第一章(8/11)


「極大ホームランだったねぇ!」

「うるせー!!」

船内に設営されているフードコート『きゃもめのとまりぎ』。
様々なイベントを終えたトレーナーやポケモン達が休憩や食事のために、ここを訪れている。
その一角、窓際にある六人掛けのソファテーブルを陣取る、四つの人影。
先程から極めて大きな声を上げているのは、二匹の人型をとったポケモン達だった。

「大体、場外判定狙ったとしても……、海の上までぶっとばすことねぇだろ!? 溺れるぞ、俺!!」

「だってー! あんなに飛んでくとは思わなかったんだもん!」

「だもん、じゃねー!! ていうかお前、観覧席で会った奴だろ! 俺と対戦すること、知ってたんだな!?」

「知らないよ!! でもチケットにブロックも対戦番号も書いてあったじゃん! どこかで当たるかなーぐらいは、考えてたけどさぁ!」

「だったら俺にも教えてくれたっていいじゃねぇか!」

「チケット落とす方が悪いんだよぉーだ!」

「新、うるさいよ」

「陽も。……あと、チケット落としたって、何?」

「……」

「……」

熱のこもった討論をする二匹に、互いのトレーナーが制止の声を掛ける。
トレーナーの一人、ゆのは、ティーカップを静かに置くと、ミツキの方へ向き直す。

「でも、本当にごめんね。あの後、陽くん大丈夫だった?」

「え、あ、いいのよ。気にしないで……! 陽もほら、あれから無事に帰ってきたんだし、もういいでしょう?」

「ううー……」

腕を組み、口をとがらせて唸る陽に対し、ミツキはもう、と溜め息を吐いた。
結局、陽は新のドラゴンテールの攻撃を直に喰らい、場外―――否、船外へと吹き飛ばされた。
ヘルパーのペリッパーにより溺水は免れたものの、当の本人は飛ばされた衝撃と負けた悔しさとで、未だ冷静では居られない様子である。

「新、あのとき力入りすぎてたから」

「うん、ついねー!」

「次の試合では、気が抜けちゃってたけどね」

「えへへー」

ゆのの言葉に新は困った様に笑い、頭を掻いた。
Aブロック、第四戦目の勝者であるゆの達は、次の第五戦目に進出したのだが、熱戦の末あえなく敗北。
そんなゆの達の試合を見届け、そのままバトル会場を後にしようとしたミツキ達だったが、一人、声を掛けたい者が居ると言い出した男が居た。
兵太だった。

「ゆのちゃあぁぁん……!」

「あ、帰ってきた」

絆優。
そうゆのが呼んだのと、駆けて来た少女がぽすん、ゆのの膝にと覆いかぶさったのは、ほぼ同時だった。

「いやあ、逃げられちまった」

「兵太さん…」

ぽりぽりと頭を掻きながらこちらへ寄る兵太。
そしてゆのの膝にうずくまる絆優の様子を見比べて、ミツキは思わず苦笑した。
ゆの達のバトルの後、兵太が声を掛けたいと言った相手は彼女。絆優だった。

「あの翼の打ち方、少々手ほどきが必要とみた」

彼はそう言うと、そそくさと観戦席を立ち、一人ゆの達の元へ行ってしまったのである。
フキヨセジムのジムリーダー、フウロの手持ちポケモンはどうやら、彼女にバトルの指南をしたかったらしい。
しかしその手ほどきとやらが始まって、早数十分。
現在の二人の様子からして、そう上手くはいかなかったのだろう。
絆優の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
人間の姿をした彼女はなんと、十代半ばの小さな女の子だったのだ。無理もないだろう。

