔をする名前にアキノリが言った。
「カイラ様が教えてくれたんですよ」
「そうなんだ」
うーん、と唸りながらアキノリは名前の腕につけた妖怪ウォッチを眺めている。
「ナツメのと見た目はほとんど同じだな。でも、持ち主を選ばない時計だから……オレでも使えるってことだよな!」
「ーーその時計は名前にしか使えないぞ」
アキノリが一層目を輝かせるのに水をさすように名前の後ろから声が聞こえた。
「ん? ハルヤ、いたのか。って、名前さんがいるからいるよな」
当然かというように笑うアキノリにハルヤが不機嫌そうに顔をしかめる。
「なんだと?」
「まあまあ、照れるなって」
「なんでオレが照れなければいけないんだ。あと、その馴れ馴れしい態度をやめろ」
ますます不機嫌そうな声音になるハルヤを気にする様子もなく、アキノリは言った。
「なるほど、所有者にしか使えないようになってるのか。あ〜、オレもカイラ様に妖怪ウォッチエルダ貰えないか頼んでみようかなあ」
「お前には妖怪ウォッチアニマスがあるだろう」
「いや、そうなんだけどさぁ」
二人の様子を名前はどこか微笑ましい様子で眺めていた。
名前の視線に気づいたのか、ハルヤが言った。
「なんだ、その顔は」
「あ、えっと、仲良いなー、と思って」
「どこをどう見ればそう見えるんだ」
ハルヤが嫌そうに言うのを聞いていないのか、気にしていないのか、そういえば、とアキノリが言った。
「名前さん、事務所にいる妖怪って見えてないんですよね?」
「あ、うん」
「妖怪ウォッチがあれば、見えるようになりますよ」
「そうなの? 見てみたいな」
以前トウマに事務所にいる妖怪の名前を教えてもらったのを思い出しながら、今度は名前が目を輝かせた。
「えっと、このボタンを押せばいいんだっけ」
妖怪ウォッチのサーチボタンを押して、サーチライトで辺りを照らしてみる。
と、ぼんやりと何かの姿が浮かび上がってきて、それがだんだんとハッキリとしたものに変わっていく。
「ーージーたん、だぜ!」
猫耳のようなものが頭についた丸っこい小さな妖怪が名前の前に現れた。
「か、かわいい……」
じーん、とどこか感動するように名前が呟くと、ジーたんと名乗った妖怪は嬉しそうな顔をした。
「ジーたん、かわいい、だぜ?」
アキノリが言った。
「ジュニアって言うんです」
「ジーたん、ジュニア、どっちでもいい、だぜ!」
「じゃあ、ジーたんって呼んでもいい?」
「だぜ! 名前、やっと、ジーたん見えた、だぜ! そこ、ウィス、だぜ」
ジーたんが指差す方向に向けてサーチライトで照らしていくと、今度はタキシードを着た妖怪が目の前に現れた。
「妖怪執事のウィスパーの申します。以後お見知りおきを」
「うん、よろしくね」
ジーたんがまた別の方向を指差して言った。
「あっち、筋肉、だぜ」
言われるままにサーチライトで照らすと、ジュニアやウィスパーよりも大きな姿の妖怪が現れる。
筋骨隆々の肉体に、ヒーロースーツのようなものを身につけて、名前の目の前で何やらポーズを決めている。
「ミッチー、参上! 名前さん、あなたがピンチのときには、このミッチーが駆けつけましょう!」
「あ、ありがとう……?」
名前が戸惑いながら返事を返すと、手を差し伸べられて、握手をされた。
(そっか、妖怪にも触れるんだ……)
どこか不思議な気持ちになりながら、名前はもう一度事務所を見渡してみる。
どこか賑やかに感じる面々だが、これがきっとこの場所の日常なのだろう。
アキノリが言った。
「まあ、今日いるメンバーはこれくらいだけど、まだ他にもいるんですよ」
「そうなんだ。事務所いっぱいになっちゃうね」
