シンシュ ドンキホーテ・ロシナンテ
サラサラの実の能力者 ナギナギの実の能力者
04
コラソン、それだけ背ェ高いって逆に苦労しねえ?……俺は首が痛い。
なァ、あんたらって実はイイとこの生まれなのか。それともただの成金?(背後の彼を振り向きながら、唐突な問いは先程まで視線を落としていた机上に理由を示している。赤青黄色、鮮やかな色彩は軒並み拒み、選ぶ物は至ってシンプルな無彩色。唐突に回り始めた人生の分岐点は血塗れの赤一色だと思っていたのに、眼前に拡げられた布地は実に色とりどりだ。 本気で、口にしたわけではなかった。「使用人を」という言葉に目を剥いてなにを言っているんだと言えなかったのは、身を支配する驚きと、極悪を体現していた彼が纏う微かな別の彩りに気が付いてしまったから。笑い声と共に去る背中を見送って数日後には実現された現状に眉を寄せて、幾つかに絞られた生地やら形やらの図面が置き去られた机上を眺める時間は短くない。ぜいたくだ。衣類だけではなく、食事やその他随所に拘りの感じられるこの海賊団。その“カシラ”の真意や過去が読み切れずに、問いかけた“弟”はどんな反応を示しただろうか。)…まァ俺にとっちゃ未だにあんたらが兄弟だとは思えねーけど……、あんたの真意もわからねェし?(茶化すように肩を竦める仕草はすっかり友人に向ける其れだった。己が自室にて誘い招いた密談は、如何にも海賊には思えない彼の不可思議な優しさにつけ込んで、強請るように数を重ねている。言葉を交わせば交わすほどに解けていく己の表情とは裏腹に、謎の多い目の前の彼は、それでも心を開くに値する人間だと思わせてくれる。だから、詳しく尋ねることはしなかった。彼もそれを望んでいないように思えて、ーーーでも、)コラソン。あんたの敵がオニイサマなら、俺でもなにか…協力できるかもしれねえのに、(そんな風に、唇を尖らせて拗ねた子供みたいな台詞を吐くことも珍しくなかった。椅子から立ち上がる。ベッドにと腰掛けるように伝えていた彼に近付けば、徐ろにその両肩へ細長い指をかけた。)なに企んでんだか知らねーが……俺が先にあいつのこと、殺しちまうかもよ?(なんて。散々返討ちにされる姿を晒しているのだからこの言葉には何の力もないだろう。けれど、ぐっと力を入れた手には当然物理的なエネルギーが籠もる。己よりも随分と大きな巨躯に押し当てた掌に体重を乗せて、その身をシーツの上へ押し倒せれば上々。倒れなければ、跨る場所が腹の上か片脚かどちらかになるだけだ。ーーそう。急接近。言葉に表すならば正しく其れ。戯れる猫のように背を曲げ顔を近付けて、メイクの上、前髪の下。双つのまなこをじっと覗き込んだ。)ホントに殺す気があるなら……、…( 、囁き声が途切れる。“本当に殺す気があるのなら”ーーそれは、誰に向けるべき言葉だろうか。刃を握り続ける己が掌に今、伝わる感触を確かめるように、僅かに力が籠もった。)………いいや、…俺はいつ殺されるのかなァ、(囁きとは違う、呟き。悲観的というには感情に欠けている。瞬きと共に伏せた視線は目の前のハート柄よりも遠くを眺めて、また、瞬きで双眸へと戻された。)…なぁ。この前オニイサマに仲良くしてるなァって言われちまったよ。 、めいわく…か?(明瞭な睫毛の先を見つめながら、口にした言葉の答えなんて分かり切っているのに。自嘲が漏れる。謝罪を呟いたのは心の中で、俯いたかんばせに銀糸が垂れる。若し、彼の背をシーツに押しつけていられたのなら、掴んだままの両肩を引き上げるように己ごと上体を起こそうとするだろう。ーー体を起こしてしまえば、重力のままに表情を髪が隠してくれるだろうから。)……こんなところで会わなければ、俺もこんな、ぶざまに縋ったりせずにすんだろうに、(なけなしの矜恃を呼気に混ぜて吐き落として、俯く様は懺悔に似る。最後にふわり掠めるように彼の胸許に寄せた頭が孤独に弱っていた。それを、悟られないように。何事もなかったように、ふと体を離してみせる。名残惜しある温度を惜しむ顔なんて少しも作らずに、再び見据えた彼はどんな目を返してくれる?ーーそれが少し、こわくて、)…俺は存外寂しがりやだってあの屑オニイサマに伝えておいてくれねえ?(くすり、すべてを冗談粧して笑ってみせた。ある日のこと。触れていた箇所が冷えていくことが、ただただ寂しかった日。)
苦労…というか、そうだな…頭をぶつける回数が多いな。
