ここ最近酒呑童子に会っていない。
妖怪探偵団のところに行けば会えるかと思ったのだが、妖怪探偵団のメンバーも会っていないらしい。
アキノリが言った。
「名前さん、妖怪ウォッチで呼び出してみたらどうですか?」
「え? ……うん、呼んでみようかな。ちょっと心配だし」
酒呑童子に貰ったアークを時計に入れて、回してみる。
ーーお客様の呼び出した妖怪は、現在電波の届かないところにいるか……。
「……なんか、呼び出せないみたい」
アキノリがうーん、と唸って言った。
「カイラ様なら何か知ってるかも。ちょっと呼んでみたらどうですか?」
「カイラ様? 忙しくないかな……」
「ちょっと呼ぶだけなら大丈夫ですって」
「アキノリ、呼ぶところみたいだけ……」
トウマが何か言いかけたのを遮るようにナツメが言った。
「まあ、まあ……忙しかったら、さっきみたいに呼び出せないだけですよ」
「そうかな……」
聞いてみるだけなら、と名前はカイラのアークを時計に差し込んだ。
先ほどとは違い、アークを回した瞬間音と光が漏れ出す。
「ーー蛇王カイラだ」
妖怪探偵団の事務所に呼び出されたカイラは、一度辺りを見渡して、名前に向き直った。
「ふむ、戦闘ではないようだが……何かあったのか?」
「あ、えっと……酒呑童子のことなんですけど」
「ああ、酒呑童子か」
何か知っているような口ぶりのカイラに、名前は不安そうに尋ねた。
「何かあったんですか?」
「ふむ、噂では……風邪を引いているらしいな」
「……風邪?」
「君に知らせようかと思っていたところだ。これを持っていってやるといい」
カイラが何かを名前に手渡す。
「これは……?」
「薬だ。私からだと受け取らないだろう。名前が渡してやってくれ」
「は、はい」
「近くまでは送ろう。では、失礼する」
カイラはそう言うと、名前を連れてその場から姿を消した。


カイラに教えられて、名前は酒呑童子がいるという建物の前まで来ていた。
近くまでと言いながら、カイラはほとんどこの建物の前まで名前を送ってくれた。
コンコン、と名前は玄関らしき扉を叩いてみる。
「酒呑童子? 名前です」
何度か扉を叩いてみたが、返事はなかった。
少し考え込んで、扉に手をかけると、扉には鍵はかかっていなかった。
(勝手に入っても大丈夫かな……)
少し後ろめたい気持ちになりながら、名前は扉を開けて中に入ってみることにした。
間取りもよくわからないまま、長い廊下を歩きながら一つずつ部屋の中を覗き込んでみる。
と、和室の寝室だろう、部屋の中央に敷かれた布団の上に誰かが寝ているのが見えた。
そろそろと近づいてみると、やはり寝ているのは酒呑童子だった。
「酒呑童子……」
目を瞑った酒呑童子の表情は苦しげで、額には汗が浮いている。
思わず名前が手を伸ばすと、ぐいっとその手を取られた。
「……誰だ。……名前?」
警戒するように発した声が、次いで戸惑いの声音に変わる。
「あ、起こしちゃった? ごめんね」
「どうしてここに……っ……」
頭痛もあるのだろう、頭を押さえる酒呑童子に名前は慌てて言った。
「あ、寝てていいよ。薬を届けにきたの」
「……あの大王か、余計なことを……」
名前の持ってきた薬を見て、それが誰からのものかわかったのだろう。
酒呑童子は顔を顰めながら、名前から薬を受け取った。
「あと、ジュースとか、ゼリーとかもあるよ」
ここに来る途中、妖魔界にある店で買った物を取り出していると、酒呑童子は呆れたように言った。
「はぁ……いいから、オレの風邪がうつる前に帰れ」
「妖怪の風邪ってうつるのかな?」
「知らん」
「知らないんだ……」
「…………」
あまり喋る気力もないのだろう、黙り込んでしまった酒呑童子に、名前はどうしたものかと考える。
(薬も渡したし、酒呑童子の言った通り帰ったほうがいいのかな……)
名前が立ち上がろうとすると、また手を掴まれた。
「……帰るのか?」
帰れと言ったのは酒呑童子なのだが、どこか弱々しい声でそう言われて、名前はまたその場に座り直した。
「帰らないよ」
「……そうか」
今度は帰れとは言われなかった。
酒呑童子は受け取った薬を取り出すと、名前が持ってきたペットボトルの水でそれを流し込む。
そしてまた布団に横になると、目を閉じて、独り言のように呟いた。
「……洞潔に……小言を言われそうだな……」
そう言ってすぐに酒呑童子は寝息を立て始める。
(洞潔……)
酒呑童子のかつての部下で、戦いの中で失ったのだとは聞いている。
酒呑童子と過ごしていると、ふと思い出したように酒呑童子は彼の名を呟く。
(どんな人だったんだろう)
そんなことを考えながら、酒呑童子が寝てしまうと名前も特に何もすることがなく、うとうとと眠気が襲ってくる。
少しだけ、と名前は畳の上に横になって、もう一度酒呑童子を見た。
来たばかりのときの苦しげな表情は幾分かましになっていて、名前は少し安心する。
目を閉じて、酒呑童子の寝息を聞きながら、名前の意識はだんだんと沈んでいった。


「……ん……んん……?」
まだ少しぼんやりとしたままの頭で体を動かそうとして、動かせないことに気づく。
目を開けて、今の状況がどうなっているのかを見て、名前は頭に疑問符を浮かべた。
名前は布団の上で、がっちりと酒呑童子の腕に抱きこまれていた。
(私、たしかに横で寝ちゃったけど……)
どうして酒呑童子と同じ布団の中にいるのかがわからない。
と、上から酒呑童子の声がした。
「……起きたか」
「え? う、うん、あの……」
「あのまま寝ていたら、風邪を引きそうだったからな」
風邪を引いている人と同じ布団にいるほうがよくないのではないだろうか。
(いや、妖怪の風邪はうつらないんだっけ……?)
「あ、酒呑童子は……? 大丈夫?」
「ああ。……あれは、鬼の風邪に効く薬だからな」
「そうなんだ……」
返事をしながら、名前は酒呑童子に訴えた。
「私、もう起きるから……」
「オレは……もう少し眠りたい……」
「うん、それはいいけど……」
「お前がいるほうが、よく眠れる……」
名前を抱きしめ直しながらそう言う酒呑童子は、もうすでに瞼を閉じている。
「え、ええ……?」
またすうすうと酒呑童子の寝息が聞こえてきて、おそらく起きていたのは今の一瞬だけだったのではないだろうか。
名前は酒呑童子の腕から抜け出すことは諦めて、もう一度酒呑童子の顔を見た。
本当に薬が効いているのだろう、穏やかな表情で眠る酒呑童子を見て、仕方ないなと名前もまた目を閉じた。


end