間藤愛佳 観音坂独歩





思春期真っ盛り高校生 社畜リーマン

01

観音坂さんって、もしかして『社畜』ってやつ?


(制服を脱いで、大人びた化粧をする。それでも百戦錬磨の見廻り警官には高校生であることを容易く見抜かれるらしい。シンジュクの繁華街を遊び仲間と彷徨く週末は見廻りの数も平日と段違い、その目を掻い潜って遊び、時には逃げるのもなかなか骨が折れた。それでも終電間近まで遊んだ後は友人宅への外泊を断り、ゲームセンターの戦利品である巨大なぬいぐるみを両腕に抱えながら駅の改札を通る。駅員の訝しげな目に気づいても、堂々としていれば成人に見えるはずだと胸を張って、ホームへ続く階段を一段飛ばしで登った。)よっ、(かたん。ショートブーツのヒールを鳴らして着地する。ひと気もなく静まり返ったホームはすこし不気味だけれど、シンジュクの喧騒を遠くに感じるのは心地がよい。そんなことを考えながら数歩進んだ先、そのまた数歩先に設置されたベンチの人影を見て停止。こうべを垂れ、微動だにしないそのひとに些か不安を覚えた。)いきてる?(──それとも。遠くからでは知れぬ現状に近寄り確認すれば、肩が上下するのが見えたから大丈夫。生きている。心中でひそやかに胸を撫で下ろし彼の隣にぬいぐるみを座らせた後、彼のつむじをツンとつついた。)おにいさん、酔っぱらい?だめだよ〜〜、こんなところで寝たら親父狩りにあっちゃう。……あ、親父って年齢じゃないかな。でも、このへんが物騒なことに変わりはないからね〜、ここにきたのがわたしでよかったね。(善良な一般市民ですよ、と主張する口振りは冗談めかしたものだが事実。一旦ぬいぐるみを持ち上げてベンチに腰を下ろし、それを再び抱きかかえて終電を待つ。その間。)こんな時間まで残業?それとも飲み会?あ、でも残業だったらすっごいブラック企業じゃん。社会人って大変だね〜、転職とか考えない?(初対面であることは忘れていないが、初対面であるからこそぐいぐいと聞いていく。「おにいさんいくつ?」「ねえねえ彼女いるの?」「いないならわたしなってあげよっか?あ、でも彼氏いるから無理だった」──無遠慮で失礼な語り口はとどまることを知らない。電車が来るまで続くと思われた駄弁は、スマートフォンに届いたラインにより一旦休止。『やっぱ今日泊まりに来ない〜?さっきのコンビニで待ってるね』という二度目の誘いを、一度は断りながら『しょうがないな〜!やっぱ泊まり行く!すぐ行く!』今度は了承する。彼と(ほぼ一方的にだけれど)話して楽しくなってしまったから、眠気が飛んでいってしまった。そんな単純な理由で。)ね、おにいさん。これあげる!(ぐいぐい、と押しつけたのは先程まで抱えていたぬいぐるみ。その黄色い熊の頭を撫でながら、)これかわいいでしょ〜、友達が取ってくれたの。でもおにいさんにあげちゃう。わたしだと思って一緒に寝てくれてもいーよv――ってのはまあ冗談なんだけど。(最後の最後まで一方的に距離を詰めた末、ホームに滑り込んできた終電に乗った彼を「ばいばーい、またね!」と手を振って見送るまでが本日の一幕。今日は偶然この近くで遊んでいたけれど、ここは自宅の最寄駅でも学校の最寄駅でもない。ぬいぐるみを託した彼と二度と会うことはないかもしれないけれど、シンジュクで仕事を頑張っているらしい彼に心の中でひそかにエールを送っておこう。踵を返し、改札までの階段を下る。ミモレ丈のスカートを翻し待ち合わせ場所まで駆ける間藤は、彼にはいくつに見えただろう。コンビニから友人宅までまた見廻りを掻い潜る女子高生の、シンジュクの夜のはなしだった。)

へ?そ、そんな事ないですよ〜?…あー…初対面の女性に言われるとキツイものが…。

 

