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時刻は二十二時。爆破まで残り三十分。本当に時間が無い。
操舵室では現在、船長、副船長、その他数人のスタッフが眠らされていた状態から覚醒し、対応に追われている。
どうやらこの船は、大悪党に掴まされたらしい。
それが分かったのはつい先刻のことで、それを伝えに来た傷だらけのウォーグルは今、船員から傷の手当てを受けている。
「海上警察から応答あり! 至急こちらへ応援が向かうとのこと!」
「今からでは遅いぞ! 爆破の時間に間に合わない!」
「エンジンルームからの応答はまだか!?」
「ありません! 我々と同じく、眠らされているのかと……!」
カクタス号の船長は、拳を強く握り締めた。爪が食い込み、手袋越しでもはっきりと痛みを感じた。
せめて痛みで頭を明瞭にしたい。
何ができる。何ができる。今、この時、何が最善か。
考えろ。考えろ。この人生で培ってきたものの全てを、ここに集積しろ。
でないとこの船に乗る者は皆、死んでしまう。
ぐ、と強く閉じる目の奥に、暗闇が広がる窓から飛び込んで来た、傷だらけのウォーグルの姿が浮かんだ。
「……」
迷っている暇はない。船長はぐんぐんとウォーグルの元へ歩を進めると、船長帽を脱ぎ取り膝を折った。
「頼む……! 頼む、ウォーグル……! 私達の……私の頼みを、聞いてくれないだろうか……!」
「……」
船長として、この非常事態に乗客に事を頼むなど、到底あってはならない。あり得ないことだ。
しかし今、乗組員の仲間との連絡が断たれ、自身等のポケモンもどこかへ連れて行かれてしまった。
震えながらも手を付く船長に、ウォーグルは顔を上げて応える。
「何を今更。さあ、時間が無い。俺は何をすればいい? 教えてくれ」
こくこくと頷いて見せると、船長は唇を噛み締め敬礼し、急いで何かを持って来た。
それは、船内地図だった。
リョウが持っていたものより詳細な幾枚にも及ぶ地図に、船長はペンで一点に円を描いた。
「ここがエンジンルーム。船の心臓部だ。私達はここに爆弾を仕掛けられていると踏んだ」
更にペンで線を引く。移動ルートだ。
「ここから船体に沿って飛んでくれ。出来れば右舷からが良い。船の中央と機関室の端には隔壁があって君にはまずここを目指してもらいたい。そこでまず、中央付近にある船員室に入るんだ。この船の船員室の窓は船全体から見て一番下にある。丸くて小さい。大体ここが中央だと思ったらどこかの船員室の窓を突き破って入ってくれ」
船長は話を続ける。
「廊下に出たら自分の居場所をこの地図で確認してくれ。船体中央へはこのルートが最短だ。機関室は前端も後端も扉はあるが、そこまで行く時間が惜しい。遠慮なく壁をぶち破ってくれ。機関室には何も使用していないコファダムという空き空間があるから、エンジンに傷を付けることは無いだろう」
一息に説明する船長の額に、汗が滲む。
兵太は思った。
今、俺は一人の男に人生を賭けられていると。
「あとは、問題の爆弾なんだが……」
息を詰まらせる船長が全てを言い切る前に、ウォーグルは身を上げた。
治癒に当たっていた船員が、うわあと腰を抜かす。
「まかせな船長」
羽根を広げ、フライト可能か五感で確かめる。
「男の約束だ。あんたの船、そう簡単に沈ませやしないぜ」
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