カサンドラ マルコ
02
マルコ、書類頂戴。久方ぶりに私が行こうと思ってるの。
(航海士たちから一週間以内には島にたどり着けるだろうとの報告を受け、海図を眺めながら話し合いを終えたのは数刻前。大所帯のこの船が何も言わず島に寄港すれば混乱を招くことは必須な上、必要物資も満足に調達できない可能性が高い。それ故起動性の高いクルーが偵察かねて島に向かうのは定石で、いつもなればこの役目は空を自由に羽搏く弟か、小型船で海を駆け抜ける弟が担うのだが、ふと湧き出た女の気まぐれ。たまにはその役目を担うとしようか。父と慕う人物にそう報告に行けば珍しいこともあるもんだなんて笑われたけど、たまには悪くないでしょう、と笑い返し部屋を退出。自室に戻り手早く荷物を纏めて向かう先は長男の部屋だ。島が近くなれば事前に必要物資の数などを各隊から取り纏めているはずで、今回も特に問題がなければすでに整っている、はず。そうするように教えたのは自分なわけだが。歩きなれた船内、迷うことなく辿り着けば軽くノックののち相手の声が返ってくるのを待って扉を開くことだろう。)マルコ、偵察私出るから物資の書類貰える?(中に入るや否やそう告げれば、いささか彼は驚いた表情を浮かべるだろうか。そうでないとしても、女はただ微笑みを浮かべ、早くと促しながら彼の部屋のソファに腰を下ろす。机の上は様々な書類で埋め尽くされているようでおもむろに一枚とってはその内容に眉を顰める。)…マルコ、私感心するわ。あんたよくこのミミズの這ったような謎な文字解読できるわね。私だったら即刻やり直し命じるけど。(己がやっていたころにもそういう書類はあった。が、読めなくては意味がないわけで。荒くれどもに文字の書き取りを徹底的に指導したこともあったなんて遠い記憶に想いを馳せる。どいつもこいつも覚えが悪かったと、そのころを思い浮かべれば徐々に苛ついてきてしまい、やめようこれ以上は精神に良くないと、被りを振って思考を停止した。こんな書類を見てるから精神に悪いんだと別の書類に視線を向ければそこに書いてあるのは数字の羅列。明らかなる計算ミス多々の書類に思わず額に右手を置いた。計算ミスがなくなるまで計算問題やらせたっけなんて再び遠い記憶が蘇り、っと再度思考停止。一息吐きながら額に置いていた手を降ろして彼を見やる。)ねぇ、マルコ。あの…任せておいてなんだけど、ちょっと大変なんじゃない?誰か他の隊長補佐につけてもいいし、なんなら私が手伝ってもいいけど。(これらの仕事はもともと自分がこなしており、彼に押し付け―基任せたのは他ならぬ自分なわけで、聊か罪悪感というか責任感が胸裏を占めている。ただでさえ船医として優秀なのだからこれ以上彼の瞼を重たくするのは如何なものか。あれ、其れは元々の顔つきだっけなんて徐々に失礼な思考になっているのは秘密のまま彼の負担が減るよう思案したいところである。)あー、とりあえずあと1週間で島に着くのよ。航海士たちと話したから確実。で、いつもならマルコかエースに偵察行ってもらうでしょう?でも今回は私行こうと思って。たまには弟たちに楽させてあげようーって思ったんだけど…エースはともかくマルコはあまり負担減らないわね。(苦笑を浮かべながらそう告げつつ、戻り次第何らかの策を講じるとしようと考える。以前のように書き取りでも計算の訓練でもさせるしかないか、とその時の苦労を思い出し視線はどこか遠くを見つめてしまうのは致し方なし。彼が言っても聞かないなら自分が言えば首を縦にも振るだろうよ。そしてはた、と思い出したかのようににこりと笑って口を開いた。)ね、マルコ。次の島で1日…というよりは一晩空けといて。頑張り屋の長男を労ってあげるわ。(そう楽しそうに笑ってこの女から上がるには実に珍しい提案に一体どんな反応が返ってくるのか。それが少し楽しみでもある。とはいえ別に何か特別なことをするわけでもなく、彼に好きなだけ酒を奢ってやろうというくらいなのだが、何をするかを具体的に口にしないあたり女の性格が知れるところ。彼から纏められた書類を受け取ることができれば席を立ち、そうでなければ少し手伝いをしようかと考え、準備完了と相成れば紅い炎の鳥は船から島へと飛び立つだろう。)
へェ、珍しい。姉上が行くなんてどういう風の吹き回しだよい。
