100 titles



17.錆びた(ガイいづ)

 夏の日差しが肌に痛くて一時的にパラソルの下へ避難した。日焼け止めをこまめに塗らないと美肌警察こと莇に叱られてしまう、というのもある。
 焼けた砂浜に足を取られながら、大きなパラソルがいくつも刺さる一際賑やかなエリアを目指して駆けていく。団員のほとんどと海に来た、ということもあってなるべく多くの日避けが必要だと張り切って用意されたそれらは、ある種の花畑のような鮮やかさがあった。
 そんな視覚的に賑やかな場所なのだが、そこにいたのはたった一人。ガイが荷物番をしているだけだった。たくさんの荷物の前に座って、静かに海を眺めている。その姿も絵になるな、と思わず見とれていると、ガイもこちらに気づいたらしい。バチリと目が合って、ガイが眉を上げた。

「監督か、何かあったのか?」
「い、いえ。日焼け止め足そうかと思いまして」

 こちらを向くことでガイが羽織っているシャツがはためく。露わになった胸板が眩しい。着替えてすぐも見たはずなのに、夏の日差しを遮るパラソルの影がその光景を背徳的に見せるのか。
 直視するのが恥ずかしくて思わず視線を逸らして「他の皆さんは?」と尋ねる。するとたまたま買い物に行っていたり、トイレに行ったりしているらしい。偶然が重なって今こうして二人きりと言う状況が生まれたようだ。交替で荷物番を決めているから二人きりになれる確率はかなり低いはずだ。
 そう思ったところではたと気づく。そう言えばガイは一度も海に入っていない。最初から今までずっとパラソルの下にいるような気がする。

「ガイさんって海お嫌いです?」
「いや、そんなことはない。海釣りもよくするから好きな方だと思ってもらっていい」

 それならなぜ皆と泳がないのか、と思ったときある一つの可能性に行きついた。まさか、と思いつつ、それが事実なら何でもできるガイのイメージからかなりギャップがある。


――例えば、彼が泳げないのだとしたら?


 そんな可能性に気がついて、しかし口にしていいものかを悩んでいるとガイが「日焼け止めはよかったのか?」と尋ねてくる。
 突っ立っているわけにもいかないし、とガイの横に腰を下ろして日焼け止めのチューブを出せば、彼が背中側を塗ってくれると申し出てくれた。それが堪らなく恥ずかしいのにガイはいたって大真面目な顔をしているから、照れる自分の方がおかしいのだろうかと思ってしまう。心臓が異常な音を立てていることには目を瞑って、日焼け止めを差し出してみる。ガイはいつも通りのポーカーフェイスで、それがまたかえって心臓に悪かった。

「それでは、失礼する」

 ぬるりと日焼け止めが背中に塗りつけられる。大きな手が背中を何度も行き来する感触に息が止まりそうだった。
 しかし黙ったままだと心臓の音が伝わってしまいそうで、いづみはどうにかその音を誤魔化そうと口を開く。

「が、ガイさんって泳げないんですか!?」
「……? どうしてだ?」

 完全に失言だった。言うまいと思っていたはずのことが口から飛び出してしまった。そう思ったものの覆水は盆に返らないものだ。腹を括るしかない。

「失礼だったらごめんなさい……海がお好きな割りに泳ぎには行ってないみたいなので……」

 するとガイは「あぁ」と小さく呟いて、背中をなぞる手を止めた。

「そのことだが――錆びるからだ」
「さ、錆びる!?」

 思わぬ返答に振り返る。やはりガイは真面目な顔をしていた。

「正確には錆びると思っていた、だな。機械は塩水に弱いだろう?」
「あ、あぁ……なるほど」

 自身をアンドロイドだと思っていた頃の名残か。そう理解するとやはり申し訳ないことをしたような気がしてしまう。彼にとってはあまり明るい過去ではないはずだ。

「ごめんなさ……」
「冗談だ」
「……え?」
「錆びるというのは冗談だ。泳ぐのも問題ない。ザフラは海に囲まれている国だ。シトロニアに何かあったときのため、泳げなくてはならないと教え込まれた」

 そう言ってガイが表情を緩める。どうやらからかわれていたらしい。
 どうしてそんなことを、と視線で訴えかける。するとガイはより一層表情を柔らかくした。

「監督の表情の変化はいくら学習してもし足りない。それでつい、いろんな反応を検証したくなる」

 そのために海に入らず、砂浜からずっといづみのことを観察していた。日焼け止めを塗る申し出も観察欲から来たものらしい。
 そんなことを言う元アンドロイドを海水に沈めるべく、いづみは彼の手を取り走り出した。






花の壁