「いやしかし、なかなかいい筋をしているぞ絆優嬢。あとは降下する時の、翼の角度をだな…」

「ふええぇぇぇ…っ、もういやですうぅ……!」

顔を青くしてゆのにしがみつく絆優。
それを見て豪快に笑う兵太を咎められる者は、ここには居ない。

「あれあれぇ〜、もう帰って来ちゃったのぉ?」

「えー、どうしたの? ないてるの?」

そこへ現れたのは、先程の試合で共に戦った、ジュペッタの二匹。黎明と智秋である。
その腕に抱えたトレイの上には、これでもかというほど大量のハンバーガーとジュース、フライドポテトやチキンナゲットが乗っている。

「おかえりー……って、ちょっと多すぎない?」

「智秋くん、これ何人分あるの?」

ゆのとミツキが尋ねる。

「だいたい、じゅうにんぶんあるよ」

「じゅ、十人分?」

「……どうして十人分も?」

「うん。はちにんって、だいたいじゅうにんだよねっておはなししてたの。でもおなかぺこぺこだったから、じゅうにんぶんより、もっといっぱいかっちゃった。ね、れいめいくん」

「ねっ、智秋っ」

「……」

「……」

ゆのとミツキは絶句していたが、それに対し二匹のジュペッタ達はとても楽しそうである。
更にゆのとミツキの両隣に座っていた各々のポケモン達もーーーー絆優までもが、そのジャンクフードの量に目をキラキラと輝かせていたのだから、驚きである。

「おれ、ナゲットゲーーーット!」

「あっ、ずりぃぞ新!!」

「へっへーん、こういうのは早いもの勝ちなんだよー!」

「買って来たのはボク達なんだけどぉ〜?」

「そーだそーだ!」

「十人分以上あるんだ。絆優嬢、バーガー三つぐらいもらっておきなさい。まずは身体作りからだ」

「わわわ、私、そんなに食べませんし…!?」

「えぇ〜。絆優チャン、そんなに食べちゃうのぉ〜?」

「ひいぃっ」

「兵太に目ぇ付けられるとはなぁ……。絆優、ドンマイ!」

「ぴゃぁぁ…!」

兵太の特訓を受け、彼等の中で一番体力を消耗しお腹も空いている絆優に対し、この扱いはあまりにも酷ではなかろうか。
他のポケモン達は早速自分の食べ物にありついているというのに、彼女は未だ食べ物に手を付けることさえ出来ていない。
彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
そんな絆優を見ながら、ゆのがぽつりと呟いた。

「あー…、まおまおが見たら、なんて言うんだろ……」

「……まおまお?」

聞き慣れない固有名詞に、ミツキは疑問符を浮かべた。

「あー、うん。真想(まお)っていう、うちのルカリオ」

「えっ。ゆのちゃんって、まだ他にポケモンが居るの?」

「そうだよー。今は六匹居るかな」

その応えに、ミツキは思わず目を丸くした。
ゆの曰く、彼女が現在所持しているポケモンは全部で六匹。
この船内に持ち込めるポケモンは三匹のため、他の三匹はヒウンシティで留守番中らしい。
先程名前が挙がった、ルカリオの真想。エネコの瞳(あきら)、そして、ペンドラーの夢来(むくる)。
そこまで多数のポケモンを保持したことのないミツキには、想像も出来なかった。

「凄いね、ゆのちゃん…」

「そうかな?」

フライドポテトをつまみながら、首を傾げるゆの。
ポケモンを多数所持していること、メンバーを纏め上げることに関して、そこまで苦労しているとは本人自身、思ってはいないのだろう。
実のところ、その役割は彼女のパートナーであるポケモンが一匹、汗水垂らして背負っている訳なのだが…………。
それを知っている者は、誰一人として居らず、そのポケモンも、この場には居ない。

「わぁーっ、ちきんがとんでいったよー!」

賑やかな船上で、なお際立つこの一角。
二人の若いトレーナーは溜め息を吐きながらも、互いに遅めの昼食を楽しんだ。

遠くへ入道雲を携えた蒼穹の下、カクタス号は海上を快く進んでゆき、やがて太陽は、西の海へ沈もうかという時刻に達していた。


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