妖怪探偵団の事務所に呼ばれて行くと、アキノリが言った。
「あ、名前さん、カイラ様から伝言を預かっててーーそろそろ妖怪ウォッチエルダの報告が聞きたい、だそうです」
「報告……」
そういえば、妖怪ウォッチを貰ってから、一度もカイラのところには行っていなかった。
と言われても、カイラ様のところにはどうやって行けばいいのだろうか。
名前の疑問に答えるように、アキノリが言った。
「オレたちはこの後調査に出かけるので一緒には行けないんですけど、行き方だけ教えますね」
「あ、うん。ありがとう」
アキノリに案内されて、事務所の外に出て、ある場所を妖怪ウォッチでサーチするように言われる。
「えっと……あっ」
「ぺろ〜ん」
目の前に現れた鏡のような妖怪を、アキノリはうんがい鏡だと説明した。
「場所を言うと、そこまで連れていってくれるんですよ」
「そんな妖怪もいるんだ」
すごいね、と言う名前にうんがい鏡は照れたようにもじもじとした仕草をした。
アキノリが言った。
「名前さんをカイラ様のところまで連れていってもらえるか?」
「おやすい御用でぺろ〜ん」
「わっ……」
うんがい鏡の中に引き込まれて、名前の姿はすぐに見えなくなってしまった。


名前がカイラの宮殿に着くと、うんがい鏡はカイラの執務室への行き方も教えてくれた。
(みんな親切だなあ……)
しみじみと思いながら歩いていると、カイラの執務室の扉の前まで辿り着く。
少し緊張しながら、目の前の扉をノックする。
「し、失礼します」
「ーーああ、入れ」
返事を聞いて、名前は扉を開いた。
「カイラ様、……えっ?」
部屋の中にはカイラがいるものだと、そう思って開けた扉の先には名前の知らない人物がいた。
黒に近い肌色に、銀色の髪。
着ている服はカイラと近いデザインのような気もするが、違うものである。
「あっ、えっと、ま、間違えました」
部屋を間違えたのかと、焦って扉を閉じようとすると、いつの間に近くにきていたのか、部屋にいた青年にその手を掴まれた。
「いや、間違えてねぇよ。カイラに会いに来たんだろ?」
目の前の青年は笑いながらそう言うが、部屋の中にカイラの姿は見当たらない。
「そ、そうなんですけど、カイラ様は……?」
「ここにいる……っていっても、わかんねぇよな」
首を傾げる名前に、目の前の青年はまた笑って言った。
「オレは闇エンマ。今、カイラと合体してるから……ちょっと待ってろよ」
(合体……?)
言っている意味がよくわからなくて、頭の中が疑問符でいっぱいになっていると、青年の体が黒いもやのようなものに包まれ始める。
やがて黒いもやが霧散すると、そこにはカイラと、もう一人青年が立っていた。
カイラが言った。
「名前、よく来てくれたな」
「は、はい……」
未だに状況がよく掴めていない名前の様子に、カイラは苦笑した。
「すまない、変なところを見られてしまったな」
「変とはなんだよ」
隣にいる青年が少し口を尖らせて言った。
先ほどの闇エンマと名乗った青年に雰囲気は似ているが、髪の色や瞳の色は全く違う金色である。
青年が名乗った。
「オレはエンマ」
「先代の大王だ」
「えっ?」
また衝撃的なことを言われて、名前はますますこの場の状況についていけそうになかった。
「あ、あの、また日を改めて来ますね」
混乱して、礼をして帰ろうとする名前の手をカイラが取って言った。
「待て。妖怪ウォッチエルダの報告に来たのだろう」
「そ、そうなんですけど……」
カイラが苦笑いして言った。
「とにかく、落ち着け」
カイラが名前の目を覗き込んで言った。
「酒呑童子や妖怪探偵団は一緒ではないのか?」
「あ、はい。酒呑童子はいつも一緒なわけじゃないですし、妖怪探偵団のみんなは今日は調査があるとかで」
「そうか。帰りは護衛の者をつけよう」
「え? えっと、うんがい鏡で来たので、大丈夫ですよ」
「大切な友に何かあれば困るのでな」
(友って……私のこと?)
「お前のことだ」
心を読まれたようにそう言われて、名前は少し顔を赤くする。
エンマが呆れたように言った。
「オレのこと忘れてねぇか?」
「別に忘れてはいない」
カイラはそう言いながら、名前の手を離して続けた。
「エンマも聞きたいだろう。妖怪ウォッチエルダの話だ」
「ああ、アレか。どうだ? 使いこなせそうか?」
「えっと……」
何から話せばいいのか考えていると、ひょいっとエンマが名前の前に顔を覗かせた。
「きゃっ……」
「あっ、悪い。で、どうだった? ワンチャンサイドは使ってみたか?」
「あ、はい」
「何が起こった?」
「えっと……」
酒呑童子の性格が変わった話をぼかして話した後に、不動明王ボーイが不動明王・界になった話をした。
「ふうん、本当に、何が起こるかわからない、って感じだな」
「噂通り、という感じだな」
「あ、そうなんですか……?」
名前にとってはどちらもとんでもない出来事だったのだが、二人にとっては想定内のことらしい。
カイラが言った。
「引き続き、モニターを継続してもらえるか?」
「あ、はい」
「といっても、無理強いはしない。妖怪と関わるということは、多少の危険もあるからな。そのために、私のアークも渡してある。前にも言ったが、何かあれば私を呼んでもらって構わない」
「あ、ありがとうございます。あの、もう少し、やってみます」
名前が言うと、カイラはふっと微笑んだ。
と、割って入るようにエンマが言った。
「終わったか?」
「あ、ごめんなさい。すぐ帰りますね」
まだ二人はすることがあるのだろう、そう思い名前が今度こそ帰ろうとすると、その手をエンマが取って言った。
「帰るんだろ? オレが送っていくよ」
「え? でも……」
エンマとカイラを交互に見ると、カイラは言った。
「ああ、送ってやってくれ。頼んだぞ」
本当にいいのだろうか、という顔をした名前に、エンマはにっと人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「オレ、久々に人間界に行ってみたかったんだよな」


