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16.ストップ!(太いづ)
重い荷物を分け合いながら歩く買い出しの帰り。戯れに童謡を口ずさみながら夕方の風景を眺める。
「ゆーやけ小焼けで」
「日が暮れて〜」
「やぁまのお寺の」
「鐘が鳴る〜」
つるべ落としの夕日で赤く焼ける空、友達とまだ遊びたいと泣く子ども、そんな子どもに「晩ご飯は好物の○○だよ」と優しく母親が笑えば泣いていた子どもはすぐに岐路へ駆け出す。そんな和やかな景色に、太一に明るい歌声は意外にもよく馴染んでいた。
それが楽しくて交互に歌っていた童謡だったが、次のいづみの番になった途端、その音が止んでしまった。
「え、えーっと……?」
「ん? どうしたの、監督先生」
「続きってどんなだったっけ?」
小さなころに歌ったっきりのメロディーも、それに連なる歌詞もすっかり記憶から消えてしまっていたのだ。
「最後はカラスが鳴くから帰りましょう、だったのは覚えてるんだけど……」
「そこまで覚えてるのに!?」
「ううっ、だって今となっては歌うことないじゃない。そう言う太一くんは覚えてるの?」
眉を八の字に下げ太一を睨むいづみ。しかし太一には「もちろん」と得意げに笑った。
「下の子と今でもよく歌うッス」
「あぁ、なるほど……」
それは覚えていて当然か、と思った瞬間。バサッと何かが落ちる音がして、視界の端にジャガイモが転がるのが見えた。何事かと隣を見たときには太一の姿はない。代わりに、バタバタという足音と「ストップ!」という切羽詰まった声が前方から聞こえた。
見れば、太一は信号を見ていなかった二人の子どもを慌てて制止させていた。
「コラ! ダメだよ、ちゃんと信号見なきゃ。危ないよ?」
「ご、ごめんなさい……」
「ケガは? どこも痛くない?」
「う、うん……」
「それならよかった! いい? おしゃべりも楽しいけど、横断歩道を渡る前はちゃんと信号見るんだよ? 赤は止まれ。お兄ちゃんと約束できる?」
しゃがみ込んで子どもと目線を合わせて、約束すると言ってくれた子どもを「えらい!」と飛び切りの笑顔で褒めてあげる。くしゃくしゃに頭を撫でられた子どもはくすぐったそうに、それでも嬉しそうだった。そんなお兄ちゃん全開の太一の姿はなんだか新鮮で微笑ましい。
最後に「赤は止まれだからね」と赤ぽよくんのシールを渡して帰ることには、太一はすっかり子どもたちのヒーローになっていた。
「さすがだね太一くん!」
「え? そ、そうッスか? あ、でもジャガイモ転がしちゃって……」
「ぜんぜん問題ないよ! カレーは傷ついたジャガイモだって受け止めてくれるんだから」
「……これ、ポテトサラダ用って臣クン言ってたッス」
ちゃんと周りを見て、子どもが信号を見ていないことに気がついて、それを止めて叱って、でも最後はちゃんと笑顔にできる。圧倒的なお兄ちゃん力は心から尊敬できた。
「あんな風にお兄ちゃんできて、太一くんはすごいなぁ」
「えへへ、それほどでもないッス!」
えへんと胸を張る太一は先ほどまでの姿からは想像できないほど可愛らしく、そう例えば「自分に弟がいたら」と思ってしまえるほどには可愛かった。
「えらい!」
「ちょ、ちょっと! 監督先生!?」
だからつい、先ほどの太一を真似たくなった。よくできましたと褒めながら、その赤い髪の毛をくしゃくしゃに撫でまわす。
「えらいよ、本当にえらい!」
「監督先生、ホントに、ちょっと……す、ストップ!」
「こんないい子にはご褒美……」
「もー!! 監督先生ッ!」
腹の底から、といった様子の声が辺りに響いた。
さすがにやり過ぎた、といづみが手を引こうとする。しかしそれより早く太一はいづみの手首を掴んだ。グッと込められた力は、子どもに向けられた兄のような優しいものではない。振りほどけないそれは紛れもなく男性のものだ。
突然のことに目を白黒させるいづみをたしなめるように、太一が視線を下げてその顔を覗く。
「知らないッスか? 赤は『止まれ』ッスよ」
ほらおてて繋いで帰りましょ、と握られた手の力はとっくに緩んでいたのに、いづみはそれを振りほどくことができなかった。