月の無い闇夜。十三階建てのビルの屋上に仁王立ちした殺し屋の美しき女頭領―――雛は、葉巻をくゆらせながら手元の写真を一瞥した。
フシギバナのギナ。職業は外科医兼薬剤師。特徴は紅梅色のリボンで束ねた緑髪のポニーテール、切れ長の赤目、左目元の泣きぼくろ、花緑青の和装。今宵の標的の男である。普段は雛自ら出向くことは滅多にないのだが、最近仕事が少なかったため暇潰しと肩慣らしを兼ねて出陣したのだった。
写真の男の整った顔に葉巻の火を押し付けて焼き払い、フンと鼻を鳴らして眼下を見下ろす。夜目の利かない鳥ポケモンの中でも「夜を招く者」の異名を持つドンカラスである彼女は、例え暗闇でもその飛び抜けた視力を存分に発揮することが出来た。
視線の先で写真と寸分違わぬ格好の男が優雅な足取りで歩いている。これから死ぬとも知らずに呑気なものだ、と内心嘲笑いながらライフルを構えた。
「エアカッター」
低く呟いた瞬間、銃口から風の弾丸が音も無く放たれる。相手は草・毒タイプ。悪・飛行タイプの雛の恰好の餌食である。
夜の帳を飛翔するエアカッターが男の心臓を呆気なく貫いた瞬間―――その姿は陽炎のように溶けて消えてしまった。
「……なに?」
不可解な出来事に形の良い眉を寄せる。今しがた標的の死を確かにこの目で見たはずだ。しかし死体どころか血飛沫すら見当たらない。状況を整理し、理解するために思考をフル回転させる。
「どうだい俺の身代わりは。よく出来ているだろう?」
突如背後から聞こえたたおやかな声音の主に振り向きざまに悪の波動を放った。熟練の殺し屋としての本能が「こいつはヤバい」と警鐘を鳴らしている。
「ラブレター代わりに悪の波動とは随分苛烈なキティだな。気の強い女性は好みだ。というかすべての女性がストライクゾーンだ。……それにしても、気高き悪の華すら惑わしてしまう己の美貌に敬服するよ」
先程仕留めたはずの男―――ギナが目の前で緑色のシールドに覆われて薄く微笑んでいる。一撃で仕留め損ねたこと、咄嗟だったとはいえ得意技を容易く防がれたことに加え、癪に障る戯れ言に苛立った雛は柳眉を逆立てて舌打ちした。
「君のような美しい貴婦人に殺されるなど願ってもないことだが、残念ながら先約があってね。悪いが俺の心臓(ハート)は諦めてくれたまえ」
素知らぬ顔で大仰に肩を竦めるギナの言葉が終わらないうちにブレイブバードを放った雛は、標的の首をはね飛ばす直前で急停止した。コンマ一秒後、猛スピードで飛んできた闇色の球体が鼻先を掠める。
「駄目だよお姉さん。そいつに死なれたらおじさん困っちゃうよ」
おっとりした声とともに闇の中からゆらりと藤紫の髪の男が現れた。重なる想定外の出来事に再び舌打ちする。苛立ちを募らせる雛をよそに、ギナは彼の登場に驚いた様子もなく陽気に声をかけた。
「遅かったなゴーシュ。殺されるところだったぞ」
「面白いジョークだね。君は簡単に死なないし、死なせるわけがないじゃない」
ゴーシュと呼ばれた男は柔和な笑みこそ浮かべているが、血のように赤い双眸は殺気と闘気で爛々と燃えている。故意に命を奪った経験のある者だけが持つ特有の空気を感じ取り、得心がいった雛は頷いた。
「成程。貴様、同業者か」
「ちょっと違うけど殺しは殺しか。随分前に辞めたんだけどね。やっぱり解っちゃうんだ」
雛は苦笑いしながら頬を掻くゴーシュを鼻で笑い、紫煙を吐き出した。
「白々しい。血の匂いこそ薄れているが、その瞳に宿る殺意は手練の殺し屋に匹敵するものだ。長年殺したい奴がいるんだろう」
さしずめそこのフシギバナといったところか、とギナを顎で示すと、ゴーシュは目を丸くして愉快そうに肩を揺らした。
「そこまでバレちゃうのか。おじさんそんなにわかりやすい?それとも君が鋭いのかな」
「両方だ」
「そっかあ。……お姉さん、いいね。久々に楽しめそうだ」
ゴーシュは新しい玩具を見つけた幼子のように無邪気な笑顔を浮かべ、より濃厚な殺意を纏った。久しく出会わなかった強敵に雛の唇は自然と弧を描く。
「貴様らの因縁など知らんが、そのフシギバナは私の獲物だ。一度でも狙った奴は必ず殺す。邪魔する奴も殺す」
「おじさんも君のお仕事を邪魔する気はないけど、ギナを殺すのだけは譲れないな」
ライフルから持ち替えた両手のハンドガンを二人の男の心臓に向ける。ゴーシュも応じるように右腕を闇色のオーラで包み込み、禍々しい爪を象った。彼がギナに向ける殺意は異常なまでの執着が混じっていたが、雛にとってはどうでもいい些事だった。
「ふう……。また一つ争いを生んでしまうとは、相変わらず俺の美しさは罪だな。キティ、うちの乱暴者がすまない。これが済んだらお茶でも如何かな?近くにロズレイティーが美味い店があるんだ」
「その不愉快な口を閉じろ、色狂いめ。こいつを始末したらお望み通りなぶり殺してやる」
渦中の人でありながら蚊帳の外に置かれているギナの場違いな口説き文句に殺意を篭めた鋭い眼光で返す。涼しい顔で「照れ屋さんだな」と肩を竦めた彼は二人から距離を取り、光の壁で自分を覆った。高みの見物を決め込むつもりらしい。あまつさえこの状況を面白がっているのか、笑みすら浮かべている。
「ゴーシュ、暴れるのは君の勝手だが、キティの美しい顔や柔肌に傷をつけたらただでは済まさんぞ」
「それは出来ない相談だな。このお姉さん、とても強いから。殺さないのが精一杯だよ」
雛を捉えた血色の双眸は狂気的にギラつき、吊り上がった口が凶悪な三日月をつくる。先程の穏やかな雰囲気など微塵もない人殺しの顔だった。雛は己が血潮が滾っているのを感じた。
「俺、ちょっとややこしい約束があるから殺しは駄目なんだ。善処するけど頑張って殺されないでね」
「フン、ゴーストタイプ如きが図に乗るな。貴様こそすぐに死んでくれるなよ。退屈させたら殺すぞ」
殺意と愉悦を宿した二対のルビーが交錯する。
誰もが寝静まった夜の街に、乾いた銃声が静かに響き渡った。
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ふぉるてさんから頂いた小説です。ま、まさか雛の話を見ることが出来る日が来るなんて…!?自信に満ち満ちた感じがあまりにも雛で大変興奮しました。雛は色んな武器使える(設定)ので、ライフルとハンドガンが出てきてニコニコしてます!ギナさん、ゴーシュさんとバチバチしている感じもめちゃめちゃ最高です!この度は、素敵なお話をありがとうございました!!