日生あい 風早





忠誠心篤い女官 大切な者を守る従者

01

風早せんせい!今日も授業、お願いします!


(天鳥船内部。朱雀の力で悠々と空を駆ける遺跡のような船になれるのは存外にすぐだった。最愛の二ノ姫と共にたどり着いた未来の異世界にだってすぐに慣れたのだから、これで案外自分は逞しいのかもしれない。それに、あの頃とは違う。自分は幼くはないし、信頼する同志たちだって、自分の名を読んで微笑んでくれるお姫様だっている。むしろこうして姫様とともに国に帰ってきたこと自体は幸せなくらいだった。他の面々に、思うところがあっても、なくても。)ちいちゃん、おはよう。ふふ、寝癖ついてるよ。(目覚めた彼女をそう言って出迎えて、髪をくしけずって髪型を整えながら交わす朝の会話。中つ国にいた時よりも近くて、現代にいる時よりも凛とした彼女との会話が心地よく、そんな日々に浸っていたけれど、)…地名?(覚えられなくて、と、打ち明け話をしてくれた彼女にぱちくりと目を瞬かせた。なるほど、現代とは地理も違うし地名も違う。まだ記憶の戻り切っていない彼女からしてみれば無理もないかもしれない、と、何度か頷いて。「任せて!」と大きく胸を張った。――それから、しばし、)…かーざはやせんせい!(呼びかける声音は、彼の生徒だった頃とよく似た素直に教師を慕う類のそれ。書庫から出てきて目を止めた彼の姿に駆け寄って、服の裾を引いた。)あの、ご相談が。(声を潜めて言うから、きっと彼には人のいない場所で話をしたいのだと伝わっただろう。何せ、葦原千尋は国を取り戻すことを志す姫である。彼女のか弱い部分を大げさに広めるような事なんて、忠誠心篤い女官にできるわけはない。そうしてうまく小部屋に彼とともに入り込んだのなら、)じつは、ひめさまが地名を覚えづらいっておっしゃっていて。わたしも勿論、教えられることは教えますけど、風早せんせいからも、………あ、(そんな授業の提案をして、ふと、おもいだしたことが)…あの、実は、わたしもちょっと、特に野外知識とかで、分からない事って結構あって、…これから行きそうなところで注意しておいた方がいい植物とかも、もしよければ授業の時に一緒に教えてくれませんか。(そんなこっそりとした授業計画に対するおねだり。姫様のためでもあり、そして、――自覚はしていなかったけれど、彼に自分の我儘を聞いてほしいだなんてそんな気持ちも隠れていて。日常は続いていく。姫様と、自分と、彼と、那岐と。みんな一緒にいる日々を、まだ疑いもしないまま。)

俺で良ければ喜んで。あいは勉強熱心ですね。

 

(天気は良好の様子、空高く上がっているこの船からの景色はなんて良いものだろう。船内を歩きながら各々過ごしている姿を見れば目を細め思わず口を緩める。気を緩める訳にはいかないけれど、こんな緩やかに流れる時間も悪くない。――ふと、現代の世界での生活を思い出す。ああ、あの時の生活も悪くはなかったのだ、那岐と千尋と、そしてあいと過ごしたあの時間。こちらに戻ってきてどれ程の時がたったことだろう。あの生活も悪くはなかったけれど、やはり此方の世界に帰ってこられた事は間違いではなかったと信じていたい。今まで付き添ってきた大事な彼女たちの、気高く強い成長が嬉しいようなどこか寂しいような―、そんな複雑な思いを抱えていることは誰も知らない、否誰にも言っていないのだから知っているはずがないのだけれど。―姫君の朝には女官の彼女がついてくれている、自分が行かなくとも大丈夫なことはわかっている為お願いし船内で思い思いに過ごしてから姫君に挨拶を行うつもりで。―しばらくしたのち、書庫から出てきた彼女に声を掛けられたなら笑顔で軽く手を挙げ、)あい、今日も姫の朝の支度ありがとうございます。いつもお任せして申し訳ない。…それで、どうしました?(書庫から出てきたところを見ると…様々な想像はしてみるけれど、彼女の言葉で聞こうと耳を傾けようか。潜めた声からなんとなく事情を察することができ、「あちらで話をしましょうか」と声を掛け小部屋へ彼女とともに入り、再び彼女の言葉を最後まで聞いて、)ふむ、なるほど…確かに、現代と比べると地名もなかなか覚えづらいかもしれない。わかった、久しぶりの授業かな。(ちょうど現代の事を思い出していたためか、タイムリーな授業の提案にふっと笑みを浮かべたなら承諾の意を伝えよう。すると次いで耳に入った授業計画にはきょとんと目も丸くしてみせるがそれも一瞬。柔らかな笑みと変われば、)姫もあいも、勉強熱心ですね。俺が分かる範囲でよければ、是非一緒に。(頼りにしてくれたのだろうか。どこか嬉し気に表情を緩めれば、姫にも伝えなければ。と。―彼女の姫に対する忠誠心も十分に伝わっている為大々的にはできないけれど、ひっそりと行われる授業はきっとすごく楽しいものになるだろう。  こんな生活も悪くない。ああ…今日はなんて天気良好なのだろう。心があたたかい。)