飛永雛 赤葦京治
ちびっこマネージャー 冷静な副主将セッター
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そ、そこのみちゆくあかあしせんぱい…ちょっと、よろしいですか。
(各校の部員達を筆頭に、彼等を支えるマネージャー達や指導者達、此の合宿に参加している全ての人達が慌ただしくも忙しない、何より充実した時間を過ごしていた。水分補給等の小休憩を挟みつつ、延々と続けられる試合形式のハードな練習。何度目かの小休憩を迎えた時、梟谷の監督から用具室の電球が切れてるから交換しといて。と、軽い調子で頼まれたのだが――どんな仕事だって笑顔で引き受ける飛永ではあるけれど、監督の頼みに反応が遅れたのは、其れなりの理由がある。)わ、分かりました…す、直ぐに、交換に行きますね。(何とか其れだけを告げては、交換用の電球と大きめの脚立を持って用具室へと向かった。用具室で何処の電球が切れたのかチェックした後、脚立を立ててゆっくり登っていけば、頂上付近で一息入れてから交換作業に取り掛かるとしよう。――交換を終えた直後、飛永の動きは其処で止まってしまった。高いところ、不安定な足場。其れ等は飛永が苦手としているもので、仕事であれば気合いや根性等を総動員して臨むのだが、脚立が軽い音を立てて小さくも揺れたなら、思考も身体もストップしてしまうもので。脚立の上で身動きが取れなくなって数秒か数十秒、ほんの少しの時間が流れた頃、用具室の前を誰かが通るようであれば「す、すみません…てを、かしてもらってもいいでしょうか。」木の上で身動きが取れなくなった猫のようにピクリと動かぬまま発した声は、情けなくも震え上がっていた。用具室の扉は開け放っているので、ちょっとでも中を覗いて貰えたなら、直ぐに飛永が置かれた状況を察して貰える筈だ。助けを呼んだ相手がちょっと前の休憩で此方を気遣ってくれた副主将であったなら、情けない気持ちと申し訳無い気持ちが混ざり合うもので。あの時は心配してくれた彼に他のマネージャーさん達と協力し合っているから、梟谷の人達も、他校の人達も手伝ってくれているから大丈夫であることを笑顔で伝えたのだが、今は、違う。)あ、あかあしせんぱい…おつかれのところ、もうしわけないのですが……きゃたつ、ちょっとささえてもらってもいいです?わたし、こういうところ、にがてで……いつもせんぱいをみあげてますが、みおろすのは、しあいのおうえんいがいでは、はじめてだなぁ…って、よくわかんないことくちばしるぐらいには、てんぱってるんです。(震える声と、硬い表情で幾つもの言葉を発したなら、彼の反応を待つとしよう。彼が脚立を確りと支えてくれたなら、声を震わせながらお礼を述べた後、ゆっくりと足を下ろしていき――無事に脚立を下り切れば大きな大きな安堵の息を零して。)助かったああぁぁぁ……赤葦先輩、本当に有難う御座いました。此のご恩は、決しては忘れません。お礼をしたいところですが、今、生き延びた安心からほわほわして頭が働かないので…何か、して欲しいことがあったら何でも言って下さい。買い出しでも何でも、私に出来ることだったら何でもしますんで。(安心から表情を緩みに緩ませては、先程は見下ろしていた彼を見上げ、言葉を掛けていくとしよう。彼のことだからお礼は要らない。なんて言われそうだが、そうなった時は其処を何とかお願いします。と、ちょっとだけ食らい付く心算で。だって、彼にはいつも救われているのだから。合宿初日、厳しい練習が終わるのはもう少し先のこと。)
……頼られるのは嬉しいけど、まさかこんな状況とは…、よろしいですが。