(あと少しでどうやら次の島に辿り着けるらしい。まだ航海士ときちんとした話はしていないが、簡単にそんな事を言っていた。今回の偵察はどちらが行くことになるだろうか、エースかそれとも自分か。最近ではもうどちらかがいく事が多いためにやはり今回もこの二択となってしまうのは致し方ない事だろう。「後でエースと相談して決めるとするか…」そう小声で呟いたのなら時間を確認し向かうは各隊のところである。何時もの事ながら島が近くなったが故、必要物資の数などを確認するために声を掛けたのならそれを丁寧にメモ取りしていくのだ。各隊からの確認を終えたのならばゆるりと部屋へ戻って物資の書類の作成へと入ろうか。―この随分慣れたやり方も”姉上”に教えてもらったっけか。ふっとその時を思い出してはそっと笑みを浮かべて、必要物資の数を取り纏めていき暫く。無事に書類が完成し、なんとか後は偵察へと出るだけ。けれど、かの弟は物資の確認の際に少し体を休めるから偵察の件は後で相談しようと言っていたし、その少しの間だけでもと席につき書類と向き合おうではないか。―時たまにコーヒーを飲んで休憩したりとしてどれ程の時間が経ったろう。静かな部屋に響いたノックの音にぴくりと反応したのであれば「はーい、開いてるよい。」、炎を操る弟が痺れを切らしてやってきたのだろうか?そんな思いでノックした相手を確認すべく振り返ったのなら、そこにはよく聞き慣れた女性の声と見慣れた女性の姿があったものだから思わず目を見開き口は半開き状態。聞き間違いだろうか、疲れているのだろうか、そんな事を思ってしまうくらいには珍しい事だった。)―、は、…姉上が?……あ、はい。(早くと促す言葉に聞き間違いではなかったことが分かり丁寧語になってしまうくらいの驚きもあった。先ほど取り纏めた物資の書類を取り出したのなら、最終確認をするべくもう一度書類に目を通して、)…なぁに、慣れたモンさ。姉上から引き継がれた当初は読める字だったんだけどな。アイツ等どんどん適当に書いてくようになってなァ。でも、不思議と個性っていうのか…なんかわかるんだよい。(書類を見つつ、横からちらりと彼女を見遣ったのなら楽しげにそんな事を呟いて笑みを浮かべよう。物資の書類に不備はない、再確認をしたのならば、彼女に書類を手渡ししようとソファーへと近づいていくのだけれど、彼女の様子に一度小首を傾げるもその理由は手に持っているそれですぐに察することが出来てしまった。何故なら自分もそうだったのだから。)それを見たときは、さすがに頭抱えたよい。それぐらいの間違いはやり直させる……、大変じゃない、って言ったら嘘になるさ。でも…姉上が、どんな理由であれ任せてくれたんだ。だったら、それに応えたい…ってのが弟心ってやつだよい。(ガシガシと片手で頭を掻いたのならばほんの少し視線を横にずらした。「ま、気にせず任せとけばいいって。」そう小さく述べたのならば、彼女の考えていること等知れずにうすらと微笑んでみせた。)ほォ、あと一週間だったのか。そう、そろそろだってのは聞いてたからエースと相談して決めようとしてだんだけどよい。……本当にアンタが行くなんて今でも信じられないくらいで…珍しい事もあるもんだと思ったがそんな事考えてたのか。(姉上の気遣いに、ふはっと息を吹きつつも嬉しそうに笑ったのなら、)ま、じゃあ今回は姉上に任せようかね。エースにもおれから伝えとく。気を付けて行ってこいよい。(お言葉に甘えて一週間の船旅を何事も無ければゆっくり過ごさせてもらおうかと彼女へ書類を差し出した。どうか彼女が問題なく島へたどり着けるようそんな事を願いながら。すると、書類が手に渡る前にまさかの提案が耳に入ってきてやはり目を丸くしてしまう。)…はは、そんなに甘やかされていいモンかねェ。…あー、…了解。楽しみにしといてもいいやつだと思っとくよい。(何をするのかはわからないし珍しい提案に乗るのも怖い気がするのだけれど、けれど、きっとそれに乗れるのも弟の特権だろう。ニッと挑戦的に笑みを浮かべたのならば、取り纏めた書類を改めて彼女に差し出そうか。――飛び立った紅い炎の鳥の姿が見えなくなるまで見守って。後は弟たちに報告をするだけだ。「今回の偵察は姉上が行ったよい。」きっと船上は驚きの声があがるばかり。)
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