カサンドラ マルコ
06
マルコはさ、私が悪いと思う?
(けたたましい音を立て女は部屋の扉を閉めベッドへと飛び込んだ。勢いがありすぎたのか、スプリングが悲鳴をあげるがそんなの知ったことではない。苛立つ心を抑えるように深く息を吐き出した。俯せだった状態から仰向けに体勢を変え額へと右手を置いたのならもう一度息を吐き出す。事の発端は一時間前――久し振りに飲みましょうとナース達に誘われ町に繰り出したのだ。楽しくお酒を楽しんでいたのに招かれざる客の海賊の登場にその空間は壊された。酌しろから始まり夜の相手をさせてやるとまで絡まれる始末。適当にあしらっていたのだけど、それが気にくわなかったのだろう。海賊達は女の地雷を踏み抜いたのだ。「女の癖に生意気だ。」「女なら大人しく言うことを聞け。」と。その瞬間振り抜いた拳で相手を店の外まで叩きだし、腕から燃え上がる紅い炎。そこで漸く愚かな海賊達は自分が絡んでいた相手が誰だか気づいたのだ。そこからは女の独壇場。絡んできた奴らは完膚なきまでに叩きのめし、そいつらのものであろう船も破壊。息一つ乱さずやり遂げれば冷たい視線のまま、痛みに呻く愚か者を一瞥。そのまま船へと舞い戻ったと言う経緯である。途中女がキレたことに家族が慌てて誰かを呼びに言った気がする―が良く覚えていない。何はともあれ久方振りにやってしまったと反省中だ。普段耳にたこが出来るくらい争い事は起こすなと弟たちに言い聞かせていると言うのに。こともあろうか島民が怯えるほど大きな騒ぎを引き起こしてしまった。海軍が出てこなかったことだけが不幸中の幸い、唯一の救いである。また一つため息を吐き出したとき扉を叩く音が耳に届き「開いてるわ。」と声を返す。)お説教なら勘弁して。やり過ぎた自覚ぐらいあるわ。(入室してきた気配から長男であることを察しそちらを向かぬままヒラヒラと右手を降ってごろりと背を向け横を向く。話は聞かないと言わんばかりの態度である。ああ全く、可愛いげのない女だと自嘲し。)…確かにやり過ぎたけど…私悪くないもの。あいつらが悪いのよ。(まるで独り言のようにぽつりぽつりと語り始める。女だからと下に見られる事に我慢ならなかった。だから血の滲むような鍛練を積んだ。その事を一度たりとて辛く思ったことなどない。冷めやらぬ苛立ちを振り払おうとあーと声をあげながら頭をぐしゃぐしゃと掻き乱しがばりと体を起こす。)はぁ…全く!いい歳したおばさんだって言うのこんなことでキレてたら弟たちに示しがつかないわね。(肩を落としながら浮かべる苦笑。これではこの後島で過ごす家族に支障が出てしまうと言うのに、と更に眉は下がっていく。)ナースの子達は確かに可愛いから声かけたくなるのわかるけど、私にまで絡むなんてどうかしてる。おばさんならちょっと煽てりゃいけると思ったのかしら。(いつもと変わらぬラフな服装である自身を見下ろしながらそう口にして、どう思う?なんて視線を向けるのだろう。とりあえずぽつりぽつりと愚痴を溢していたお陰か少しずつ苛立ちは治まり落ち着いてきたようだが、下がり眉だけは相変わらず。そして徐に立ちあがり戸棚から酒瓶を二本取りだし一本は弟へと投げ渡す。)折角楽しかったのに台無しになったの。だから付き合ってくれるわよね?(と、漸く戻ってきた調子のまま不適に笑みを浮かべてはそう問いかけるとしようか。素直に付き合ってくれるのなら明け方までのみ明かすつもり。なんなら秘蔵の酒を開けても構わぬ所存で。そうでなければ不貞寝してしまうつもりだけれど、さてはて今宵の行方は如何に。)
おれが姉上が悪いなんて言うと思ってんのかよい?