エンマとともにカイラの宮殿を出て、名前は人間界へと戻ってきた。
名前の隣には、今は人間の姿に扮した先代の大王エンマの姿がある。
そして今、二人はタピオカドリンクの店の前にいた。
(なんなんだろう、この状況……)
有名なタピオカドリンク店は行列ができていて、名前とエンマの二人も列に並んでいた。
順番待ちをしている間に渡されたメニューを今は二人で眺めている。
エンマが悩むように言った。
「なあ、名前は? どれにする?」
「えっと、普通に、ミルクティーにします」
「そっか。ていうか、敬語じゃなくていいぜ?」
「え? そういうわけには……」
「敬語禁止な」
「ええっ?」
「だって、普通友達には敬語使わねぇだろ」
からりと笑うエンマに、名前は困ったようにエンマを見た。
「そう言われても……」
「じゃあ、慣れるまで練習だな」
そんな話をしている間に、二人の順番が来て、名前は注文するメニューを読み上げた。
「あの、タピオカミルクティーを一つ」
「オレも同じので」
そう言うと、エンマはさっと二人分の会計を済ませてしまう。
「えっ、あの、自分の分、払います」
「いいって。付き合ってくれたお礼」
「でも……」
「ああ、じゃあ、次来たときは、名前がおごってくれよ。それでいいだろ?」
「う、うーん、それなら……いいのかな」
「よし、じゃあ飲もうぜ」
嬉しそうにタピオカミルクティーを店員から受け取るエンマは、どこか少年のようにも見えて名前は思わずくすりと笑った。
適当な場所に立って、二人はドリンクのストローに口をつける。
「美味しい……!」
「美味いな!」
並んだ甲斐あって、頼んだタピオカミルクティーは甘さも丁度よく、もちもちしたタピオカの食感も相まって美味しかった。
エンマが懐かしそうに言った。
「三十年前くらいも流行ってたんだよな、これ」
名前がきょとんとした顔でエンマを見ると、エンマは悪戯っぽい顔をした。
「オレ、これでも結構長生きしてるんだぜ?」
「そう、ですよね……」
彼は妖怪なのだと、改めて意識してなんだか不思議な気持ちになる。
と、エンマが急に難しい顔になる。
「どうしたんですか?」
「……最後のが取れねぇ」
見ると、透明の容器の底のほうにタピオカがいくつか残っていて、エンマはそれをうまく吸えないようだった。
「ふっ、ふふっ……」
「あっ、なんだよ、名前は……全部飲んでるし」
名前の空になった容器を見て、拗ねたように唇を尖らせるエンマが可笑しくて、名前はくすくすと笑ってしまう。
「んー、もうちょっとなんだけどな……取れた!」
「あっ、やったね」
タピオカと格闘した末、ようやく全てを飲み切ったエンマに名前は笑いかける。
と、エンマが名前を見て言った。
「もう、敬語じゃなくなったな」
「あ……」
いつの間にか、普通に喋っていたことに気づいて、名前は困った顔をした。
エンマが言った。
「なんでそんな顔になるんだよ」
「だって、先代の大王ですし……」
「あっ、また戻ってるし。オレはもう大王じゃないし、大体、オレが大王の時に友達だった奴は、最初から敬語なんて使ってなかったぜ?」
「そうなの? あっ……」
「そうなの」
マネするようにそう言って、エンマは笑った。
「でも、大王じゃなくなっても、色々することがあってさ。こんな風に人間界に来るのは久しぶりだったんだ。今日はありがとな」
エンマはそう言って、名前の手に何かを差し出した。
「オレのアークだ。何かあったら呼んでくれよな」
「あ、ありがとう」
と、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「名前? こんなところにいたのか、……お前は」
「迎えがきたようだな。じゃあな、また遊ぼうぜ、名前」
エンマがその場から姿を消すと、名前の横に並ぶようにハルヤが立った。
「今のは……エンマか……? なんで名前と」
名前の手の中のアークを見て、ハルヤはますます訝しげな顔をした。
「…………」
「あっ、えっと、今日は、色々あって……」
「話は詳しく聞こう。とりあえず、オレも同じのを買ってくる」
「あ、うん……」
酒呑童子は、ハルヤの姿のときは割と甘いものを好んで食べるのだ。
戻ってきたハルヤは自分用のタピオカミルクティーと、名前用に別のフレーバーのタピオカドリンクを買ってきていて、名前はこの日2杯目のタピオカドリンクを飲みながら、今日の出来事をハルヤに説明するのだった。


end