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26.ウィンク(至いづ)
「あ、至さん。ちょうどよかった!」
そろそろハロウィンイベントの実装が告知されるなんて季節。スケジュールをよく考えておこうとスケジュールアプリをいじりつつトイレから部屋へ戻る道すがら、待ち伏せしていたみたいに監督さんから声をかけられた。
「至さんにお願いしたいことがあるんですが……」
「買い出し? 車出そうか?」
「いえ、そうじゃなくて……」
ここじゃちょっと、と声を潜める様子に胸が高鳴る。
今日は休日。談話室には他の団員もいる。車を出せるヤツもいたかもしれない。それなのにわざわざ俺に、それも廊下では話せないようなお願い事? 期待するに決まってる。しない方がどうかしてる。
表面上は何でもない風を装って、だけど心は踊り出したいほどウキウキして、そんな心持ちのまま監督さんを自室へ案内する。
部屋が片付いていないことを、戸を開けた瞬間に思い出した。それくらいテンパってたんだけど、監督さんはいつものことだと気にする様子はなかった。
それでもソファーの上はどうにか片して、監督さんからの俺だけへのお願いを聞く体制を整える。尋常じゃないほど胸がうるさくて、恋は片思いの内が一番楽しいなんて言ってたヤツあれ嘘だぞ、とかなんとか思う俺に、小さな唇がお願い事を告げて――。
「……ごめんね監督さん、もう一回聞いてもいい?」
――思わず聞き返した。
「え、っと……聞こえなかったですか?」
「いや、うん、聞こえはしたんだけど……え? 俺聞き間違えてない? 監督さんなんて言った?」
「だ、だから! 私にウィンクを教えてくださいって言ってるじゃないですか!」
恥ずかしいのに、と顔を赤らめて俯く監督さん。その仕草は本当に愛らしいし、そんな彼女が俺を頼ってくれたのは本当に嬉しいんだけど。え? なんて? ウィンク?
「……経緯から教えてくれない?」
話が突拍子過ぎて訳が分からない。どうしてウィンクを練習するのか、披露する機会があるのか、そもそもどうして俺なのか。
混乱する俺の視線を、初めのうちはどうにか躱していた監督さんだったけど遂に逃げるのを諦めたらしい。うー、とか、えー、とか唸りながら「笑わないでくださいね」と前置きをして話を始めた。
「実はさっき談話室で『葉大=ウィンクが下手』って言う話になったんです」
「え、なにその世界一どうでもいい話」
「ちなみに太一くんは上手。綴くん、臣くんはギリギリ。十座くんは……うん、まぁ……」
「あー……」
納得の結果だった。太一はまぁモテの一環だとか言って練習してそうだし、綴や臣が出来るには出来るけどそれほどうまくなさそうなのはわかる。っていうか、綴出来なさそう打と思ってた。十座は言うまでもない。絶対力強く両目を瞑るタイプ。
「で、天馬くんはさすがに上手だったんですけど、実はあれ……」
「あー、はいはい。そういうことか。それにしても懐かしい」
ようやく話が見えて来た。
まだ劇団を立ち上げて間もない頃。天馬と出稼ぎに行った時のことだ。なんでだか天馬は「ファンサと言えばウィンクだ」と言ってきかなくて、そのくせウィンクがマジで下手だった。それよく今までバレなかったな、って感心するくらい下手だった。
それをからかったせいでしばらくの間、天馬のウィンクの先生になったんだったな、と懐かしい記憶を掘り起こす。どうも教え子は直伝のウィンクを得意げに見せびらかしたらしい。そして何かの弾みで俺が先生だと口にしたのだろう。
「その……私にも教えてください!」
そして噂を聞き付けた監督さんが教えを請いに来た、と。ていうか……。
「監督さんウィンクできないの?」
その時の監督さんときたら。ビクッと肩を震わせて気の毒なくらいだった。どれだけ下手なのか興味が沸く。
「お願いします! 今度のハロウィンでウィンク披露会することになってるんです!」
「なにそのイベント……」
「それまでにできるようにならないと……お願いします!」
「わかった、試しに一回やってみてよ」
「え……」
「現状見とかないとアドバイスのしようもないでしょ」
「うっ……わ、笑わないでくださいね?」
もじもじと俯く監督さん。目を泳がせて、それでも少ししたら深呼吸し始めたからやる気はあるんだろう。覚悟を決めて、心の準備が整ったらいよいよだ。
勢いよく顔を上げた監督さんは、あろうことか親指と人差し指をピストルみたいに俺に向け、「バキュンッ」とポーズを取りながら両目を瞑った。
「……監督さん」
「……は、はい」
「それ、俺以外に見せちゃダメ」
「そ、そんなにひどいんですか!?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
下手したら死人が出るほど可愛い。それくらい下手くそ。そんなウィンクを当面の間独り占めできるなら教師役も悪くないかもしれない、と怠慢教師は重い腰を上げた。