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11.雨垂れ
随分長く雨が続くな、と梅雨らしい空模様を眺めながら自室へ続く廊下を歩いているとき、ふと中庭に転がった石が目に入った。ちょうど雨どいの下にあったその石にポタ、ポタ、と雨垂れが降り注いでいる。
そう言えばそんなことわざがあった。そう思いつつ雨に打たれる石から目を離せないでいると、その肩をぽんと叩く人がいた。
「万里くん?」
「……っ! んだよ、ビックリさせんなよ」
「ご、ごめん。そんなに驚くと思わなくて」
肩を叩かれただけ。それなのに過剰に反応してしまったのには理由があった。
つい先日この女は自分のことを振った。そんな苦い記憶は引っ張り出すまでもなくいつも自分の喉元近くで暴れていた。その苦みの元であるいづみの方から触れられたのだから驚くのも無理ねーだろ、と内心毒づきながらも万里は平静を装う。
「んで? 何か用かよ」
「ううん、ずっと外見てるからなにかあったのかなって」
そんな言葉にまた苦々しい思いが湧いてくる。
ずっと外を見てるって何で知ってんだよ。そんなの「ずっと外見てる俺をずっと見てた」としか取れねーんだけど。
万里には、いづみにもその気があるのはとっくにわかっていた。加えて、今告白したところで受けて貰えないことも。事実、彼女は万里を拒絶して「自分が監督だから」だとか「大人と子どもじゃ」とか「今だけだよ」とか、想定内の理由を並べ立てた。
そこまで想定していたのに思いを伝えてしまったのは――。
「いや、そんなことわざもあったなぁって」
「ことわざ?」
首を傾げるいづみに、例の石を指で指し示す。
「雨垂れ石を穿つってヤツ?」
「あぁ! 本当だね、今の季節にぴったり」
「オレの性には合わねーけどな」
「そう? 毎日地道に稽古も自主練も頑張ってるじゃない。まさか大学まで演劇の勉強してくれるとは思わなかったけど」
「そりゃどーも」
褒められたことが照れ臭くて、しかしそれを表に出すのはガキ臭いから心の底に沈めた。そんなことよりも、本題は別にある。
雨に打たれ続けている石から視線を逸らさない。自身が置かれている状況はあれだ。気はあるくせに監督だの大人だの、それらしい理由で身を固める彼女に、地道にアプローチを重ねていた。プレゼントを買ってみたり、デートだと言って出掛けたり。
「……だけどさ、」
「うん?」
しかしどんなアプローチも決定打にはならなかった。彼女はあと一歩のところで持ち直してしまう。気持ちがあっても気力で体裁を保っていた。
「まー、地道にやるってモンの面白さはわかった上で、そんでも石に穴開けるために雨水垂らし続けるっつーのは要領悪すぎじゃね?」
何十年かかるんだよ。だいたい石がそこにあること前提じゃねーか。石ごと持ってかれたらどうすんだ。そう思ってしまえば、雨垂れが石を穿つことがあっても、石を穿つために雨垂れを垂らすことは最善だとは考えられない。
そんな万里にいづみは困ったように息を吐く。
「もー、物の例えだって」
「わかってるって。ただ俺が言いてーのは――」
ざあざあと降りやまない雨の中、雨音に紛れて響いたのは小さなリップ音。
してやられた、と顔を歪めるいづみに万里は好戦的な笑みを見せつけた。
「待つつもりはあるけど、地道に雨水垂らすほど大人しくもできねーぞって話」