…あっつ、(試合形式の練習、勉強や身になることはもちろん充実した時間となるのだけれどその分ハードである。動いていた最中は良かったのだけれど小休憩で止まった瞬間に流れ出る汗は体の中の水分を殆ど持って行ってしまうのではないかなんて思えるほどに流れて。タオルを頭に被りながら汗を拭いぽつりとこの暑さに文句を言ったのなら水分を摂った。充実しているし楽しいものは楽しいが疲れを感じないわけではないのだから、と休憩の間は存分に体を休めていたのだけれど、相も変わらず元気な主将のテンションにあの人の体のつくりはどうなっているのだろうかと不思議に思いつつそんな小休憩を幾度と挟んで何度目か。「あっちーなー!」と少しずつテンションを沈めてきた主将にほんの少し安心しつつ水分を飲み進めていれば、ボトルの中身は軽くなりあと少量であることがわかってそれを飲み干してしまえば、)すみません、俺ドリンク補給してきます。他に少ない方いれば一緒に入れてきますけど。(そうチームメイトに伝えたのならお願いと頼んだ2人のボトルを持ってジャグの設置されている場所へと向かおうか。そうして用具室の少し前を通り過ぎたとき、―か細く震えあがった声がふいに聞こえてきて思わず首を傾げてしまう。…?声、聞こえた?…コートの騒がしい声ではなかったし。とコートで自主練している他の部員たちを一度見てそう思いながらも開け放たれている用具室の中を覗き込んだのなら、そこには大き目な脚立の頂上付近で固まっている我らが小さなマネージャーがいるではないか。そんな光景に思わず目を見開いては、慌ててボトルを用具室前にまとめて置き駆け寄って、)と、飛永…!俺の事はいいからとりあえず落ち着いて、確り脚立支えとくからゆっくりおりてきて。一段ずつでいいから、ゆっくりだよ。(彼女のあまり見ないテンパり具合に、それほど苦手な状況なのだろうとすぐに察することが出来て。声を掛けてから、脚立が少しでも揺れることのないように揺れたとしても最小限にできるようにと確りと支えたのならば後は彼女が無事におりてくることを祈るのみ、だ。――どうやら、何事もなくおりてこられた彼女を見たのならばホッと安堵の息を吐いて、)うん、俺も安心した。まさか用具室で今度はこんな高いところにいる飛永を見ることになるなんて思わなかったけど…。今度から、苦手なことはちゃんと相談してからやる事、…わかった?(万が一の事があったら、そう、心配したのだ。気付けたからよかったもののもしも何時間も気づかれなかったら?休憩時間が終わって姿を現さなかったのなら誰かしら気付いたかもしれないが、それでもだ。念を圧しながら告げたのなら、)お礼なんて要らないよ、たまたま通りかかっただけだし…、え?(食らい付くような彼女に思わず目を丸くするのだけれど、悩むように顎に手を当てつつ一度考えるようにしたのなら、困ったように眉を下げ笑みを浮かべて、)飛永にはいつも支えてもらってるし、本当にして欲しい事なんてしてもらってる今のままで十分なんだけど…どうしてもっていうなら…あ、そうだ。(そう優しく告げたのならば、大きめの脚立を畳んだのならそれを持って、用具室へ出ようか。もしも、彼女が脚立を取り替えそうとしたのならば、用具室前に置いた3つのボトルを指さしてそれを示そうか。)それ、俺と後先輩のボトルなんだけど、ドリンク補充しようと思ってて。良かったらそれ入れて先輩に渡しといてもらえる?これが今一番俺がしてほしい事。(きっと彼女なら聞いてくれるかもしれないお願いを一つ、果たしてして欲しい事のカウントに彼女はこのお願いを入れてくれるだろうか?それよりもきっと脚立を無理やり持ってしまった赤葦に対してひどく罪悪感を抱いてしまいそうだと優しい彼女の事を思う。)これは、俺がしたくてしてることだからいいよね?(悪戯気に緩んだ口元に何を思うかなんて自分にはわかるはずもない。)
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