お…終わった……ていうか、俺は週末に一体何をしてるんだ…あああぁ、明るかった外がいつの間にか真っ暗だし…(ぶつぶつと小言を呟きつつぐたーっと体を伸ばすかのようにイスの背もたれに背中を預ける顔はまるで魂が抜けたようなそれに違いない。眉間辺りに手を置いたのなら、パソコンに向けていた目をほぐす様に軽く揉んでちらりと時計を確認する。どうやらまだ終電には間に合いそうだ、寧ろいつもより少し早めに帰れるのでは…?と感覚が麻痺した頭で考えながら安堵の息が漏れてしまう。早く帰ってシャワー浴びてそういえばお腹も減ってるような…なんてぼんやりと考えながら帰り支度を行おう。支度を終えたならふらふらとした足取りで駅へと向かうのだけれど、不健康そうな風貌の男がふらふらと駅の改札へと入っていく姿に駅員は案の定気にした様子で居るから思わず苦笑いを浮かべてしまう。軽く頭を下げたのなら、階段を登って電子掲示板へと目を向け時間を確認。どうやら終電までにはまだ少し時間があるようで近くにあったベンチに重たい腰を下ろしたのなら、ふう…と息を吐いた。仕事場でない外の空気が心地よくて思わず安堵の息が漏れてしまうのは仕方のない事だろう。時計を確認して再度終電までの時間を見たのなら襲い掛かってくるのは仕事を終えた安堵感と単純な疲れから来る眠気。うと、うと……気が付いたら視界は暗く―、暗く―――、)……っ、は?!(つつかれた感覚に思わず顔を勢いよく上げ辺りを見渡しては、その原因といえる少女―否女性だろうか?彼女の顔を見る前に自分の隣に座っている巨大なぬいぐるみに目が入ってしまったのだけれどその姿を確認してぱちりぱちり。驚きで大きく見開いた目を数度瞬かせたのなら、戸惑いつつも「あ、す、すみませんでした…ありがとうございます。」と謝罪の言葉と起こしてくれた事への感謝の言葉を伝えようか。再度ちらりと時計を確認して、終電の時間を過ぎていなかった事に軽く安堵し「おかげで、オヤジ狩りに遭うことも無く終電にも無事に乗れそうです…。」胸を撫でおろしながら次いで言葉に出そう。ベンチに腰を下ろした彼女を横目に抱きかかえられたぬいぐるみの大きさに改めて驚きながらもその行動を見守ったのなら、)…は、…あー、まぁ…ブラック…やっぱり他所から見るとブラックに見えるのかな…(―まるで遠慮のない彼女の口から出る言葉の数々に思わずぴくりと引くついてしまう口元は仕事場でないからかはたまた疲れからか、隠すことをせずに披露することになるだろう。普段ならば取り繕うそれも、初対面だからかもしかしたらこれっきりかもしれないこの出会いだからか。「え…あの彼女って…っいやあの……、はああ、なんっ…、なってほしかった、とかじゃないけど…!」――ああ、振り回されている。いい歳して外見から若いだろうと推測される女性にからかわれている。遠い目をして空を見つめたのなら、ぴたりと止まった会話に不思議に思い一度彼女の様子を見てみるとスマートフォンを覗いているようで。飽きてくれたのかそれとも自分の態度に怒らせてしまったのかと何故か不安にも思えてしまってそわそわとしてしまうのは自分の短所と言えるのだろうか。―いや、考えすぎだな…振り回されすぎだ…。ふぅ、と何度目かわからないため息を吐いたのなら、ふっと突然視界に現れたのは黄色。驚きから目を見開き思わず肩を揺らしてしまったのだけれど彼女は気付いただろうか。一度ぱちり、と瞬きをしてこの状況を言葉を理解しては押し付けられているそれに手を添えて。)いや、かわいい…んだろうけど。要りませんって……っば!寝ません!!(顔を赤らめ思ってたよりも大きな声が出てしまった。こんな可愛らしいぬいぐるみ成人をとうに超えてしまっている男が持つのは如何なものかという複雑な気持ちと、結局最後の最後までからかわれたのだけれど、もういいか…なんて半ば諦めていればホームについた終電。諦めついでに持って帰ることを決めた何の罪のない可愛らしいぬいぐるみと共に電車へ乗り込んだのなら、乗る気配のない彼女に一度首を傾げるも先ほどのスマートフォンの事を思い出しなんとなしに察して。手を振る彼女に少し頭を下げて「どーも。夜遅いから気を付けて」と告げよう。口許はどこかゆるりと楽しげに上げながら―。人が斑な電車、それでもこそこそと見られているのは気のせいかどうか…空席が目立つそこに腰かけて大きなぬいぐるみも隣に座らせたのなら、何だか本当にあの年齢も分からぬ元気な子がいるような   なんて、冗談を胸にうつらうつら…まるで夢のような一瞬のあの時間にまた仕事頑張ろうと思えてしまう自分の単純さに情けなく感じつつぬいぐるみと共に電車へ揺られようか―。)