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24.白い夕陽(千いづ)

「夕陽ってどうして赤いんですか?」

 すっかり日が長くなった夏の夕方。仕事を終え天鵞絨駅から徒歩で帰っていると、一人で歩いているいづみを見つけた。声をかけるとちょうど彼女も手伝い先からの帰りらしい。
 少し前までなら並んで帰るようなこと、声をかけるようなことはしなかっただろう。
 しかし今となっては彼女を憎む理由もない。寧ろ、自分のしでかした罪を許して劇団に迎え入れてくれたのだから感謝してもし足りなかった。だから何かの手伝いがあればと思ったのだが、生憎彼女も帰るだけだったので帰路を共にする。
 何気ない話をしながら歩く道のり。あと少しで寮へ到着する頃、不意に彼女が先の問いを投げかけた。「なぜ夕陽は赤いのか」と。

「……随分と唐突だな」

 質問の意図がわからず探るように問いを返す。彼女は何度か目を瞬かせたのちに、本当にただの好奇心だったことを明かした。

「いや、よく考えてみたら不思議だなって。昼の太陽は白いのにどうして夕方になると赤くなるのかなって不思議に思って」
「それをどうして俺に聞くんだ」
「千景さんって知らないことなさそうじゃないですか」

 どんなイメージなんだ、と息を吐く。呆れたような仕草がつい自然と出てしまったが、彼女は何も気にしていないようで、寧ろ問いに答えて貰えるだろうと目を輝かせて千景を見ていた。
 その視線が少し前までは煩わしかったはずなのに、今ではまぁ、そう悪いものでもないと思ってしまうのだから不思議だ。自分でも知らなかった自分が見つかるこの感覚は未だになれない。
 くすぐったいような、むず痒いような、居心地の悪さを誤魔化すために彼女の問いに答える。口を動かせばこの落ち着かなさも少しはましになるような気がした。

「太陽光は七色の光線で出来てるんだ」
「七つも!」

 目を丸くする彼女に、虹と同じことだと言えば納得したように頷いて、大真面目に七色を順に指折り数えていた。

「昼間は太陽が真上から空気の層を通る。何にも遮られずに七色全部が目に届くから、それが重なって白く見える」
「じゃあ夕陽は?」
「日が傾けば、光は空気の層を斜めに通るから七色全部は届かないんだ。波長の長い色だけが届くんだけど、それが赤色。斜めになっても遮られず最後まで届いた赤が夕陽の正体だよ」

 そんな説明をしているうちに寮に到着する。あと数歩歩けば寮の敷居を跨げるというのに、彼女はなぜだか立ち止まって空を見上げた。

「なんだか夕陽って――」

 一身に夕陽を浴びる姿が赤い光に包まれる。桃色の瞳もいつも色が違って見えた。キラキラと輝いているのにどこか深みを帯びていて、どうしてかその色から目が離せなかった。
 言葉を切ったせいで半開きになった唇が間抜けなのに、続く言葉が気になって笑ってやれない。そんな時間を数秒経て、ようやく彼女の唇が再び動く。その口は彼女に見惚れる男の名を呼んだ。

「千景さんみたいですね」
「……俺?」
「いろんな色でできてて、だけどまだ全部は見せてくれてないからイメージができ上がってるところ?」
「ふっ、自分で言ってるのにどうして疑問形なの」
「うーん、初めは何も知らなかったですけど、今は少しずつ千景さんを知れた実感があるからです」

 言い切った彼女は空から視線を下ろして柔らかく笑った。

「カッコ悪いところも、情けないところも、恥ずかしいところだって全部見せてくれていいんですからね」

 激高したところも、弱ったところも、オズを演じられないところだって見せて来たのにこれ以上どうやって。
 そう思いはするものの、見ているだけで気の抜ける朗らかな彼女の顔を見ていると、きっとこれから先、自分も知らなかった真新しい自分を見つけてしまうのだろうと予感して言葉が出ない。

「いつか白い夕陽を見せてくださいね、太陽みたいな千景さん」
「まったく……俺を太陽に例えるなんて君くらいだよ」

 こんな憎まれ口しか叩けない奴にだって優しく光を当てるんだから君の方がよっぽど、という言葉は飲み込んだ。





花の壁