シンシュ ドンキホーテ・ロシナンテ





サラサラの実の能力者 ナギナギの実の能力者

01

コラソン、…そのオニイサマとお揃いルック…はずかしくね?


(耳障りな嘲りが、何時になっても鼓膜から剥がれない。低い声音に震える体は人間よりももっと本能的な、付与された動物としての本能なのだろうか。囚われてから数か月、毎日とは言わずとも数十にまで積み上げた戦歴は、未だ勝ちの目を見ることはなかった。凡そ普通の人間とは違う青白い肌には、本来であれば夥しい程の傷跡が重ねられていたことだろう。生来の罅割れに加え、幾重にも走る赤黒い線は時間の経過と共にその痕跡を特異な肌に馴染ませ、消えていった。この能力がなければ既に死んでいる。けれど、忌まわしい肌の色は絶えぬ傷に人間らしさを取り戻すことはなく、この肌色をお気に召しているらしい男の機嫌を良くするだけの代物だと思えば酷く、不快だった。船内の一室。己に宛がわれた部屋は捕虜の物としては随分と上等だが、愛玩動物の其れと言われれば納得できよう。嫌味な程にふんわりとした寝台で目を覚ます瞬間、寝起きの気怠さを遥かに越える不快感に包まれる日々は、着実に頭を狂わせていくようだった。それでも。それでも、薄らと傷の残る手には憎き男の血の一滴とて浴びていない愛剣を携えて、今日も今日とて重たい体を引きずった。「懲りないな」「若様に敵うはずがないのに!」――煩わしい外野の嘲りもあの低音に比べれば雑音だ。網膜を刺激する鮮やかな金を空ろな翠眼で捉えれば、踏み込んで、―――、)………ッッ、ん、の…〜屑やろ…、っ!(悲鳴と悪態、身を裂く痛み。裂傷に飛び散る赤は化物染みた体に反して正常な鮮やかさを保ったまま、己の視界を染め上げた。終わらない皮膚を裂く感触は、遠ざかる意識の奥でも確かに肌を刻んでいく。また、耳障りな笑い声――。――――落ちた意識の中、ゆらり、浮遊感に襲われる。時折感じてきたこの感覚の正体を知らない。揺り籠よりも乱暴で、けれど人の温かみを感じる。そうして包み込まれる柔らかな感触に、いつもならそのまま意識を奪われていた。けれど、今日は力の調子が良かったのか。それとも、あの男が加減でもしただろうか。――後者はないだろう。重たい瞼を抉じ開けて、狭い視界を埋め尽くすは長く伸びた、脚か。だれだ。この船で唯一、もしかしたら俺を、  ) 、まっ、て、(掠れた声は随分とか細い。笑ってしまうほどに。瞼よりも重たい腕を必死に伸ばして、掴んだ布を弱く引いた。否。布よりも柔らかな其れは黒く、黒く、確かに見覚えがある。)………は…、あんただったの、か……すげー…予想外だわ、(目を見開く力も残ってはいなかったが、それが誰か程度は理解できた。膨大な黒のキャンバスに映える己の白腕には未だ傷跡が滲んだ儘、痛むのは体だけではなく、鈍痛に揺さぶられる脳が全ての動きを緩慢にする。重たい鎌首を持ち上げて、仰ぎ見た男の顔はどんな表情だっただろう。)………なんで…?(焼けたような喉で問うた。何を。とは続けない。裂傷も打撲もあらゆる痛みに曝された体は再び休息を必要として、襲い来る睡魔は生物として正しい反応だ。)……あんた、ほんとうは喋れるだろ……こんど、聞かせて貰う…ぜ、……(最後に振り絞った言葉、頭なんて回っていない。閉じゆく瞼と消えゆく語尾と、けれど、コートを掴んだ指先だけは暫くその力を緩めることはなかっただろう。縋るように。求めるように。――それもきっと、本能だ。)

……(”はずかしいとは思わない。”)

 

(自分の目的を果たすためにと、この兄上の海賊団に潜入してどれ程経っただろう。何故か声が出ないと勘違いしているのを利用してファミリーの前ではもっぱら筆談で対応し、海軍に連絡する際はナギナギの実の能力を使用したり誰もいないことを要確認するのだがそれも手馴れてきたものだ。もちろん慣れたと言っても手は抜いた覚えはない。―そんなある日、ドンキホーテ海賊団の傘下にあった海賊団が海軍に差し出されたと情報が入ったことにより、海賊団に囚われた変わった青年が一人。思わず目に留まったのは、その神秘的な雰囲気からか…?でも殺されてしまうのだろうか?まだ潜入途中でありファミリーが居る手前、下手なことはできない。けれど、このまま彼が殺されるところを見ていられない。どうしたら、彼を救えるのだろうか。―そんな心配は杞憂だったのだけれど。…何故ドンキホーテ海賊団の周りに手を出してしまったのか、何故彼は殺されないのか、ぐるりぐるり、この場では喋れない自分と頭の中で会話をする。宛がわれた船室を見たのなら一目瞭然、―彼は、兄上に気に入られてしまったのだ。気に入られている今は殺されるという選択肢は消していいだろう。だが、彼は軟禁されてから兄上に殺意を持って行動に移しているのだからいつ機嫌が損ねるのかわかったものでもない。出来ればやめてほしいところだけれど、彼自身そうは言ってられないのだろう。今日も血を流し倒れている彼の周りには誰もいない―ひっそりとあの牢獄へと運ぼうか。)――報告は以上です。(海賊団の動き、また捕虜として囚われた彼の事を報告。動物系の悪魔の実、それを食べたから変化した肌の色に傷がすぐに治る。そんな話を聞いた。だからと絶えぬ傷を負って治ってはまた傷を作る彼を見てなんだか悲しく、悲しくなって 仕方がない。―――それからまた日があいた夜、もうすっかり聞き慣れた独特な笑い声。ああ、今日もまた傷を作ったのかと察してしまう。血を出し倒れた彼の呼吸を確認し丁寧にとは言えないけれど担いで所謂米俵抱きでいつものように部屋へと運ぶはずで。そう、いつも通りだ。ベッドへと寝かしたのならさっさと部屋を出ようとしたその時、)……!(弱弱しい声に、新しい出来事に思わず驚いたけれど振り返る際には冷静なふりをして、そっと彼を見下ろしてみる。予想外なのは、おれもだ。)………、(ここに入ってからはお得意の筆談にてこたえようか、筆に手をかけたなら次いで聞こえた言葉に、筆にかけた手の力は一瞬にしてなくなってしまった。十分に注意したつもりだった。まさか、聞かれていた?まだドジしてしまったのか、このドジはだいぶ危険がすぎる。思わず浮かべた表情はきっと情けないものとなっているだろう。けれど、誰にもこの事実を問われていないのだから誰にも伝わっていないのはすぐにわかった。なんで、の答えはまだ応えられないけれど。もしも、彼がこの出来事を覚えていたのなら、ファミリーではないどこか放っておけない悲しい青年を、いろんなものから救ってあげたいから、―コートを掴んだ指先をそっと包み込む。今はどうか、彼が少しでもいい夢がみられるように、)おやすみ、シンシュ(ドーム状の透明な”防音壁”にいるのは、きみとおれだけ。)