氷咲玲 氷鷹北斗
氷月 Trickstar
02
北斗、…雨でもお前と一緒なら憂鬱じゃないかもね。
(夏を迎える少し前には、梅雨が訪れるのが四つの季節を持つ日本のいつもの光景であろう。さああ、と音を立てて降りしきる雨に、屋内レッスンをしていた氷咲は溜息をつく。折りたたみの傘は持ってきているが、今日の雨は少しひどそうだ。雨の中帰るというのも面倒な気もするが、そうしなければレッスン着を洗うことも出来ないし腹も空く。メンバーはそろそろ切り上げるかと準備をしているので自分も帰るために着替えなければ――と、その前に。幼馴染たる彼はまだ校内にいるだろうか。Tシャツを脱いで制服に着替えながら、シャツとスラックスにネクタイのみとなれば、ちょっと行ってくる、とトリスタの練習しているレッスン室へと足を向けた。ノック三回、そろりと氷鷹北斗はいますか、と尋ねればメガネの少年――遊木真の姿。あれ、北斗君の幼馴染さん?北斗くんなら今お茶を買いに出てるよ、雨だからそろそろ帰るかなって話してたけど、居残るみたいで。そんな話を聞けば近くの自販機へと向かう他ない。ありがとう、のお礼も忘れず行けば、見えた姿にいつものように北斗、と名を呼んだ。)まだレッスンするって聞いて、来た。雨なのに残るって大丈夫?結構ひどくなりそうだから、俺達はそろそろ引き上げなんだけど、……北斗さえ良ければ軽く一緒にレッスンさせてもらっていい?(どうせ、帰る方向は同じなのだ。なら、彼の練習風景をみて、成長を知りたいし知って欲しいと思う。それに、なんなら夕飯くらいは作ることも出来る。)梅雨だから暫くこんな感じかな。……北斗は雨、苦手だったりする?俺は半分半分かな。(肩を並べて、財布を取り出そうとして手元にないのを思い出し、あとで返すからお茶、いい?なんて尋ねるのは気の置けない相手だからだろう。雨は濡れてしまうし、洗濯物も乾きにくくて嫌になる。でも、昔から彼と一緒に傘をさして帰るのは好きだ。幼馴染だけの特権だから。それはそっと胸の中に隠したまま、話しつつ戻ることにするのだ。メンバーには荷物だけ取りに行くとスマホで伝えて――。)
俺は玲と一緒にいて憂鬱と感じるものは何もないんだが…。
(屋内レッスンの日が続くこの梅雨時期。じめじめとしけった空気についた息はどことなく荒い。しばらくレッスンを行っていれば他のメンバーはそろそろ雨もひどくなりそうだから帰ろうかと話になった、のだけれど。どうしても、どうしても納得のいかない部分があって、どうしても帰る気にもなれなくて、それに――、と思い浮かんだ顔に軽く横を振り、まるで邪心を振り切るようにしたなら、)いや、俺はもう少し残る。納得できない所があってな。俺は平気だ、つぶれるまではやらないから先に帰っててくれ。…ああ、お茶を買ってくる。(心配したり、それじゃあ僕も…と残ってくれようとしてくれたが、大丈夫だとメンバーに着替えるよう声を掛けて残り僅かとなったお茶を買い足そうと近くの自動販売機へと足を運ぼうか―。自分の我儘で彼らを残してしまうのも申し訳がない、彼らは優しすぎる。息を整えるのと同時に気持ちもふっと落ち着いていく気がする。焦ってはきっとうまくいかないだろう、タオルで汗を拭いながらお茶を購入したのなら、ふと耳によく馴染みのある声にまるで反射のように反応して。)玲…、そうか氷月も、もう帰ったのかと思ったんだが。ああ、少しでいいから納得のいくものになるように、と思ってな。……?玲はもう着替え、(着替えているのだから、そう告げようとしたけれど言葉を飲み込んで小さく笑みを浮かべよう。どうやら今彼の顔を見れたことが予想以上に疲れを癒しているようで、焦りや不安ごとどこかに流してくれたようなそんな感覚。全く、彼が居なくなったらいったいどうなってしまうのだろうか、なんて。)…次のライブで披露する予定なんだが、なかなかできないパフォーマンスがあるんだ。それも一緒に、見てもらえないか?(こんなお願いが言えるのは甘えられるのは、彼だけ。それに、彼とのレッスンが出来るなんてなかなかにない機会なのだから、)そうだな、まだ梅雨が明ける発表もされないだろう。いい加減カビでも生えてきそうだが……、雨、か。…いや、きらいじゃない。(ちらりと彼の方を見たのなら目元を細め笑みを浮かべようか。きっと彼と同じ事を考えているだろうから、同じものを大切にしていると思うから。―もう1本新しく購入したお茶を彼に手渡したのなら肩を並べて戻るのか。貴重な時間に、嬉しさを感じながら今だけは雨音ではなく彼の声にしっかり耳を傾けようと。―それからレッスンを行い彼と話をしながら、納得の出来になる頃には雨音も強くなりつき合わせてしまった彼に謝る氷鷹の姿は、彼にしか見られない事だろう。)
HOME