(いつも以上にむさ苦しい我が家、その原因はナースたちに姉上が今は町に繰り出していて不在だからか。女形が居るがそれとこれとは別である。中には彼女たちと同じように町へ繰り出している者もいるわけだがそれでも変わらずにわいのわいのと騒がしい我が家には呆れ半分楽しさ半分に各々が過ごしていた。そんな自分も溜まっていた書類仕事を幾らか終わらせて今はキッチンのカウンターにて酒を片手に料理長と楽しく雑談をしてしばらく過ごしていたのならば、ふと甲板の様子が先ほどとは違いシンと静まり返っているのと何だか荒々しい空気に料理長と二人顔を見合わせる。甲板で何かあったのではと立ち上がると同時に船内に響いた扉を閉める音が聞こえたのならば更に二人で顔を合わせる事となるのだけれど、その後すぐに状況を知っているであろう家族がキッチンへと慌ただしく飛び込んできて先ほどまでの事を説明してくれ察する事が出来た。ガシガシと髪を掻いては、小さなため息を一つ。)…ちょっくら行ってくるよい。(ひらりと手を挙げたのなら「姉上をよろしくー」なんて人任せに送り出す料理長たちの言葉を背に向かう先は勿論姉上の部屋である。―なかなかに船内に響いたあの音の大きさに扉の心配もしていたわけだけれど、大丈夫そうだと要らぬ心配をしてしまうのは書類仕事での備品チェックだったりのせいだろうか。数回ほど扉にノックをしたのならば聞こえてきた彼女の声に従い扉を開けようか。)―自覚があるんなら、言うことはねェな。なければ説教してたところだよい。(入室したのならばこうなるであろうことは何となくに思っていて想像通りの彼女に、はいはいと近くのソファーに腰掛けては、)……姉上がそんなになるの珍しいなと思った、なんかあったんだろうよい。…にしても、そいつら…白ひげの懐刀である姉上にちょっかい掛けるなんて馬鹿な奴らだねェ。(彼女の努力を最初からという訳ではないけれどこの船に乗ってからは分かっているつもりだ。だからこそ、”姉上“と慕うこととなったのだから。ふぅ、と息を一つ吐いたと同時に突如彼女が声を上げながらの行動に驚きで目を少し開くこととなるのだけれど、ふはっと息をもらしながら笑ってしまうのは見慣れぬ彼女の行動に何とも言えぬ可愛らしさを覚えたからで、)アンタがおばさんならおれだっていい歳したおじさんだよい。はは、まぁ…その場に男連中が居ても黙ってみてなかったろうしこればっかりはな…。ただ、白ひげの名を姉上は背負ってるんだ……これだけは忘れんなよ。後はもう姉上自身がちゃんとわかってるから強くは言わないどくさ。(ふっと緩めた瞳は穏やかに彼女を見つめて。あんま気にしすぎんなよと右手をひらりと振っては、その後の向けられた視線にはゆっくりと逸らしつつ顎に手を当てて、)……姉上は自分の事おばさんおばさんって言うけどよい、他人から見たら年齢ってわかんないもんだろ。容姿だけしか情報がねェんだから。…アンタはどちらかといえば綺麗、系だし。(ぽつりと告げたそれはあの時の言葉と違ってどこかはぐらかすような気恥ずかしさの混じったそれであるけれど今度は聞こえただろうか。少しずつでも苛立ちが治まっているのだろう彼女を見ては安心していれば投げ渡された酒瓶を落とすことなく確りと持ち、)…はいよ、おれが姉上の誘いを断ると思ってるのかよい。喜んで付き合うさ。(らしくなった姉上にこちらも不適に笑みを浮かべたのなら、お互いに飲み直しといこうではないか。夜はまだまだ長いのだから苦々しい気持ちを楽しい気持ちに上書きできる時間になるように、―乾杯。)
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