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22.こっち向いて(莇いづ)

 街中で見かけた口紅の色がネットで見た広告よりも鮮やかで、自分には似合わないし劇団のヤツらにも似合わないのに、どうしてか今すぐに欲しくなって気がつけば小遣いの残りも計算せずにレジに向かっていた。中学生の小遣いではなかなかの買い物ではあったが、それでもどうにも惹かれてしまったのだから仕方がない。
 小洒落た紙袋を引き下げながら寮へ帰れば、談話室がなんだか賑やかで、普段ならあれほど騒がしい談話室には近寄らないはずなのに今日はふらりと足を運んでしまった。不思議な吸引力が働いているようだった。

「あ、莇くんだ。おかえりなさい」

 一番初めにいづみが気がつき、それに続いてそのそばにいた幸と東が「おかえり」と口にする。それに応えるように「ただいま」と言えばいづみは生暖かく笑った。その温度がちょうどこの春の気温のようで、それなら今日買った桜色のリップが笑う唇によく似合いそうだと直感する。
 だからいづみに口紅を試させてほしい。そう思うのにいづみはこちらを向く間もないほど忙しそうだった。幸に春ファッションを叩き込まれながら、東に保湿を叩き込まれている。確かに春のゆらぎ肌には徹底的なケアが必要だ。それは大賛成だった。
 しかし挨拶をしたきりこちらを向かない彼女のことを憎く思ってしまう。自分の手元にある口紅は、春の揺らいだ肌を補えるくらいキレイな色をしていて彼女に似合う。そう思うのに彼女がこちらを向かないから試すことができない。
 それが悔しくて、気がつけばツカツカと彼女に歩み寄っていた。きょとんとした丸い瞳がこちらを見つめる。その瞼にはあの色が似合うな、今度買い足そう、とかそんなことを思ってしまった。

「莇くん?」

 依然目を見開いたままの彼女が自分の名前を呼ぶ。それがなんだか嬉しくて、その視線を固定させるために何か言葉をかけようとして、それでも男ばかりに囲まれて育ったこの口は、不器用な表現しか紡ぎだせなかった。


「監督、こっち向け」






花の壁