…、イイとこって言えるのかどうか…おれにとっては地獄みたいなモンだが。(唐突の問いに戸惑うことなくけれど濁すような形で答えてみせる。天竜人という世に恐れられている一族の血が流れている事は彼に伝えてもいいものか。判断しきれずに思わず視線を外してしまうのだが。唐突なのになんとなく察することが出来たのは部屋に入室した時に机上に置かれたそれを確認したから、そして彼の様子を見に行こうとした際に使用人たちが彼の部屋に出入りしていたのだからそう疑問に思うのも不思議ではない。それにしても…、ぐっと言葉を飲み込み机上に置かれた布地を見たならじわりと体の底から嫌な汗が出てくる。兄上はもう彼の事を逃がす気も殺す気もないだろう、相当に彼の事を気に入ってしまっているようだ。彼をこの海賊団から逃がしてあげたい救ってあげたい、その気持ちは今でも変わらないけれど、けれど、彼は、それを望んでいるのだろうか。望んでいるはずだ、という気持ちとは裏腹にもしかしたら、という疑念も浮かんでしまう。それは、彼の奥底まで覗くことになるのだが、)それはおれも不思議でしょうがない、あの人たちはあんなにも優しくあったのに……、おれの話せることは話しているつもりなんだが、(ふっと口元だけ緩めて、彼に告げる。友人のように接してくれる事に、思わず嬉しくなってしまう。自分に少しでも気を許してくれていると思っていいのだろうか、何より深く聞き込んでこない彼に自分も甘えてしまっていることは事実だ。心を落ち着かせるのにこの空間は十分なのだと。けれど、まるで子供のように拗ねるような彼が見られるときは困ってしまうことも、まれに、そう今のような、)ドフィは、おれの実の兄上だぞ。協力ってなにを、!――…企むなんて、そんなこと…兄上を殺させやしない、いや…違うな、…お前にドフィは殺せない。(それはいつも彼が返り討ちにあっているのを見ているから、だけではない。兄上が彼を気に入っているからでもない。そうだろう?彼の中に少しでも兄上が存在している限り、きっと。―触れられている掌に力が込められたなら、ベッドについていた自分の手がシーツでずるりと滑り驚きの間にその身は既にシーツの上へと。真っ直ぐ見れば天井と彼の顔、瞳。あぁ、やっぱり彼の瞳は綺麗だな、そう、初めて見たときから思ったんだ。そっと彼の頬に手を当てたのなら諭すように、)シンシュを、巻き込むわけにはいかない。それに、…まだ、殺せない。(頬を撫ぜればほんの少しでも彼の傷を防ぐことが出来るだろうか。能力で治ることはないだろう、心。手を離しふいに聞こえてきた呟きは、)…シンシュは、…おれの友達は、殺させない。絶対に。(兄上には使わなかった絶対を彼だけに。自分に何があったとしても。、安心しろと言うようにまた下手糞な笑顔を見せてみたなら彼はいったいどんな顔をしただろう。また目が合ったのなら、どうした?と言いたげに首を傾げて、)…いや、迷惑だと思ったら、おれはここに来てないだろう。おれは、自分の意志でここにいる。だって、おれとシンシュは友達、だ、仲良くして当然な関係なんだから。(気にするな、そう付け足して彼の力によってシーツから上体を起こすのだ。もう彼の表情を窺い知れることはないけれど、今はそれでもいい、そんな気がして。体を起こしたなら、「急にあの状態になると緊張するな」と笑おうか。そして、うつむく彼の頭がやけに弱って見えて放っとけなくて、許されるのであれば彼の頭を数回ポンポンッと軽く撫でるつもりで。けれどそれをも隠そうとする彼に友として何もすることができないのか、中途半端にしか動けない自分がなんとも情けなくて、ほんの少し俯かせた。彼が見ているのに、目を合わせることができなくて、。)…ああ、そうだな、知ってるよ。おれで足りないのなら。…きっと、ドフィならいいおもちゃでも用意してくれるはずだ。(ぱちん、指を鳴らして二人きりの世界が終わる。また、と言いたげに手を振りポケットに手を入れこの居心地の良い部屋から出ようか―。自分にはできないことをいとも簡単にしてしまう兄。怖くもあり、羨ましくもある。そんな兄に彼が依存しているのだとしたら、彼がここにいる限りおれにあいつは殺せない。けれど彼が体と心を痛めるところはできればもう見たくない。 難しい、難しい、考えすぎてドジを連発してしまうなんとも不運な日。いや、日常か。)
HOME