くすくすと楽しそうに笑う名前に、妖怪探偵団のメンバーも釣られるように笑う。
と、事務所の扉が開いて、不動明王ボーイが中に入ってきた。
「あれ、名前がいる!」
名前を見つけて駆け寄ってくる不動明王ボーイに、名前はこんにちは、と言ってひらひらと手を振った。
腕についた時計を見て、不動明王ボーイが言った。
「それ、オレ様を呼び出せるようになったのか!?」
「うん、そうだよ」
「ぶっ飛ばしたい奴がいたら、すぐ言えよな!」
「あ、あはは……」
うん、とも言えず笑ってごまかす名前に、不動明王ボーイが言った。
「ワンチャンなんとかが使えるって、アキノリが言ってた」
「あ、ワンチャンサイド?」
「それそれ! オレ様、それ使ってみたい!」
「え? えっと……」
先日の酒呑童子のワンチャンサイドの結果を思い出しながら、使っていいものなのだろうかと名前は考える。
ハルヤが言った。
「いいじゃないか。使ってみれば」
「えっ、でも……」
名前がなお迷っていると、アキノリが言った。
「オレも見てみたいです!」
続けてトウマとナツメも言った。
「僕も」
「私も」
ハルヤはどこか楽しそうな表情で、妖怪探偵団のメンバーも興味津々といった様子で、目の前には早く使ってみたいと言わんばかりにキラキラとした顔で名前を見つめる不動明王ボーイ。
「えっと、本当に何が起こるかわからないんだけど……」
それでも渋る名前に、アキノリが言った。
「何かあったら、オレたちがなんとかしますって!」
そこまで言われると断る理由もなく、それなら、と名前は頷いた。


事務所の外に出て、不動明王ボーイと向かい合わせに立って名前は言った。
「じゃあ、やってみるね」
「おう!」
元気に返事をする不動明王ボーイに、少し緊張しながら名前はアークを時計に差し込んで、左に回す。
不動明王ボーイを渦を巻くように光が包み込んで、一瞬何も見えなくなる。
光が消え去るのと同時に、目の前に現れたのは不動明王ボーイではなかった。
「不動明王・界だ。我を呼んだのは……名前か」
「え? ふ、不動明王……?」
不動明王ボーイしか知らない名前は、戸惑ったように目の前の不動明王と、妖怪探偵団のメンバーを見やった。
アキノリが興奮するように言った。
「不動明王・界! ワンチャンサイドってすごいな!」
トウマが言った。
「あ、フドウ雷鳴剣がなくなってる。この状態では憑依召喚はできないのか」
なるほど、と考え込むトウマの隣では、すごいすごい、とナツメがはしゃいでいる。
全く状況がわからず、もう一度不動明王を見ると、不動明王は静かな声で言った。
「倒してほしい者がいれば、我が力になろう」
「あ、あはは……」
さっきも似たような会話をしたような、と思いながら、きっと不動明王ボーイと同一人物なのだろうと納得することにした。
様子を伺っていたハルヤが名前の横に来て言った。
「こういう力もあるのか。なんでオレのときは……」
意味がわからないといった感じのハルヤに、不動明王が言った。
「ふむ、鬼退治も悪くはないが」
「ああ?」
ハルヤは凄んだ声を出すと、酒呑童子の姿に戻って言った。
「面白い。喧嘩なら買うぞ」
一気に不穏な雰囲気になって、名前は慌てて間に入る。
「ま、待って。……不動明王も、あんまりそういう言い方は良くないよ」
名前が言うと、不動明王は一瞬きょとんとした顔をして言った。
「ふむ。別に、貴様と争いたいわけではない」
「はあ?」
未だ不機嫌なままの酒呑童子に名前が再度割って入る。
「しゅ、酒呑童子も、すぐ喧嘩腰にならないで」
「お前には関係ないだろう」
咄嗟に言った言葉に、名前が少し傷ついた表情をしたのを見て、酒呑童子は少し苦い顔をした。
