麦 皆本金吾





素直になれないお姉ちゃん 泣き虫弟

01

おかえりなさいませ、金吾坊ちゃま。……楽しかったですか?


(夏の日、長い休暇の時期が近付くにつれて彼女が人待ち顔になるのは皆本のお屋敷ではよくよく知られた話である。母に彼からの手紙がなかったか聞いては苦笑され、父に今日は何日か聞いては宥められ、果ては主君である武衛にまで今回は帰られないんですか、と問うては「お前は本当に金吾が好きだなあ」、と呆れられる始末。だって、ずっと一緒に育ってきた彼がようやく帰ってくる日となれば楽しみで仕方がないのは当然のことではないだろうか。可愛い弟とも思っている――ただしその愛情がちょっぴり行き過ぎてしばしば泣かせる――彼ならば尚の事。そんな毎日の中、不意に開いた門扉。彼だろうかとこっそり顔を出して、どうやら本当に彼だったらしい。あれは友人だろうか。友達を連れて里帰りだなんて、彼も随分出世した物だ。あの泣き虫金吾が、なんて考えて、素知らぬ顔で日常を過ごした。だって、出迎えに走っていくようでは自分が寂しかったのだと言っているようなものじゃないかと、意地っ張り。)…あら、金吾?(だから廊下で偶然という風を装って彼に声をかける。昔のような姉めいた呼び捨て方で。)帰っていたんですね、お帰りなさい。忍術学園ではどうでしたか?(いつも通りのにこやかさで首をかしげて彼の近況を問う。どうやら門扉で見かけた彼は同室の友人で、その彼の出身もこちらの方らしい。まあ確かに、近畿の方の面々がこちらまで彼の家に行くためだけに来るというのも大変だろう。)長の移動、お疲れ様です、金吾坊ちゃま。折角の家なんですから、どうかゆっくりして行ってくださいね。あんまりとんぼ返りをされると、さみしいので……勿論、私じゃなくてうちの母さんが。あ、もう挨拶には行きましたか?まだなら一緒に行ってあげましょうか。何、気にしないでください、坊ちゃまがひとりで母さんに挨拶に行けない照れ屋さんだなんてことは、内緒にしておいて差し上げますとも。(――危ない危ない、思わず本音が出そうになって、自然な形で誤魔化した。その上畳みかけるようにいつもの意地悪を口にするのだから、彼に向ける態度はどうにもいつもと変りなく、もう少し大人になれとはいつも言われることではあるのだけど、素直になれない性分だった。それに、いつもいつも、長く留守にするんだから。内緒、と笑って唇に手を添えて、「今回はどのくらいこちらに?」と予定を聞きながら、久しぶりの楽しさを存分に享受しよう。――でも、これは六年続くらしい。ならやっぱり、いっそ……?)

ただいま、麦姉!うん、毎日色んな事があって楽しいよ。

 

(長い休暇に入る前、各々実家へ帰る計画を立てたりと楽し気な会話が続いている。皆実家に帰るのかー、そんな事を考えながら思い悩む。長期休暇の際はよく剣術修行のために剣術の師範である先生のもとに居候し過ごすことも少なくない。さて、今回はどうしよう。思案していればふと、目の前には同室の彼がにこやかに「ぼくも帰るよ〜きんごはど〜お?」小首を傾げながら聞いてくるのだからこちらも思わず笑顔になってしまうのだ。)うん、ぼくも今回は帰ろうかな。そろそろちゃんと帰らないと麦姉に怒られちゃうよ(冗談めかしてそう告げたなら、彼は嬉しそうに、じゃあ一緒にいこうね!と約束を交わして。そうと決まれば屋敷に今度の長期休暇の際帰る旨を綴った文を送ろうか。帰ったらどんな話を披露しよう。この学園は、このクラスは居心地がよくて楽しい出来事がよく起こる。そうだ!ゆっくり順番に話していこう、少しでも強くなったのなら褒めてくれるかな、お姉ちゃんはぼくの楽しかったことを共有してくれるかな、――そうこうしている内にあっという間に長期休暇が始まり、楽しいは組の仲間たちと一旦お別れをして同室の彼と共に家への道を行くのだ。時折休みを挟みながらやっとの思いでたどり着いた屋敷に、共に来た彼とともに「ついたね〜」と笑いあって門扉に手をかけて、―ただいま帰りました!―帰ってきたことをまず父に報告をしまた後でお話をと、同室の彼にも挨拶を。しばらく屋敷内を歩きながら、「ぼくそろそろ行くね〜また帰るときよるよ」と話になり彼を見送ったのなら、今度は乳母にそして姉に挨拶をと歩いていれば廊下にて偶然巡り合えた相手に嬉しそうに笑って、)麦姉、ただいま!うん、ちょっと前に帰ってきたんだ!さっきまで同室の喜三太と一緒に居たんだけど今帰ったよ。(それから、彼の出身の事やナメクジさんの事、楽しい友達のことを知ってもらおうと一生懸命に話すのだけれど彼の魅力は伝わっただろうか。それから学園であった出来事、尊敬している剣術の師範の話、積もり積もっていた話がいっぱいあったようだ。)うん、ありがとう。ゆっくりするつもり。話したいことがいっぱいあるんだ!…へ、?…あ、ああ今からご挨拶に行こうと思ってたんだ。お体変わりないかな……っ!て、ぼくひとりでも挨拶に行けるよ!もう、なんで麦姉そんなこと言うのさ!(むうっといかにも不機嫌な表情を隠そうとせず向けるのだけれど小さな頃から行われるこのやり取りに、慣れさえ感じてしまう。そんな慣れもなんて暖かく愛しいものだろう。そうひとりでも行ける、けど、でも、袖口をそっと掴んで俯き加減で「一緒にきてくれる?」なんて問いかけるのか。受け入れられなければ一度拒否してしまったのは自分なのだからひとりでご挨拶に行くのだけれど、もしも受け入れてくれたのなら謝辞を述べ笑顔を浮かべるはずで。ご挨拶に行くまでの廊下ではまだまだ話したりない話を彼女に披露するつもりだ。「今回は一週間と少し居る位かな。帰りは喜三太が来るから喜三太次第なところがあるけど。」と予定を思い返して質問に答えて、彼女との楽しい時間を今は大切にしようと。それから乳母様にご挨拶を済ませたのなら、「麦姉!まだ時間ある?ぼくの剣術みてほしいんだ!」と声を掛けるのだけれど、さて―彼女の目論見など、気付くはずもなくて、)