ノア・スミス サイモン
01
サイモン。伝えたいことが沢山あるんだ。
(彼の作ってくれるオムライスが好きだったこと。彼の干してくれた暖かなシーツが好きだったこと。プログラムされたものだとしても、まるで自分を気遣うような彼の言葉が好きだったこと。)――、(父親に理不尽に怒鳴りつけられる彼の瞳が悲しかったこと。バスに乗り込む時にはまるで荷物のように扱われる彼の姿が悲しかったこと。確かに機械だったけれど、感情も何も無い無機物のように言われる彼の背中が悲しかったこと。)…サイモン。(アンドロイドたちの作る輪の中心で、今回の立役者となったマーカスと呼ばれる男性型の機体と笑いあっているその顔の清々しさに、様々な記憶が去来した。ぱちりと瞬けば知らず溜まっていた塩水がぽつりと頬を伝う。父の怒鳴り声を振り切って、革命を遂行した彼らの拠点にやってきた自身を遠くのアンドロイドが視認したようだった。「人間だ。」「人間がいる。」敵愾心を抑えきれない数々の眼差しが一心に此方を向くけれど、文句のひとつも言えない振る舞いをしてきたのは間違いなく人間の方だ。――どのタイミングであれ、もし彼と視線がかちあう瞬間があったのなら、それが感情の爆発するタイミングだったに違いない)サイモン、俺、俺は…ずっと会いたかったよ。今…サイモンが、俺や…父さんをどう思ってるのか分からなくて、こわい、けど、でも、(幾ら距離が離れていたところで唇の動きから何を話そうとしているのか、きっと読まれてしまうだろう。堰を切ったように溢れる涙を隠さないまま、彼を見返しながら、ああ良かったと心からの安堵に頬を歪ませた。笑みと呼ぶには不格好で、けれども涙に暮れた顔と呼ぶには晴れやかで。もしかしたらこれが最後の別れかもしれないと心のどこかで想像している青年の、覚悟を決めた表情は、変異体となった彼に届くだろうか)サイモン。お前が幸せそうで、嬉しい。(また会いに来てもいいかな、なんて浅ましい願いは飲み込んだ。遠くから見守れるだけでいい。彼が時折思い返してくれる記憶であれるならそれでいい。青年はそうしてしばらく俯いて、アンドロイドたちの好奇の目に晒されながら泣いていたことだろう)
―俺も、俺もたくさんあるんだ。ゆっくりでいい、聞いてほしい。
(買われたときは何も感じなかった。ただ持ち主に従うだけ、プログラムに従うだけそういうものなのだと、そしていずれは廃棄場へと連れていかれるのだろう。そういうものだと思っていた。―名前をもらった。なんだか嬉しい気持ちになった。持ち主の一人息子、スキンシップの多い彼はなんだか暖かくて、自分のプログラム仕事を、持ち主に言われてした事をよう喜んでくれたように思う。優しい子なのだと、自然と口角はあがっていた。――けれど、きちんとした事でも何故だか怒鳴られ、バスでは後ろで待ち、街ではアンドロイドだと罵られ叩かれたりと理不尽な世界。幸せな暖かな気持ちや事よりも、悲しく痛く辛い冷たい事の方が多い世界。―父親に、人間たちに怒りを理不尽さを感じて、気づけば変異体となっていたのだ。走って走って、走った、ただひたすらに走った、逃げるように。家から出ることを、外へ行くことを、自由になる手助けをしてくれた少年に、感謝の言葉を口にしながら。―頬を流れるこれが、雨ではなく涙だなんて誰が教えてくれただろうか。―――それからジェリコへとたどり着きそこで暫く過ごしていればやってきた次々と集まる仲間たち。そしてマーカスと言う男と仲間たちと共にテレビ局をジャックし、破壊されそうになる所なんとか生き永らえ、そして、そして、平和的革命。―マーカスが、やってくれた。俺たちの勝利だ。――アンドロイドたちが怯えずに済むこととなったそんなある日。マーカスと共に笑いあっていた、そんな日常の中。ふいに周りのアンドロイドたちが「人間だ。」と一点を見ていて遠くの者はそちらに指を差して示していた。その向かれた方へ顔を向けたのならば目に入ったあの暖かな色彩に、目を瞬かせた。)―ノア?ノアなの、か…?(彼との距離は大分離れているけれど、見間違えるはずのないその色は、暖かな優しい彼のものに違いないから。ふらりとふらりと、近寄っていく足取りはどこか震えていく。それは、恐怖からか―いや、それとも、。「サイモン、」危ないんじゃ…と制止しようとする仲間の手が中途半端に止まったのをなんとなしに感じながらそのまま彼の方へと足を動かすのか。こんなに涙を溢れ出させる彼をあの家では見たことがなかった、きっと彼だって同じだろう。涙を流すアンドロイドなんて、あの家では見せる暇もなかったのだから。ぼろぼろと涙が出る心は、痛いけどやはりどこか暖かい。)…ノア、が、くれたんだ。この名前も、この場所に立てている、俺自身も…―涙も。(ずっと気がかりだったただ一人の人間。自分を守ってくれていた彼。優しい彼を、包み込むようにぎゅっと緩い力で抱きしめたのなら、今まで、言いたくても言えなかった言葉を。涙のせいで震えていてなんとも不格好ではあるけれどもらった、ありったけの優しさで―)ありがとう、―ありがとうノア。
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