「え、わっ……」
と、不動明王が名前の手を取って、名前の顔を隠すように抱き寄せた。
「おい、何を……」
酒呑童子が言いかけて、不動明王は名前を抱き寄せたまま、手に持っていた剣を酒呑童子に向けた。
「友を傷つける者は許さぬ」
「名前を離せ。オレは……」
不動明王の腕の中から顔を出して、名前が慌てたように言った。
「あ、あの、不動明王、大丈夫だから。えっと、でも、さっきのはちょっと傷ついたけど……」
もごもごとそう言う名前に、酒呑童子は溜め息を吐いて言った。
「……悪かった」
「う、うん」
「……謝っただろう。名前を返せ」
酒呑童子がそう言うと、不動明王はあっさりと名前を腕から離す。
不動明王が言った。
「大事な者からは手を離さぬことだ」
「うるさい。黙れ」
子供のように言いながら、名前の手を酒呑童子が取ると、不動明王の体が再び光に包まれる。
「あっ……」
名前が思わず声を出すと、不動明王が消えゆく光の中で言った。
「ーー我の力が必要なときは、呼ぶがよい」
そうして、目の前には再び不動明王ボーイが現れて、名前の手の中にアークが戻ってくる。
名前の手の中のアークは、表が不動明王ボーイ、裏には不動明王・界の姿があった。
「……ってことは」
いつの間にそこにいたのか、アキノリが名前が手に持っているアークを見ながら言った。
「名前さんは不動明王・界を呼び出せるようになったってことですね!」
「そ、そうなの?」
よくわからないままワンチャンサイドの召喚は終わって、名前は戻ってきた不動明王ボーイを見た。
「おう! 大きいオレ様の力が必要なときは、呼べよな!」
にっと笑う不動明王ボーイに、名前は笑いかける。
「じゃあ、困ったときはお願いしようかな」
「ん、でも、とりあえずはオレ様を呼べよ!」
「そうだね」
にこにこと笑い合う二人に、酒呑童子は繋いだままの手をぐいっと引っ張った。
「おい、帰るぞ」
「え? このまま?」
鬼族の姿の酒呑童子を見ながら名前が言うと、酒呑童子はハルヤの姿に変化した。
「これでいいのか?」
「いや、どっちでもいいけど……」
「はあ? どっちなんだ」
「なんだ、また喧嘩してんのか?」
「してない」
不動明王ボーイの言葉に、即座に返事をするハルヤに、名前はくすくすと笑って言った。
「じゃあ、帰ろうか」
アキノリが言った。
「名前さん、今日はありがとうございました! また来てくださいね!」
「うん、こちらこそ。またくるね」
妖怪探偵団のメンバーに手を振りながら、事務所を後にした。


しばらく道を歩いたところで、名前はハルヤに言った。
「あの、手……」
手を繋いだまま歩いているものだから、道行く人からちらちらと視線を感じて名前はいたたまれなかった。
ハルヤは美少年なのだ。
歩いているだけで目立つ。
「嫌なのか?」
「い、嫌じゃないけど……」
そう言いかけて、またすれ違った人が言った。
「ーーあれ、ナツメちゃんの彼氏じゃない?」
「ーー別れたのかな」
(ナツメちゃんの……?)
名前の思考を読んだようにハルヤが言った。
「姫とはそういう関係ではない」
「う、うん」
そう言われてほっとしたことに名前は心の中で首を傾げる。
ハルヤのほうを見ると、綺麗な顔が名前を見つめ返して、名前は慌てて顔をそらした。
「おい、なんで顔をそらす」
「だ、だって、ハルヤくん美少年だから……」
「はあ? ……なんだ、こういう顔が好きなのか」
「す、好きっていうか……」
「オレのセンスも悪くないだろう」
ふふん、とハルヤはどこか誇らしげに笑う。
結局名前の家の前に着くまでの間、二人は手を繋いだままだった。


end